神獣郷を信じろ!
消火は間に合ったものの、研究室はだいぶ煤けた状態になってしまった。
静かな空間に漂う焼け焦げたような匂い。焚き火で落ち葉を燃やしたとき、あるいはバーベキューで着火剤の代わりにダンボール紙を燃やしたときのような独特な香り。
……って言っても分かる人なんて、多分少数派だよね。言わないようにしておこう。
「海中にあるはずの研究室が燃えるっていうのはなかなか……不気味というかおかしな感じがするというか」
なんとなく水の中で燃えてる感があるよね。建物内だから関係ないのは分かってるんだけども。
いやあ、リンデさんだろうなあ。
リンデさんしかいないよなあ、うん。
「燃え残りを探しましょう」
「読める部分さがせばいーの?」
「そうです。手分けしましょうか」
「はーい!」
手分けをするといってもスーちゃんから目を離さないようにして……っと。調べられる範囲はアイテム取得と同じなのでだいたい把握できる。スーちゃんが調べられそうな場所は任せるとして、高い場所を注目してみようかな。
デスク上は椅子にでも乗らない限り、彼女には届かないだろう。案外高めのデスクだからね。メーサは座高の高いスレンダー美人ということなのだろうか。あの映像だと猫背な場面も多かったからその辺微妙に分からないのよな。
「ここは読める……けど、よくある感じの穴抜けがありますね」
◇
研⬜︎結果は⬜︎しくない。
神⬜︎を従えるには、やはり⬜︎⬜︎だけ力の強い⬜︎⬜︎が必要だ。
しかし、あまりにも⬜︎⬜︎⬜︎物質を扱えば神⬜︎本来の⬜︎⬜︎を⬜︎す結果となる。そ⬜︎なれば、神獣は⬜︎のない⬜︎⬜︎兵⬜︎となってしまうだろう。
神⬜︎の意⬜︎を消してまで得ら⬜︎⬜︎成果は、⬜︎⬜︎も本意ではな⬜︎はず。
また、⬜︎の有無は神⬜︎から引き⬜︎⬜︎力にも関係していると思われるため、⬜︎を殺⬜︎ずに力を引き出し、利⬜︎する術⬜︎得るのが⬜︎番である。
◇
「はーい、集めたものを恐らく順番通りになるように画面に映しますね〜」
配信の画面に表示しつつ、皆の考察を眺めていく。
そう、焼け焦げた紙を拾うとこんな感じの画面が出るのだ。紙に書かれているもの自体は謎言語で書かれているので正直読めないが、持つと分かるようになる感じだ。
さて、集めたメモの内容は全体を整理するとこうだ。
あの映像で分かったことを、ストーリー順にメモの短い文章で表現してあるだけ……かな。穴抜けはあるがなんとなく文脈で理解できるし、ストーリーだって断片的だが、なんとなく追っていける。もしかしたら、神獣纏でわざと死なずともここのメモを見ればある程度ストーリーが把握できたのかもしれない。
「おっと、こんなところに写真」
パソコンらしきものの横にはヘビちゃんを抱っこしたメーサらしき人物の写真が貼ってある。うーん、ありがちな演出だが……こんな露骨でもじわっと切なくなるもんなんだなあ。端っこが焼け焦げてしまっているが、なんとか全体の焼失は免れている。よかったよかった。
「あれ? この写真……取れる」
アイテムとして取得できるようだ。
写真を手に取って、しまう。イベントに必要なやつですね分かります。
ゲーム脳の私には理解できるんだ! これはユールセレーゼのときのお手紙と同じようなものだろう。ラスボス特効アイテムってやつだね!
