へびむすめのこうかい③
研究用の首輪を持ったままメーサが手を止める。
そして、噛みついたネコ聖獣になにもせず檻へと戻した。
だらりと垂れた血を一人で処置し、心配そうに見つめる蛇の顎下をするりと撫ぜてからどっかりと車輪のついた椅子に座る。
机上に首輪を放り、バサリと落ちる書類を気にもせず突っ伏しているその背中は寂しげだ。
ああ、かわいそうに。本当に、かわいそうに。
「……」
研究所にこもって蛇を愛してしまった彼女は、実験のために聖獣達を利用することに罪悪感を抱くようになってしまったらしい。
かわいそうだなんて思うのは私の傲慢な気持ちだと分かっていながらも、思わずにはいられない。
聖獣達と『共存』する人達の気持ちを知ってしまったメーサは、もう彼らを傷つけることができない。
実験のための協力だろうと、檻の中に入れられた彼らは彼女を睨みつけるし、恨んで反抗する。反抗した際に体が傷つけば血も流れるし、痛がる悲鳴だってあげる。そうなったとしても、彼らは実験への拒否の姿勢を崩さない。
だって大好きな人と引き離されてしまっているから。
パートナーと、友人と引き離されるようにして囚われた聖獣達はたとえ己の命が危なくなろうと、従順にはならない。それだけ、元いたところの人間との絆が強いからだ。いつか元の場所に戻りたいと夢見て、そして脱出できると信じて生き足掻いている。
以前はその足掻きを『無駄な行動』としか見ていなかったメーサは、その行動の意味を理解してしまった。だから、もう彼らが傷つくのになんの感慨も抱かないなんてことができなくなってしまっている。
彼女自身が、自分で孵した蛇を愛してしまっているから。
「しゅ……」
私の頬にシズクが顔を寄せた。
横目で見ると、悲しい顔をしてメーサを見つめている。
私も悲しくなってしまったので、寄ってきたみんなをそっと抱きしめた。背後にはもはや前が見えなくなりそうなほどガバリと抱きついてきているザクロもいる。彼女の体に体重を預けるようすると、あたたかいけれど、少しだけひんやりしている鱗が手に当たる。
私でさえこんなしんどい気持ちになるのだから、メーサの気持ちはどれほど沈んでしまっているのだろう。今まで信じてきたものが、常識が全て覆ってしまった彼女の心はどれほど締め付けられているのだろう。私は自分のパートナー達に身を任せて沈んだ気持ちを癒すことができるが、彼女はきっとそうもいかない。
自分が育てている蛇と絆を深め、優しく撫でたり擦り寄られたところで、癒しではなく、より強固な心の締め付けが増すだけだろう。己の育てた子がどれほど可愛かろうと、いやむしろ愛しくて可愛らしい存在であるほど、心が締め付けられるような心地になるだろう。
蛇が慕えば慕うほど、同時にその蛇身でメーサの体ごと心がギリギリと締め付けられていくような映像演出まで見えてきそうだ。
「蛇ちゃん、あなたはのんきね」
「しゃるるる?」
「いいえ、それ、美味しい?」
「シャウ!!」
「そう、よかった」
笑顔なのにどこか辛そうな顔をしているのが、見ていられなかった。
しばらく蛇を育てるメーサのカットがあったあと、今度は街中を歩いているメーサの姿が映し出された。
蛇は連れておらず、完全なる息抜きで街中をぶらぶらと歩いていた彼女は『とある噂』を耳にする。
その噂は『水神の巫女スノーテ』という少女についてだった。
その人は城の遠方にある港町にいる巫女さんで、水神と崇められている神獣の力を身に纏い、伝説の人魚のような姿となって神獣と共に大津波を沈静化させたという。
「それが本当なら……」
噂を耳にしたメーサは一人ごちる。
「神獣の力すら人間が利用できるということかしら……傷つけることなく力を使わせてもらえるのであれば、それにこしたことはないわよね。きっと」
皇帝から任された研究は継続している。
けれども、彼女はもう聖獣達の意志を無視した実験は行えない。
そんなメーサにとって、人間がなんの障害もなく神獣の力を最大限にまで引き出してみせたという実例は魅力的だった。
非道な研究を使わずに聖獣や、ましてや機械でも御せない神獣の力まで使えるならそのほうがよかったから。
そうして、研究のためにという名目でメーサは一度帰還し、蛇を連れて巫女の元を訪ねることになった。
巫女は水神の住まう神殿の奥に、ともに暮らしていた。
帝国の統治下ではほとんどの獣は純粋な『力』、『資源』として城に捧げられることになっているわけだけだが、神として祀りあげられている神獣はあまりにも力が強いため、藪を突いていっせいに反抗されてはたまらないとばかりに見逃されているらしい。
夢幻回廊のときに、生前のペチュニアさんとシルヴィについてを記していた記録の持ち主も神社の人だったはずだ。あの神社の神獣も、確か『神獣』だから見逃されていたはず。
