へびむすめのこうかい①
目の前に口の形をした闇が迫る。
どちらにせよ共存者と道連れになるからと、みんなでお団子になってそれを睨んだ。無駄行動だとお互いに分かっているのに、ザクロが私を守るように包み込む。ジンやアカツキが威嚇するように全力で吼える。シズクと私は、静かにそれを見つめて……。
「いってきます」
「シャウ」
見守るみんなに手を振った。
忠告を無視してごめんね、リンデさん。
2回目は来てくれないっていうのも検証できるし、一石二鳥だったんだ。
シズクと二人揃って目を瞑り、受け入れる。
次の瞬間、ストンとアバターの感覚がなくなった。久々に味わうのは、天楽の里で散々身に馴染んだ感覚である。
そして、視界に『死亡』判定とデスペナルティが表示された。
◇
アバターの姿でふわりと暗闇に漂う。
首元にはシズクだけがいて、少しの間をおいてザクロ、アカツキ、そしてジンが現れた。それが恐らく死亡順なんだろうなと気づいてはいけないことに気づいてしまったが、目を瞑って考えを飛ばす。いや、私が死んだら他の子も道連れ即死なんだから死亡順もなにもないか……。
「さて、ムービーがあるらしいですが」
今頃検証班の皆さんは私の影と戦ってるんだろうなあ。
ま、私はこっちでストーリー確認をして配信するのが仕事だからね。しっかりムービー見て考察とかもしておかないとね。
そうこうしているうちに、暗闇の空間が明るくなっていく。
ムービーはどうやら、ウィンドウで見るものではなくVRの幽霊状態で体験できるタイプのものらしい。その場にいるような状態でストーリーを見られるが、ストーリーに出てくる人達には認識されない幽霊のようになる、古き良き演出である。
ただ、今回のこのムービーは幽霊状態ではあるが、見せたいカメラアングルが存在しているらしく、アニメムービーをVR体験しているような感じになっているらしい。二つの良さを合体させたものだね、うん。
さて、はじめのムービーはカモメのような姿の聖獣が、空高く飛んでいるところからだった。
「これ……海城?」
カモメの視点だろうか、見覚えのある海城を中心として大都市が広がっている。カモメが移動して都市に近づいていくと、その光景はより鮮明に映る。
港には船が停まり、街中を馬車が走っている……が、馬車に繋げられた馬型聖獣は明らかにおかしな真っ黒い首輪をつけているし、そこら辺で働いている聖獣達にも同様の首輪がついていた。
そんな街中を、カモメが低空飛行をしながら通り過ぎていく。
カモメを捕まえようとする人間の手をきゃらきゃらとからかって笑うような鳴き声をあげながらくぐり抜け、通り過ぎ様に馬の首輪をさっとクチバシで破壊する。
首輪を壊された馬は途端に暴れ出して荷台を放り捨て、石畳の通りを逃げるように突っ走っていく。何匹かの聖獣達をそうして助け出したカモメが上空に再び上がっていくと、同時に目の前へタイトルが現れた。
『へびむすめのこうかい』
これも古き良き、カメラが下からグイッとバンしてタイトルコールどーん! というやつである。
しかし、次の瞬間カモメの視点がぶれて落下していく。
目線の先には、無表情でなにやらバズーカのような機械を肩に乗せてこちらを睨む女性。カメラアングルがカモメ視点から、第三者視点に移って見えたのは、視点主だったカモメにあの黒い首輪がついている光景だった。
女性と同じ装備をした人間達が、各地で解放されたばかりの聖獣達を再び黒い首輪で捕らえるシーンが少しだけ挟み込まれ、カモメが頑丈そうなケージに入れられる。
女性はそのまま適当に周囲の人間に指示を飛ばして白衣を翻しながら海城へと向かっていった。
「……は? 映画かなにか???」
私はなにを見せられているんだ……。
次の場面では、女性が皇帝と謁見しているようだった。
皇帝の椅子になっているのはまさかの蛇楽で、目を瞑って黙ってとぐろを巻いている。玉座的なものじゃないんかい!!
女性はどうやらあの首輪の開発に携わった人のようで、皇帝に捕獲した聖獣をプレゼントして好感度を上げようと頑張っているみたい。目元がなんとなくリンデさんに似ている……あれは、皇帝大好きムーブをしているときのあの人と同じ目だね。これは皇帝に恋する乙女。うん、把握。
「貴殿なら、やれるだろう」
「は、はい!」
皇帝さんの「近う寄れ」!
皇帝さんの「顎クイッ」!
皇帝さんの「耳元で囁き」!
「優秀な研究員メーサ、よろしく頼むぞ」
皇帝さんの「名前呼び」に「微笑み」!
恋する女性――メーサに効果は抜群だ!!
