燃えるような赤い瞳と目が合った
「僕、ケイカさんに憧れてこの現場に来たんですよ〜。お手伝いできるって聞いたからぜひ! って」
ことが起きたとき、私の行動は一歩遅れていた。
◇
みんなで二人組になって、外と中で聖獣・神獣纏をしてみるという試み。
十中八九、蛇のパートナーと纏をすればなにかが起こるというのは推測できていた。だって、『呪い』がそうだから。
後輩の迷子になっていた女の子と組んでおしゃべりをしているときに、話しかけてきた男の子がいた。弓を背負っていて、蛇をパートナーにしている男の子。
私が組んだ子のパートナーはアカツキと同じカラスで、男の子はシズクよりも蛇により近いパートナーを連れていて、一人と一匹で照れ臭そうにサインを求めてきたのが微笑ましかった。とても。
彼が城内で纏をする実験に出るって聞いたときは、ああ即死判定が出るか重症になるか、それとも石化か青銅化か、はたまたシナリオを遂行中じゃなくてもリンデルシアが忠告に来るのか……そのどれかになるんだろうなってちゃんと理解したうえで、検証頑張ってねと普通に送り出した。
私も城の外でシズクと纏をしたが、外でやる分には問題なかったので、検証班の人達の推測は間違いではないだろう。ラミアのようになった姿をきゃっきゃと喜ぶスーちゃんに、人外感強めで中級者向けのラミアが大丈夫なら将来オオモノになりそうだななんて微笑ましくしていたそのすぐあとのことである。
「え?」
城の内部にみんなで入って検証を開始した途端、そこは地獄絵図と化した。
迷子になっていた子がハーピーのような形で聖獣纏をするのを見届け、時間が空いたので纏の検証前に声をかけられた男の子のほうに目を向けた。
蛇を連れたその子はちょうど聖獣纏を行おうと卵を掲げているところで、纏を実行する前にほんの少し時間を置いてリンデさんが忠告に現れないことを確認。
初めて城の内部で蛇と聖獣纏をする場合でも、やはりシナリオ進行しているプレイヤー以外には忠告なんてしに来ないんだな……と思ったとき。
彼の足元に真っ黒なタールのようなものが地面から溢れ出る。
まるで意思を持っているかのように噴き出た黒い液体は、一瞬で縦に大きく伸びて、左右から彼を覆いつくす。その光景は、巨大で真っ黒な蛇の口が地面から突然現れて、彼をパックリと飲み込んでいくようにも見えた。
一瞬の出来事にもかかわらず、彼は誰かに助けを求めようと虚空に手を伸ばし、そして私と目があう。
呆気にとられていた私はなにもできなかった。
ことが起きたとき、私の行動は完全に一歩遅れる形になってしまっていた。
閉じた口を突き出た彼の手も、すぐに黒に覆われて消えてなくなってしまう。
「うっ……そ……」
とっさに手を出したのはスーちゃんの身の安全の確保だけで、その目を覆うように手のひらを被せる。さすがに子供にはショッキングな場面だろう。アニメや漫画でこれくらいのショッキングな話がないことはないが、紙面や画面で見るのと、実際に目にするのとではだいぶ違う。
そして、黒い液体が収縮していくとそこに残っていたのは、髪が蛇でできた人間のような、けれど黒いシルエットのみの存在。
「やっぱり、メドゥーサ?」
「メドゥーサ?」
目を覆われたスーちゃんが不思議そうに復唱するが、私はその手を離さないようにスーちゃんを抱きしめる。
どこかでピィーーーーーッと、笛のような音が響く。
「蛇パートナーの纏は全員メドゥーサの影、便宜上影メドゥーサと呼びますが、それに変化しました! パーティメンバーになっていた人の項目を確認しましたが、死亡判定になっています! 本人がリスポーンするまで無事な班員は行動・攻撃パターンの分析に入ってください!」
叫んだのは検証班のリーダーさんだった。
リーダーさんの言葉を皮切りにして、次々と検証班の人達が自分の検証を打ち切り影メドゥーサ対策に乗り込み出していく。その息はぴったりで、数人が影を取り囲み、遠巻きに観察する人と分かれた。
しかしあれで死亡判定ということは……あの影メドゥーサは魔獣とかではなく、夢幻回廊のときの氷像と似た存在なのかもしれない。つまり、迅速に倒せばOKってところだろうか?