この頃の帝国だと、聖獣の個体は機械制御できても神獣は無理だったみたい。まあ、神様のようなものだし、そりゃあ普通は制御しようとも思わないだろうし、やろうとしてもできないよな……って感想になるけど。
「水神、『エアレー』……まさか面会の許可がおりるとは思っていなかったけれど、都合がいいわね。けれど、こんな簡単に許可しちゃうだなんて、大丈夫なのかしら」
「シャ?」
「ちょっと寒いところに行くわよ」
「!」
一人と一匹はなんの策もなしに神殿へと突撃した。
本来なら帝国の研究者が面会許可を貰えるわけがないと彼女は半ばダメ元で突撃したみたいだけれど、メーサの考えとは裏腹にすぐに水神と巫女への面会許可は出た。
メーサにはその理由が分かっていなかったようだけれど、私には分かる。
神殿の関係者は、メーサの首に巻きついて笑っている蛇を見て、その決断をしたんだ。
連れている蛇が幸せそうに彼女とともにいるのだから、きっと大丈夫だろうと。
こうして極寒な洞窟の中に進んでいった一人と一匹は巫女『スノーテ』に出会う。
「いらっしゃいませ、水神こと大ウツボの『エアレー』の友人。『スノーテ』と申します」
メーサの予想とは違い、巫女は人魚などではなく普通の女の子だった。
そりゃそうだよね。噂では人魚の姿の巫女ってことになっているけれど、私は人魚のようになる方法を知っている。
巫女は、『神獣纏』でエアレーの力を借りて大津波を鎮めたんだ。
スノーテの挨拶と一緒に海面が揺らぐ。
神殿は海に面した洞窟でできている。その奥は海面に突き出していて、洞窟内の一部に穴が空いてそこから大きなウツボが顔を出したのだ。
大きく鳴いて気さくな挨拶をする大ウツボに、一歩下がりかけるメーサ。
けれども、踏みとどまって彼女も挨拶を返す。
蛇のことを彼女は「蛇ちゃん」としか紹介しなかったが、蛇はもはやそれが自分の名前だと認識しているらしく元気よく返事をする。
それがおかしかったのか、微笑ましそうに巫女スノーテが目を細めた。
スノーテとエアレーに見つめられる中、メーサは懺悔するように相談内容を打ち明ける。己の恋のこと、非人道的な研究を行なっていたこと、親子の蛇が守った卵のこと、孵った蛇に情が湧いてしまったせいでもう、そんなことはできなくなってしまったこと。
そして、研究に詰まっているときに水神の巫女の噂を聞いたこと。
いっそ清々しいほどに彼女らへ全てを話していた。
もしかしたら、自分のやったことを咎めてほしかったのかもしれないけど、巫女もウツボも彼女を責めはしなかった。少しだけ悲しい顔をしていたけれど、もうメーサが反省していることが分かっていたからかもしれない。
メーサの相談は、どうしたらそんな研究をせずに聖獣や神獣の力を引き出して人間が使うことができるのかという一点で、そこだけはブレなかった。
その方法を見つけることは、皇帝直々に命令を下されているメーサにとっての死活問題だったから、ブレさせることができなかったともいう。
そんな彼女に巫女スノーテは提案した。
「私が神獣の力を身に纏う秘法……その力の秘密を知りたかったら、少しの間ともに暮らしてみると良いでしょう。そうすれば、きっとあなたが知りたいことを知ることができますよ。私たちが直接教えることはできません。けれど、方法を見て盗むことは許可いたしましょう。いかがでしょうか?」
メーサはこの提案をのんだ。
そして、帝国には『秘法を探るために潜入する』という旨を伝えてしばらく彼女達とともに暮らすことにした。
こうして、メーサと蛇ちゃんによる極寒の洞窟暮らしが始まる。
……ところで、映像がぷつりと途切れる。
「え」
まばたきをして、次に目を開いたらそこはリスポーン地点だった。
つまりキャンプ地。
「……???」
そういえば、あの『水神エアレー』って名前の大ウツボ。この海域にいる大ウツボにめっちゃ似てるんだよな〜!! とか、一緒に暮らすのはよりしんどい話にするための溜め期間なんだろうな〜とか、いろいろ思うところはある。
が、今はまず叫びたい。
「続きはーーーーーーーーーーー!?!?!?」
一回で全部見れないんだって。
全私が泣いた。
そんでもう一回エッグ使って死にました。
ストッキンさんやら他のメンバーにはサムズアップされて見送られたけど、あの人達「経験値になるのでいいっすよ!」ってなんだよ!!!
私は!!!
美味しい経験値をくれる!!!
敵モンスターかなにかか!?
おまけ4コマ(文字)
……という名の死亡までのダイジェスト。
ストッキン
「レベル上げたい人は積極的に前線に出てください。ケイカさん(から生まれた影メドゥーサ)を倒すブートキャンプ第二弾がそろそろ始まりますよ〜」
皆
「うおおおおおお!!」
ケイカ
「レアモンスになった気分です……しかしこれもムービーのため!! さあ私を倒して強くなれ!! 神獣纏!!」(死)
ストッキン
「裏切ったかと思いきや実は味方で、ラスボス前に自分を倒して糧にせよとか言うタイプのボスっぽいセリフですね」