目をハートにして頷いちゃった……私はいったいなにを見せられているんだパート2。
城内の研究所的な場所に場面転換すると、今度は檻のようなものにたくさん詰められている聖獣達を舐めるようなカメラアングルで見せ、なんらかの研究を始めるメーサの姿が映る。
順番に首輪のついた聖獣達を連れ出してさまざまな命令をしてみせるものの、複雑な命令をするほど聖獣達が抵抗する素振りをみせて成功しづらいみたいだった。正直見ていて気分のいいものではないから、早くこのシーンすぎてくれないかな……と思っていると、メーサの独白が入った。
「あまり出力をあげすぎると死んじゃうものね。それだと意味がないわ……わたくしはあの人のお役に立ちたいだけなの。どうしてこの子達は素直に協力してくれないのかしら」
それはね、あなたが無理矢理いうことをきかせようとしているからだよ……って言いたいけど、私が言っても過去ストーリーだから伝わらないんだよなあ。
そもそも、ここに捕まっている子達も多分無理矢理捕獲したり、人と手を取り合って共存しているところを連れ去ったり奪ったりしている子なんだろうし、言うこときくわけないよねぇ。
この頃の帝国ってやつは、やっぱり聖獣達のことは便利な力って程度にしか思ってないんだろう。そして、それをどううまく『使う』かしか考えていない。
意志のある生き物なんだから、道具のように使えるわけがないのにね。
「死んでしまったら無駄遣いになってしまうもの。回復くらいはしてあげましょう」
聖獣達の状態を記しているらしいカルテのようなものを片手に、メーサが回復スキルを使う。
そこで再び暗転。
数日経ったらしき演出のあと、座ってパソコンのようなものに向かっている彼女の元に、新たな人物が慌ただしく部屋に入ってきた。
「珍しいやつを捕獲してきたので、検分と管理を頼みます。麻酔してあるんで寝てますが、そのうち起きるでしょう」
雑に置いていかれたのは大きな檻。
メーサは生き物の管理が雑であることに文句を言いながら檻を覗き込んで、絶句した。私も隣から覗き込んで思わず息を呑んでしまった。
そして自分の肩にいるシズクの背中を、そっと手のひらで覆い隠す。触れていないと落ち着かないくらい、檻の中の惨状がひどかったのである。
「なによ、捕獲の仕方がなってないわ。親子の蛇……けれど、どっちも死んでるじゃない。どんな痛めつけかたをしたのよ」
そう、檻の中にぐったりと横たわる大小の蛇は両方とも死んでいた。
血だらけで、麻酔で寝てるなんてものじゃない。捕獲してきた男もきっと分かっていながら置いていったのだろう。だから、逃げるようにすぐさま帰ってしまったのだ。
「仕方ないわね……あら?」
大きな三メートルはありそうな蛇がとぐろを巻いたまま死んでいて、そのそばに寄り添うように一メートルほどの蛇が死んでいる。
しかし、檻の扉を開いて半身を突っ込み、蛇達の遺体を検分し始めたメーサが困惑したような声をあげた。
たとえゲームといえど、見ていられなくて目線を逸らしていた私も思わずそちらを見ると、メーサは巻かれたとぐろをゆっくりと広げてその中からひとつの卵を拾いあげる。
「守ったのね、立派だこと」
そう、蛇の親子は卵を隠すように、奪われまいとして息絶えていた。
親子の遺体ごと捕まってしまったようなものだが、さすがにメーサも哀れみのこもった瞳で親子を見て、卵を撫でる。
「聖獣の出生は謎の分野だったけど、これはいい論文が書けそうだわ。卵から産まれた子なら、なんでもいうことをきくように躾けることもできるかしらね……」
メーサは研究室の奥のほうからめちゃくちゃ苦労しながら大きなストーブを引っ張って汗を拭った。研究員だから体力的にはもやしなのかもしれない。
ストーブを持ってきて、自分の椅子に使っていた柔らかいクッションを敷き、卵を設置すると卵に耳を当てる。
「あたためればいいのよね?」
さっきの「従順な子に躾ければいい」的な発言でちょっと卵の心配をしちゃったけど、この様子を見る限りなんか大丈夫な気がしてきた。
いやだってパターン入ってるよ。
絶対卵の子に絆されて愛情たっぷりに育てちゃうやつだよ。私は詳しいんだ。
メーサちゃんによるドタバタ育児劇が観れる???
実際にこのあと、想定よりもずっと弱くて油断するとすぐに死んでしまいそうになる卵を孵化するまで四苦八苦しながら育てるメーサのカットがいくつか入った。卵に振り回されて皇帝への恋にかまけていられなくなっちゃったメーサちゃん可愛いね。
……このストーリーが絶対悲劇で終わることは、今は目を逸らしておこう。




