リンデさんはやっぱり来てくれなかった
「ムービーの内容は少しでしたが、恐らくあれは続きがあると思いますよ」
後輩君が話してくれたムービーの内容は『まだ空の上に帝国がなく、海城を中心としていた時代のお話』だった。
皇帝に寵愛されている白衣の女性が、聖獣や神獣の力を人間が最大限に利用する方法を研究するよう言われて非道な研究をしている……というようなものだったらしい。
2分ほどのムービーで、アニメ調になっているそれはかなり気合いの入った作画だったらしく、後輩君がだいぶ興奮していた。白衣の女性萌えも入っている気がするけれど。
解禁されたムービーは他者でも課金アイテムを使うことで見られるようにはなるが、こうして要約したものを他の人に伝えるだけなら普通にできるため、この内容はこの場にいる検証班全員に共有された。肝心のムービーそのものは、見たことのある人が配信中に再生でもしない限りは覗き見することができないというわけだが……うん。
まあ、結論を下すのはまだ早い。
影メドゥーサに飲まれて死亡した人はなにも一人だけではないのだ。
もしかしたらムービーの内容はランダムで一つ流れるとかそういうのかもしれないし、もしそうならば、さっき死亡した人達でこの海城についての物語を労せず知ることができるかもしれない。
さすがに無駄に死ぬのはごめんだ。
私だけならまだしもシズクも巻き込んでしまうし、私が死ねばこの場にいるパートナー達全員道連れなのだから。
ゲーム内とはいえ、あまり気が進まない手段であることは間違いない。
「さっき死亡した人達の話も聞きたいですし、集まっていただけますか? 一度外に出て仕切り直しましょう」
海城の外に出て、話し合いがしやすいようにキャンプを設置しながら私達は情報交換をすることにした。
みんなで持ち寄った海鮮をバーベキューのような形で料理しながら、休憩がてら丸く集まって話を聞いた……のだが。
「まさか全員同じムービーとは」
そう、死亡した人達は全員例外なく同じムービーを見たようだった。
ハマグリの中身を食べようと弾き落とし、しょんぼりしているアカツキのために貝をむきむきしつつ考える。
さすがに「研究者がここで非道な研究してました」だけで物語が成立するとは思えない。呪いや海城のシナリオについて、そしてこの場所のボス戦となるだろうメドゥーサについてを知られると思ったのだけど、これではギミックがあったとしても情報不足で不殺クリアは難しそうだ。
明らかにこの場所になんかの因縁がありますよって感じの呪いと、メドゥーサという存在。ダンジョンの大きさからもして、ボス戦フィールドだけで不殺のクリアの条件を達成できるようになっているとは思えない。
たとえるのならば、ミズチ戦やライジュウ戦の系統ではなく、レキことキッチョウ戦や夢幻回廊のシルヴィ戦と近い感じのギミックになってそうということだ。後者はボス戦にいたるまでにやることがあったり、ヒントが散らばっていたりして、ボス戦に直行するだけでは不殺クリアはできない仕様だったと認識している。
今回は、恐らくその系統だろう。
ってことは、やっぱり……。
「あの、休憩が終わったら私……シズクと神獣纏をしてみます」
「え、おねーちゃん?」
きょとんとしたスーちゃんが、串から魚の身を落とした。
落とされた魚はすかさずアジオ君がさらっていく。食いしん坊だなぁ。
死亡すると分かっていながら、そう提案をする私にびっくりしたのだろう。
でも、これは検証のためにも必要なことだ。ムービーが流れると知った以上、やるしかないと決めていた。それはそれとして、私がやらなくても情報が集まるのならそれにこしたことはないと思っていたけれど……そうはならなかったからね。
それに。
「シナリオ受注をしている私なら、もっと詳しくムービーが見られるかもしれませんからね」
本来ならばもっと長いムービーだろうと私は思っている。
けれど、この仮説が違ったところで特にデメリットはない。多少のデスペナルティはあるが、逆に言えばそれだけしかないのだ。やってみる価値はある。
引き留めてくれたリンデさんには悪いけれど、私は真実が知りたい。
……というか、アニメ調ムービーでしょ!? そんなの生で見たいに決まってる!!
「死亡中のムービーは配信にも映りませんが、復活してからもう一度ムービーだけをメニューから流せば配信で皆さんに見せることもできます。一人だけで悩むより、皆さんと共有して進めるほうが効率もよさそうですし……なにより、皆さんも見たいでしょ?」
にやっと笑って、首筋に頬を寄せるシズクの鱗を撫でる。
私の言葉に、ストッキンさんなんかは噴き出しそうになって、慌てて口元を押さえて笑っていた。みんな目を逸らしているが、見れるもんなら見たいよね……みたいな雰囲気を醸し出している人が大半だ。そりゃそうだろう、私だって見たいんだから。
大丈夫、覚悟は決まっている。あとは、みんなが私の影を速やかに倒すことができればオッケーなのだが。
「私のレベルは上限の99です。影メドゥーサは死亡した人のレベルに合わせて出てくると思われますので、皆さんは対処できるようにしておいてくださいね。よろしくお願いします」
遠くからあがる快い「いいよー!」の声に頬が緩む。
それから、私は休憩時間の終わりを20分後に定めて鉄板で焼いた焼きそばを急いで食べ始めた。あ、バフついちゃったら影も強くなるかな? と一瞬気になったが、それはそれで検証になるので遠慮なく色々と食べることにする。
私の決断に色々と察したらしいパートナー達が揃って周囲に固まり、団子になってしまったけれど仕方のないことだと思って静かに私も寄り添うことにした。
好き好んでやるわけではないが、あと20分後にはみんな諸共一回死ぬことが決定したようなものだ。くっつきたい気持ちは分かる。
「ごめんね、シズク。無茶をさせてしまいます」
「シャッ」
謝ると、シズクは弱気になるなと言わんばかりに私の頬を尻尾でぺちぺちと叩いた。いやあ、シズク姉さんは強いなあ。
「スーちゃんも、言っていることは分かった?」
「……うん」
「さっきみたいに影メドゥーサを倒すの、みんなに協力してあげてくださいね」
「……うん」
少し不満そうなスーちゃんにも身を寄せて、パートナー達も加えてお団子が拡大する。慰めるように、私はその髪を優しく撫でる。
そして20分後、覚悟を決めた私はシズクとともに神獣纏を発動し――蛇の口の形をした影に飲み込まれていった。
2回目になると、リンデさんはやっぱり来てくれなかった。




