へびむすめのこうかい④
二回目のストーリーを見始めて早々、私は気づいた。
これは――――――――百 合 だ ! !
「てぇてぇ」
とろけきった私の顔を、アカツキがドン引きしながらクチバシでもにもにしてくるが、どうにも直りそうにない。なんかごめん。だってだって、こんなの尊いとしか言いようがないじゃないか!!
配信でこれ流したら絶対に画面が尊いとかキマシタワーで埋まると思うよ。
それくらいメーサと巫女さんのスノーテ、そして大ウツボのエアレーとの生活は良かった。
凍てついた洞窟で平然と生活しているスノーテに、ちょっと引き攣った表情をしながら根性で同じように洞窟籠りをし始めたメーサ。寒さに弱い蛇ちゃんを気遣って毛布を譲ったり、一緒にもっこもこにくるまったりしながら過ごしていき、ちょっと慣れてきたらスノーテ達のルーティンを寒がりながら真似しだして、彼女らの力の秘密を探り出す。
洞窟内に張ったテントの中で死にそうな顔をしながらもこもこ布団から起き出したり、ストーブやら電気毛布やら術を駆使して必死に蛇ちゃんのためにあたたかい環境を作ってあげていたのが最初はツボだった。
けれど、スノーテと一緒にあたたかいココアを飲み、うどんを作って食べたり、魚介類を焼いて食べたり……うん、食べ物系の交流が多いな? でも、寒がりながらも料理をするメーサのことをスノーテが世話を焼いたり、それをメーサがちょっと鬱陶しがりつつもだんだん受け入れていったり……そんな交流がじわじわと続いていくさまはほっこりする。
ひと月も洞窟で暮らせば寒さにも慣れて、どんどんスノーテの教えを受けて蛇ちゃんと修行していくメーサ。
一人で研究者として生きていたからか、褒められるのにあんまり慣れていなくて、スノーテに褒められるとへったくそな笑いかたで喜ぶメーサ。この時点で、あっ、なにこの妹力尊い……って思っていたのに、大ウツボのエアレーとも仲良くなって二人と二匹がもはやセット感覚になってくると、最初からこのムービーは百合友情物語だった……? ってなってくる。
勘違いしてはならないのは、これが約束された悲劇であることだ。忘れてはならない。終着点の悲劇の前に尊い日常回を盛るのはオタクの涙腺守護条例(そんなものはないけど)に違反していると思います。やめてください。原作ではなかった平和回を盛るのは卑怯。はっきり分かんだね。それでもその尊さに抗えないうえに歓迎するのがオタクというものだけども。
さて、そろそろ密着取材期間は終わりかな。
……そして、ふた月ほどの付き合いを経たある日のこと。
スノーテ達の神獣纏のようなことはできなくて悩むメーサに、スノーテはアイテムが必要なことを告げた。
どうしてそんな大事なことを教えてくれなかったのかと食ってかかる彼女に、スノーテは「あなたが本当に秘法を扱えるかたならば、持っているはずです」と懐からひとつの美しい卵を取り出す。
それを見て目を見開いたメーサは、肩にいる蛇ちゃんと目を合わせた。
その宝石でできた卵は、この洞窟で暮らし始める前から見覚えがあるものだったらしい。蛇ちゃんとともに過ごし始めて少しした頃から、朝起きると枕元に出現するもので、なんの卵か分からず、けれどなんとなく綺麗だからという理由でバッグにしまい続けたものだったからである。
今までの描写ではいっさいそんな素振りはなかったけれども、恐らく画面外で集めていたんだろうね。メーサ本人が重要なものだと気づかなかったから、描写として出てこなかったのかもしれない。
あの日、親も兄弟も死なせてしまった中で見つけた卵と同じようにキラキラと輝く『絆の証』は、とっくに彼女の前に現れていたのだ。
そのことに気づいた彼女は、蛇と額を合わせて静かに涙を流した。
そして、最後にスノーテは神獣纏の秘法をメーサに教える。
この秘法は聖獣、もしくは神獣と絆を結んだ者にしかできないものであること。そして、その絆の基準に宝石でできた卵の出現が関係していること。絆を結んだ相手としか卵は反応せず、他人には決して使えない本人達だけの秘法であること。
それらを教えて、彼女は「もう教えることはありませんね」と穏やかに微笑んだ。