「おねーちゃん、こっち。絵が描いてある!」
「はいはーい!」
スーちゃんに呼ばれてそちらに向かう。
「きゅーるるる……」
部屋の出入り口の辺りで一度止まる。
狭めの部屋の中でいろいろと崩さないように行動を控えているザクロが、なにもできずにいる罪悪感でおろおろとしていた。翼が当たってデスクの上のものとか落としちゃいそうだからね。偉いね。
彼女の目の前で一度鼻先を両手で包み、わしゃわしゃと撫でてあげてから移動する。ぷやぷやと鼻息を鳴らしながら目を細めるザクロちゃんマジ天使。
さて、天使成分(※ワイバーン)を補給したところで、次なる天使の元へ。この世にはちょっと天使が多すぎるね。
……なに言ってるんだ私は。
「ここ! ここ!」
「ここだね〜……???」
絵はあった。確かにあった。
本当にラクガキみたいなつたないものだけれど。灰色っぽい棒人間になにやら豪華なビンに入った水をふりかけると、元に戻ったー! わーい! みたいな絵である。そして、もうひとつ。ヘビと人間の絵の間に×を挟んだ絵があって、その上からさらに大きな×が描いてあるものもある。
ビンの意匠が清水っぽいから多分、この絵は石化は清水で解除できるよ! って情報と、蛇との神獣纏はやばいぞ! って情報なんだろうけど……このつたない絵を見る限り、リンデさんではなさそうだな。こんな絵を描くギャップがあったらそれはそれで可愛いんだけど、これを描いたのは2号ちゃんあたりだと考えるのが現実的だ。
恐らく2号ちゃんなりの攻略ヒントだろう。
これを見れば分かる通り、やはりわざと死ぬなんてことをしなくても頑張って調査をすれば大抵の謎は解けたみたいだ。誰でもクリアすることのできる難易度になっているあたり、神獣郷らしいっちゃらしいかな。
だが、その絵よりも先に目に入ったものが問題だった。
「これって……皆さん見えます……?」
震えた声で、絵の近くの壁を指差す。
そこには、大量とはいかないがべったりとついた血痕があったのだ。
しかも、その血痕はまだ乾いていない。つまり、比較的新しいものである。
「おねーちゃん? そこになにかあるの?」
スーちゃんの言葉にハッとなる。
コメント欄ではしっかり血痕が見えているようだが、スーちゃんはどうやらなにも見えていないようだ。
それはなぜかと考えて、気づく。そういえばグロテスク表現を抑止するフィルター機能があったね。私はオフになっていて、普通にグロテスク表現も見えるようになっているが、スーちゃんはまだ幼い。最初からフィルターがオンになったままなのだろう。つまり、血痕が見えていなくて当然だ。
でも、血痕だ。
しかも、新しい。
心臓の鼓動がはやくなっていくような錯覚を覚える。
まさか、という悪い想像が頭の中をよぎって仕方がない。
「リンデさん、大丈夫……だよね?」
大丈夫、大丈夫。きっと、大丈夫。
NPCがシナリオ中に、プレイヤーが絶対に防げない状態で死ぬわけがない。
過去にすでに死んでいたキャラなら出てくるが、シナリオ現行で死ぬことはないはずなんだ。
だから大丈夫。
「おねーちゃん、どうしたの?」
困った表情のスーちゃんと、険しい顔をしたパートナー達を交互に見て、無理矢理口角を上げる。
見えていないのは、どうやらスーちゃんだけらしい。
だから、彼女を不安にさせてはいけない。
「……なんでもない、大丈夫ですよ。さ、行きましょう」
笑って告げる。
大丈夫。きっと大丈夫。あの人のことだから、ふてぶてしく怪我をしていたとしても生きているはずだ。
「2号ちゃんがヒントを描く余裕があるくらいだし……」
リンデさんがやばい状態なら、2号ちゃんは確実にこのヒント絵以外にもなにか描いて残してくれるはずだ。それがないということは、彼女達が無事な証左でもある……はず。
だから。
神獣郷を信じろ。
大好きなこのゲームを信じるんだ、私!
次にリンデさんに会ったときは、心配させやがって! って言いながら絶対に抱きついて泣いてやる!! 絶対にだ!! 嫌がられようと絶対やってやるもんね!!
首洗って待ってろよぉ!!
『心配してる人が言うセリフじゃねえ』
うるっさいわ!!