しかし、これで検証したかったことが判明した。
……リンデさんとのシナリオを受けていなければ、蛇のパートナーを連れて纏をした人は予告なしに即死する、ということ。
蛇のパートナーを連れている人は城の内部で呪われ、そして纏をすれば即死する。そこまでシビアなトラップのあるダンジョンはここがはじめてだが、まあゲームだしそういうこともあるだろう。ここは高難易度の海域だし、普通より難易度が高めで間違いはない。内部にはほとんど魔獣がおらず、ギミック解除を邪魔する存在もいないので、普通にマップを攻略するだけでは簡単すぎるだろうし。
こういう仕様があるからこそ、高難易度なのだろう。
理解はできている。ただ、さすがにびっくりして反応は遅れてしまっていたが。初日からログインして遊んでいるのになんて体たらくだ。
「……私も検証に参加しますか!」
死亡した人達もそのうち復帰して戻ってくるだろう。これはゲームだ。それほど気にしてはいけない。彼らはそうなるかもしれないことも承知済みで、それでも検証せずにはいられない『検証班』のメンバーだ。こんなこと慣れっこだろう。なんせ、初期パートナーが『知識』を表す蛇になるような人間が大半だ。一瞬驚くことはあっても、これがトラウマになってゲームをやめるなんてことをするほどメンタルの弱い面々はいない。
今はしっかり影メドゥーサの行動パターンの割り出し作業の手伝いを優先するべきだ。
しっかりと考えを切り替えてスーちゃんの顔から手を離す。
人が飲み込まれる場面がアウトじゃないかと判断しただけで、影メドゥーサだけなら問題ないだろう。
そうしてスーちゃんを見ていた視線を上にあげる。
焦っていたのかもしれない。
燃えるような赤い瞳と目が合った。
「ザ、クロちゃん! スーちゃんの前を翼で覆って! シズクはあれに触れたら呪いがどうなるか分からないから私の足元から砲撃! アカツキとジンは視線の合わない場所から攻撃!! あれは倒していいですよ!」
よく見れば、影メドゥーサの周囲を取り囲んだ人達は石のように固まって動かなくなっていた。
アバターが硬直して、動かなくなる。
視線と表情だけは動かせるが、最後に叫んでから言葉も出せなくなった。
スーちゃんを残して私は迂闊にも状態異常: 石化になってしまったのである。
全滅という文字が頭の片隅に浮かぶが、その考えを振り払う。
「目があわなければだいじょうぶ、なんだよね? おねーちゃん」
ザクロの翼をかき分けて、スーちゃんが一歩前に出る。
「おねーちゃんくらい背がたかかったらいいなって思ってたけど、いまだけはこれでよかったって思わなくちゃ! スリャーシャちゃんにありがとうって言わないとね!」
彼女と隣り合ったビィナは目を閉じ、リャッキーは地面を。アジオ君はさっそく周囲の地面を水で覆い、その後に凍りつかせて腹這いになった。
やる気満々な彼女達に視線だけで訴えかけると、実にいい笑顔で「まかせてよお姉ちゃん!」と笑う。
そんなスーちゃんに私も笑いかけて、よろしくの意味を込めてまばたきをする。
「よーし、こんどはわたしがおねーちゃんを助けるぞ! みんながんばろう!」
彼女のパートナー達と、私のパートナー達。そしていろんなところから石化を免れたのだろう聖獣や神獣達の雄叫びのようなものがあがる。
石化していないのは影メドゥーサと目が合わなかった面々。
少し背が低かったり、空を飛んでいたりした面々のみだ。
頼むよ、スーちゃん。ちゃんと見てるからね。
普段なら、こうして油断したら一回死んでやり直しなんだろうな……と思いつつ、けれどこうして他のメンバーがいるからこそ詰まなかった状況に感謝した。
パーティを組む利点ってこういうところだよなぁ。
勇ましく走っていったスーちゃんの背中を視線で追う。
……ちなみに、コメント欄はものすごく大盛り上がりだった。
皆さんスーちゃんの保護者かなにかか??? スーちゃん加入のときよりも親目線コメント増えてない??? でも分かる。成長を感じて嬉しいよね。
昨日までには更新するとか言っておきながら遅れましたごめんなさい!!!
コミックポルカの公式サイトやピッコマにてコミカライズ19話前半が更新されました。シズクちゃんのはじめての進化シーンの部分です。ものすごく美麗で麗しい進化シーンは必見ですよ!
ぜひご覧になっていただければ幸いです!