試してみてくださいと言われて、蛇ちゃんと見つめ合ったメーサが聖獣纏をする。
「今までは認められなかったけれど……刹那のとき、心の中、いつでもあなたの存在が私の中にあったの」
「シュア!」
それは、観念したような言いかたであったのと同時に、聖獣纏のための口上でもあったのだろう。
卵を掲げたメーサは見事下半身を蛇のような姿に変化させて聖獣纏を成功させた。ラミアのような姿になった自分を見て、そして蛇ちゃんと同じ技や固有の技が使えることになったことに感動する。
その喜ぶ姿は、研究者としてではなく、ただの蛇好きな女性としてのものだった。
「わたくしは間違っていたわ。この子達は道具なんかじゃない。絆を結んで、この世界に人間と共存している……素敵なお友達だったの。あなた達が正しかった」
そして、口にしてしまう。
「帝国のやりかたが間違っていたのよ」
メーサは興奮したようにスノーテの手をとって、ぶんぶんと握手しながら振り回す。帝国のやりかたが間違っていた。そのことを教えてくれてありがとう。研究者の自分が生き証人になったのだから、きっと皇帝陛下も理解してくださる……と言いながら。
スノーテはそんな彼女にやんわりと帝国の研究者をやめて、ここに留まらないかと提案するが、彼女は止まらなかった。
きっと、皇帝陛下なら分かってくださる。
そう盲目的に信じて。
そんな彼女に悲しそうな顔をしたスノーテが、もし万が一のことがあったらきっと助けに行くから……とメーサにお守りを渡す。このお守りを持った状態で助けを願えば必ず駆けつけるからと。
メーサの様子に、引き留めることはできないと判断したスノーテなりの苦肉の策だった。
そして、明るく「帝国を変えてみせる」「わたくしは陛下に寵愛していただいているから」と言いながら、メーサは洞窟を後にした。
大ウツボのエアレーが、残されて不安そうな顔をしている彼女に巻きつき慰める。
その姿は、どこか「自分達の友人を信じましょう」と言っている様子に見えた。
――こうして不穏は加速する。
帰還したメーサは、嬉々として皇帝陛下に報告をした。
嘘偽りなく、やはり、獣との『絆』が必要だった……と
共存することで獣が力を『貸してくれる』のだ、と。
けれど、その結論を聞かされた皇帝は途端に怒りに震えて彼女を糾弾した。
寵愛を注いで己の駒とした女が、あろうことか『畜生の言いなり』になっている女に『洗脳』されてきてしまった! これは許されないことだ! と。
メーサは必死に皇帝へと訴えかけていた。けれど、真摯に説得すれば陛下も理解してくれると考えていた思いは決して叶うことはなく……。
彼女はそのまま蛇と引き離され、牢屋に入れられてしまった。
もはや『魔女』となり、『政敵』となった女を皇帝が許すはずもなかった。
そもそも聖獣や神獣を人間が利用できる便利な資源としか思っていない帝国において、それは間違っていると指摘する存在は邪魔でしかない。
蛇とも会えず、寂しい牢屋にてメーサはようやく悟った。
引き留めたスノーテは正しかったのだと。
「ごめんなさい、スノーテ。あなたが正しかったわ……あなたの言葉をきちんと受け止めていれば良かった。わたくしの我儘で戻ってきたのに、こんなことで助けを求めるなんて、おかしいかもしれないけれど……でも」
スノーテ。
エアレー。
お願い、助けて。
自分はいいから、せめて蛇ちゃんだけでも。
切に訴えるメーサを見て、私はきゅっと胸が苦しくなるのを感じた。
ザクロに抱きしめられながら、ひとつの映画に感情を揺さぶられるようにうるうるとしてくる。
ペチュニアとシルヴィといい、どうしてこうも女の子が酷い目に遭わなくてはいけないのかと思ってしまう。でも、だからこそイイんだよなぁ……しんどい。
そこからは、正直目を背けたくて仕方がなかった。
その後、かつて彼女が着ていたように白衣を着て牢屋にやってきたのは皇后陛下だった。メーサがこっそりと寵愛を受けていたことを皇帝に告げられた皇后陛下は、当然のことながら怒りと嫉妬に燃えている。メーサはただ猫可愛がりされ、利用されてきただけだったが、それでも皇后陛下にとっては絶対に許せないことだったんだね。まあ……浮気だもんね。それに関しては擁護できないからなんとも言えない。
さて、皇后陛下が牢屋にやってきたのはとあることを告げるためだった。
頭の良い皇后陛下が主導で研究が一気に進み、水神の巫女のように獣の力をその身に纏って利用することができる機械ができた……ということを。
いつまで経ってもメーサができなかったことである。
そして、研究者としての心すらもへし折られたメーサに与えられたのはその機械を使った実験の第一号になれ……ということだった。
喜ぶがいいと皇后陛下は嘲笑う。
その機械とは、物理的に獣と人を合体させるものだった。
獣同士の合体実験はすでに行われたが、そのいずれの実験も両者の思考は跡形も残らず、強い獣でもこうすることで機械で操りやすくなったという研究結果が出ているのだという。
この実験をはじめて人と獣で試す。その実験台に選ばれたのが、メーサと蛇だった。
それは、事実上の処刑と変わらない。
彼女が牢屋に入れられて、一日も経たないうちに下された決定だった。
実験前の最後の夜、メーサは牢屋の中で涙を流す。
「わたくしが、間違っていたわ」
彼女は、戻ってきたことを心の底から後悔していた。
そしてなにより悔いた。自分の失敗に、愛した蛇を巻き込んでしまうことに。
最初から国も自分も間違っていた。
それを気づけたというのに、気づいたがために死のうとしている残酷な現実に直面して、自分だけではなく蛇の命までもが落ちていくことを止められない。
「助けて、スノーテ。エアレー……」
蛇と出会ったことも、絆を育んだことも、巫女と友達になったことも後悔はしていないが、城に帰ってきてしまったことだけは完全に間違いだったと後悔していた。
「……いえ、やっぱり来ないで二人とも。来ては、いけないわ」
弱音を吐いて助けを求めてしまったことすらも、今や彼女の中では後悔するべきことになっている。
そして、後悔の海の中で合体実験が行われた。
……彼女の悲痛な独白が、静かな実験室内に響いてくる……。
――痛みも恐怖も、後悔も、全てが溶けてなくなっていく。
――自分の身体も、常識も、意識も、愛する心も、かつて皇帝に向けていた微かな情愛も、後悔も、全て、全て、溶ける。
――溶けて、混ざり合う。
――水のように混ざって、混ざって、混ざったものが凍てついて固形になる。
――けれど、燃え盛るような悲しみと怒りだけが消しきれず、凍てついた身体の中に残った。
機械の中に入れられていたメーサが次に目を開くと、視界は真っ赤に染まっていた。真っ暗な実験室の中で、異様に赤い瞳が機械の隙間から輝き、皇后の身体を貫いていく。
その瞬間、皇后は凍てついたように硬直し、停止した。
「アア、アァ……?」
機械の中から手が伸びる。
機械の扉を開き、素足がぺたり、ぺたりと部屋に歩み出でる。彼女がそうして前進すると、下肢に巻きついた長い蛇の尻尾が、石か氷のように固まった皇后を叩いて引き倒した。
倒れた皇后は粉々に砕けて床に撒き散らされた。
その出来事を皮切りにして、彼女は部屋からゆっくりと出て行く。
それからはあっという間だった。
逃げ惑う人々が次々石のように固まっていく。
彼女が歩みを進むたびにその被害は進行していった。
研究所を抜け出し、牢に捕まった獣達すら巻き添えにしながら進む娘が目指すのは、陛下の元だ。ときおり混乱の渦の中にいる皇帝のカットが挟まり、どんどん彼女がその部屋へと近づいて行く。
その姿は、あの伝説の『メドゥーサ』を思い浮かべるものであった。
腰から蛇の尻尾が生え、顔を覆うように蛇の髪が無数に存在し、その隙間から真っ赤な瞳が覗いて光る。
聖獣纏のときはラミアのようになった彼女は、無理矢理愛する蛇と合体させられた結果、見るものを石にする怪物に成り果てていた。
「やっぱりメドゥーサですよねぇ」
ぽつりと呟く。
予想をしていたとはいえ、思っていたものよりもしんどい。
ぺたり、ぺたりと素足で歩く。
その歩みはひじょうに遅いものなのに、被害は甚大だった。
城の中も、城下町も、その全てが騒がしくなる。城の窓からは外が見えるが、その外に暴れる大ウツボの姿がチラリと映ったものの、彼女はそのことすら気にせずに歩く。
もはや、外で暴れる大ウツボが友達だったことすら覚えていないようだった。
大ウツボは城を守る兵士達に囲まれ、身体中に武器が突き刺さりながらも城へと向かってくる。猛然と突き進む巨大な神獣と、そして城内部の怪物。二つの脅威にさらされて帝国は大混乱に陥っていた。
城の中はもはや阿鼻叫喚の地獄絵図と化して、出会ったものは一人残らず石にしていく。
しかし、混乱の最中でも皇帝率いる一部の上流階級の人間だけはその災厄から逃げ出し、空へと発った。彼女が一番石にしてやりたかった人間はいくら探してもすでに城の中にはなく、そして止められる者もいない。
暴走したまま彼女の凶行は三日三晩続き、城の守りを突破してようやくやってきたスノーテが封印をするまで、その行為は止まらなかった。
スノーテはメーサが助けを求めることを見越し、しっかりと彼女を追いかけてやってきていた。けれど、大ウツボエアレーに乗ってやってきた彼女を、城を攻めに来た反乱軍だと勘違いした者達が軍を集めて迎撃。大ウツボは深手を追いながらスノーテを送り届けるべく頑張り……。
結果的に三日三晩、メーサの元に辿り着くことができなかったのだ。
メーサが封印をされて、さらには城の人間ばかりを標的としていたために城の外へは被害が拡大しなかったが、被害は甚大だった。だからこそ、城の一部の人間は全てを見捨てて空に逃げたんだろうが……そうして築いたのが、今の帝国ってことね、把握。
ストーリーを見る限り、メーサは暴走したまま城の内部を彷徨ってるし、スノーテ自身は石になっているということで間違いない。
メーサを封印する際に抱きしめて、封印と同時に足先からじわしわと石にされていくムービーが入っていたわけだし。
それからエアレー自身も深手を負って、しかもその傷跡がメーサに会ったことで一部が石になってしまい、治ることもなく正気を失ってる。
考えうる限り、最悪のバッドエンドだった。
「だから蛇との纏関連はダメなんですね、しんど……」
メーサ自身が蛇と無理矢理『合体』させられてしまい、そのときの負の感情が城の中に蔓延して呪いになっているんだろうね。だからこそ、蛇やそれに似た子と『纏』をしようとすると、呪いに侵食されて即死することになる……と。
しんど。
……ストーリーの最後には、ナレーションでこう締めくくられている。
◇
天に逃れた帝国の人間達には、もはや地上は用済みとなった。
地上の城は打ち捨てられ、やがて朽ちて海に沈んでいくこととなる。
そして、今でも娘は城の中におり、そしてその近くの海域にはなにを見ても襲いかかってくる大ウツボが彷徨っているのだという。
――どこかで石になったという巫女は、いまだ発見されていない。
◇
「しんどい……」
死にそうな顔で、私はシズクを抱きしめた。
みんなで身を寄せ合ってぎゅうぎゅうしながら……それから、ちょっとだけ、わりと本気で泣いた。
アバターはいじらない限り泣けないけれど、でも、このままログアウトしたら、きっと泣いているんだろう。悲しい夢から覚めたときのように。
でもログアウトはしない。
だって、私は今すぐこのシナリオをクリアしなければならなくなったから。
そうでなくっちゃ、二人と二匹が報われない。
そうでしょ?
私が!!
ハッピーエンドに!!
してやらなきゃ!!
誰がやるというのか!!
あ、でもその前に視聴者に涙腺崩壊テロしなきゃ……私だけ泣かされるのは嫌だ。初見勢が苦しむさまを愉悦して見られるのは先に泣かされた人間の特権だよね!!
このあとめちゃくちゃテロった。
コミックポルカ様の公式サイトやピッコマにて、コミカライズ20話の後半が掲載されましたー!!ぜひぜひご覧になってくださいませ!
これ以下はおまけです。
『へびむすめのこうかい』を最初にざかざかっと絵本風に書いたときのある意味プロットみたいなやつです。
内容的にはほぼ変わらないので、読まなくても問題ございません。興味のある人だけ覗いていってくださいな!!
おまけ
『へびむすめのこうかい』
〜(未)発売公式設定集に掲載されている絵本風のページ〜
◇
海城を中心に帝国があった頃の話。
王に恋をした研究者の娘がいた。
娘はなんとしても陛下の役に立ちたかった。
そこで、陛下から直々の研究を任されて意気揚々と着手し始める。
陛下に口を寄せられ、囁かれてしまっては恋する娘には断ることなどありえなかった。
娘はひどく可愛らしかったので、陛下への熱意を買われてこっそりと寵愛を注いでもらえるほどだったので、すぐに研究所のトップになった。
そんな娘が任された研究は、聖獣や神獣の力をいかにして最大限に利用するか? というものである。
聖獣や神獣の感情を利用して機械で制御する装置を発明するものの、やはり抵抗が強くて強大な神獣などにはとてもではないが効かないため、弱い聖獣しか操ることができない。
共存している人間達から取り上げて牢に入れている聖獣達も、あまりに酷使しすぎると死んでしまう。
それを無駄使いだと断じていた娘はある日、兵に捕らえられた親子の蛇の聖獣が新たに研究所に運び込まれてくると息を呑んだ。
兵の捕らえかたが粗雑すぎたせいで親はすでに息耐えていた。
そして、子も。
しかし、彼らが隠すようにとぐろで守ったその中に、キラキラと輝く卵が存在することに気づく。
誰も見たことのない、聖獣の生まれる前の姿。卵だった。
娘はこれを育ててみることにした。
野生のものや、友人と引き離された獣を利用すると研究に対する抵抗のせいで死期が早まってしまう。
いちから自分で育てれば、抵抗もなく研究に協力する獣ができるのではと考えたのだ。
そうして娘は卵を育て始めた。
卵は厳重に管理をしなければすぐに死んでしまいそうなほど弱く、娘は研究と並行して忙しさに目が回りそうな毎日を過ごしていく。
そして卵がはじめて孵ったとき、娘はその姿に思わず見惚れてしまった。
小さな小さな蛇は、娘が親と兄弟を殺した人間達の仲間だと知らずに彼女を慕い、親だとぞんぶんに甘えて育っていく。
娘も蛇を育てるときだけは心が癒され、忙しさや疲れを忘れることができた
それでも彼女の心に巣食う陛下へと恋する気持ちはなくならない。
しかし、蛇を育てはじめてからのことだ。
獣を利用するのが世の中の常識とはいえ、娘は獣の痛々しい姿を見ると胸が痛んでしまうようになっていった。
それと伴うように、獣達への非道な行いをできなくなっていってしまった
研究は煮詰まってしまったのである。
そんなおり、娘は息抜きに出かけた城下町で『水神の巫女スノーテ』の噂を耳にする。
城の遠方にある港町にいるというその巫女は、水神と崇められている神獣の力を身に纏い、伝説の人魚のような姿となって神獣と共に大津波を沈静化させたのだという。
それは、事実であれば人間が神獣の力を最大限に利用してみせたという実例に他ならなかった。
あくまで『人間』が『獣』の力を利用する方法を求めていた娘は、皇帝陛下の求めに応じるためにその巫女を訪ねて調査することにした。
非道な研究を使わずとも獣の力を利用できるならば、それにこしたことはないと判断したのである。
巫女は水神の住まう神殿の奥だ。
帝国の統治下ではほとんどの獣は純粋な『力』、『資源』として城に捧げられることになっているが、神として祀りあげられている神獣はあまりにも力が強いため、藪を突いていっせいに反抗されてはたまらないとばかりに見逃されている。
水神こと大ウツボ『エアレー』はその見逃されている神獣の一体であった。
本来ならば神殿に帝国の研究者がじきじきに入れるはずもなかったが、神殿の関係者は娘と、娘の首に巻きついて笑っている蛇を見て面会を許可する。
そして娘は大ウツボとともに育った水神の巫女と出会う。
巫女は人魚などではない、普通の少女であった。
しかし、海に面した神殿の中。いや、神殿の中はもはや海面に突き出した凍てついた洞窟のような場所だった。
その最奥。洞窟の底面に空いた穴からウツボが顔を出している。
娘は彼女に己の研究についてを相談した。
巫女は非人道的な研究に悲しみはしたが、蛇によって娘がもうすでにそのようなことをできるほどの気持ちを持てないことを見抜いて咎めることはしなかった。
巫女は提案する。
私達とともに過ごしてみれば、私達の力の秘密を知ることができるでしょう
そこで娘は、城の研究所には秘密を探るために潜入すると言って神殿に留まってみることにした。
洞窟の中は極寒で、ほとんど人の住めるような場所ではなかった。
それでも巫女はウツボとともに暮らしている。
娘は、それに合わせて厳重に防寒対策をして住み込むことになった。
そして巫女とウツボと過ごすうちに、娘と蛇は彼女達と『友達』と言えるほどに仲良くなった。
そうなれば、娘はもう自ずと彼女達の力の秘密について気づくことができた。
彼女達の力の秘密。
それは『絆』だった。
娘は知ってしまった。
帝国が掲げ、刷り込んできた『獣の力は人間が利用するもの』という常識が間違っていたのだと、気づいてしまった。
生まれてからずうっとそういうものだと信じていた常識が打ち砕かれてしまった。
このときにはすでに蛇と心を通わせていた娘は、毎日枕元に置かれていたものが絆の卵であったことを知り、涙を流す。
あの日、親も兄弟も死なせてしまった中で見つけた卵と同じようにキラキラと輝く『絆の証』がそこにあった。
娘は友人となった巫女とウツボに神聖な儀式として『聖獣纏』についてを教わり、研究所に帰る。
少し巫女に引き留められたものの、娘は『陛下なら分かってくださる』と言ってきかなかった。
そして帰還した娘は提唱したのだ。
やはり、獣との『絆』が必要だった……と。
共存することで獣が力を『貸してくれる』のだと。
しかし、その結論を聞かされた皇帝は怒りに震えた。
寵愛を注いで己の駒とした娘が、あろうことか『畜生の言いなり』になっている女に『洗脳』されてきてしまったのだ!
娘は、真摯に説得すれば陛下も理解してくれると考えていた。
けれど、その思いは叶わない。
陛下から見捨てられた娘は研究所の牢に入れられ、絶望することとなる。
恋をしていた相手から切り捨てられ、さらには死の危険すらある現状。
そこでようやく娘は悟る。
引き留めた巫女は正しかったのだと。
牢にやってくるのは皇后陛下。
娘がこっそり寵愛を受けていたことを皇帝に告げられた皇后陛下は、当然のことながら怒りと嫉妬に燃えていた。
頭の良い皇后陛下が主導で研究が一気に進み、水神の巫女のように獣の力をその身に纏って利用することができる機械ができたと娘に告げられる。
そして、その実験の第一号に名誉なことに娘が選ばれたのだ。
喜ぶがいいと皇后陛下は言う。
その機械とは、物理的に獣と人を合体させるものだった。
獣同士の合体は行われたが、そのいずれの実験も両者の思考は跡形も残らず、強い獣でもこうすることで機械で操りやすくなったという研究結果が出ているのだという。
この実験をはじめて人と獣で試すのだと言う。
それは、事実上の処刑と変わらなかった。
娘は後悔した。
愛した蛇を巻き込んでしまうことに。
最初から自分は間違っていた。
それを気づけたというのに、気づいたがために死のうとしている。
蛇と出会ったことも、絆を育んだことも、巫女と友達になったことも後悔はしていないが、城に帰ってきてしまったことだけは完全に間違いだったと後悔した。
そして、後悔の中で合体実験が行われる。
痛みも恐怖も、後悔も、全てが溶けてなくなった。
けれど、怒りだけが残った。
娘が次に目を開くと、視界は真っ赤に染まっていた。
目の前にいた皇后が石のように固まっている。
娘が前進すると、下肢に巻きついた長い蛇の尻尾が固まった皇后を叩いて引き倒す。
倒れた皇后は粉々に砕けて床に撒き散らされた。
逃げ惑う人々が次々石のように固まっていく。
娘が進むたびにその被害は進行していった。
研究所を抜け出し、牢に捕まった獣達すら巻き添えにしながら進む娘が目指すのは陛下の元。
そうして城の中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化し、一部の人間が空へと逃げていった以外に、出会ったものは一人残らず石にしていった。
その凶行は三日三晩続き、遠方の港町より娘を追いかけてやってきた巫女が辿り着き、封印を施すまでずうっと続いた。
娘が封印をされたため、城の外へは被害が拡大しなかった。
しかし巫女はどこかで石となり、ウツボは一部が石化し、襲撃をしてきたと勘違いを受けて多数の深手を負ったまま、正気を失って海の中を彷徨うこととなったのだった。
今でも娘は城の中におり、そしてその近くの海域にはなにを見ても襲いかかってくる大ウツボが彷徨っているのだという。
どこかで石になった巫女は、いまだ発見されていない。
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