人を石にする魔物は結構いる
情報共有を促し、石化についてを尋ねてみたはいいが……リンデさんは目を逸らして黙り込む。うーん、自分から話すつもりはないやつかこれ?
「おーい、リンデさん。すでに結構探索したんですよね? 中のギミックとか、マップとか、さっきの石化っぽい状態異常のこととか……教えていただいたりは」
「わたくしは独自に調査しているの。あなた達と連携することはないのだから、情報を共有する必要もないわね」
しかし、彼女はツンと高い鼻をそらして高慢な態度を取り続ける。
「……なるほど、つまり攻略の楽はするなということですね! そうですよね、楽をすることを覚えてしまうと自力で調べる力が損なわれていきますし……いやぁ、リンデさんはさすが、意識高いなぁ!! 私も見習わなくちゃ!! でもスーちゃんは見習わなくていいですからね、素直なままでいて!!」
「? う、うん」
リンデさんの眉がピクリと動く。うんうん、そうだよね。こうやってなんでも前向きに捉えられると意地悪をしている自覚がある人はムカついてくるでしょう? そっちが協力する気がないなら仕方ない。分かっていたことではあるが、しばらくは恐らく協力なんてことはできそうにない。
協力できるようになるとして、それはダンジョン後半のことだろう。悪役との共闘もので百回くらい見たようなテンプレだ。そのうち我慢できなくなって手を貸してくれたりするんだよ知ってる。
……は? 心配して手を貸してくれるリンデさんとか解釈違いなのだが???
やっぱりこのまま皮肉りあったりして、たびたび行く先で会うくらいがちょうどいいや。攻略のためには協力したほうがいいのは分かっているが、私は悪役らしい悪役には悪役らしく居続けてほしいタイプのオタクなのである。
リリィとかアリカ・カナタコンビのシナリオは改心するタイプの悪役って分かりやすかったから別にいいんだけど、それはそれとして悪役らしいまま共闘してくれるキャラもいてほしい。オタクは欲張りなのがデフォだ。
リンデさんが自分だけで突き進もうとするならば、私達もそれに黙ってついていけばいいだけ。だって、「勝手にしろ」みたいなこと言われてるもの。私達も勝手にした結果、一緒についていくだけだ。嫌がられて遠慮する意味はない。TRPGでだって行動力のある主人公のほうがシナリオを進めやすいように。多少の強引さは必要である。
「1号ちゃん、2号ちゃん、行くわよ」
スッとヒールの高いブーツで立ち上がり、返事を待つでもなく歩き出す。
そんな彼女にすぐさま大蜘蛛の1号ちゃんがついていき、糸を紡いで彼女のコートの上からさらにベタベタしない蜘蛛の糸で作ったケープを羽織らせている。お母さんかな??? あんな余裕そうな顔して、本当はあの防寒具じゃ足りないくらい寒がりだったりするんだろうか……。
「!!」
2号ちゃんは慌ててカップのココアを飲み干し、私達のほうへ近寄ってきた。
スーちゃんの手を握り、ぶんぶんと握手をしてからパタパタと慌ただしくリンデさんについていく。
「転ぶわよ、少しは落ち着きを持ちなさい。怪我をしたらどうするの」
「!」
……お母さんかな???
「アカツキ、気づかれないように尾行。迷わないようにね。ある程度マップを把握したら帰還して」
「クッ」
小さな声でアカツキに指示を出し、静かな羽音をたてて飛び立つ彼を見送る。恐らく気づかれるだろうが、今のリンデさんなら見逃してくれるだろう。今のところ、攻撃されるほど敵対している状況ではないことだし。
本当ならシズクが一番隠密に適しているのだが、呪いがある以上彼女を一匹で行かせるわけにはいかない。首に巻きついている彼女にも、私にも、今は呪いの痕跡なんてないが……恐らく、また城の中に入れば呪いにかかってしまうだろう。
『敬語じゃないケイカちゃん……うっ好き』
『分かる。普段丁寧口調の子が素で話してるのいいよな』
『俺だけに見せてくれる素の表情最高か?』
『それはさすがに幻覚』
『俺達にだけ……だろ』
『多分NPCのほうが見てる回数は多いだろ』
『やめろ、その事実は俺に効く』
気持ちは分かる。でも私はリンデさんみたいな口調の人が、幼い2号ちゃんみたいな子相手に対して、「〜よ」とか「〜だわ」とかのお嬢様口調を崩して優しく叱ってるシチュエーションが好き。
口調ギャップが好きな人は結構いると思うの。
そんな感じでコメントに同意を示しつつ、反応を返していたりしたとき。
「ばいばーい!」
スーちゃんが2号ちゃんに対して片手を挙げて手を振る。
それから、困ったように私を見上げてきた。
「おねーちゃん、これなんだろ?」
そして、もう片方の手で握っていた紙を私に渡してくる。
「これは?」
「さっきの子にもらった」
「ほう……」
くしゃくしゃに握りしめられた紙だ。
それを受け取って、念のためみんなに見えるようにしながら丁寧に開いていく。しゃがんでスーちゃんにも見やすいようにだ。
すると、ジンがぴょんと私の頭に飛び乗ってきた。ジャンプ力が足りなかったのか、途中背中に足をついて駆け上がったような形である。よじ登るためか爪が思い切り食い込んできたが、そこは装備が分厚いので問題ない。
現実の猫ちゃんもこういうことするんだろうか……絶対痛いけど可愛いな……などと思いつつ紙を開き切ると、そこにはなにやら線がいっぱい描かれていた。なにやら大きな空白のところに蛇みたいなものも描かれている。
「うーん?」
しかも、紙の下のほうになにやら落書きのようなものもある。とてつもない画伯っぷりに首を傾げた。あ、ちなみにこの「画伯」は下手……とても個性的な絵という意味の画伯である。
『マップじゃね?』
『女の人っぽく見える』
『このでかい蛇みたいなのはバジリスクとかかなあ』
『もしかしてこれ、2号ちゃんが書いたやつ的な?』
『えっ、もしかしてご主人様の代わりにヒントくれてる???』
『相変わらずいい子だなあ……』
コメントでようやく理解する。
なるほど、確かによく見ればマップのようにも見える。
ってことは、これはリンデが通ったことのある場所をマッピングしたものだろうか? 画伯すぎてほぼ分からないが……実際に自分でマップを埋め始めたら、なんとなくこれの意味も分かってくるだろうか。
「ばじりすく?」
「人を見ただけで石にしちゃうこわーい蛇さんです」
「石に!?」
コメントを読んだらしいスーちゃんがびっくりしている。そりゃそうか、知らなければそんな反応にもなるだろう。彼 スリャーシャちゃんが活躍するアニメはバトルもあるが、基本はハートフルな物語である。まだバジリスクみたいな危険な生物は出てなかったはずだ。
『いやこれ本当に蛇か?』
『え、でもこのでかくて細長い感じ蛇じゃないの?』
『いやなんか……違う気もするけどなんで言えばいいんだろう』
『この形状なんか見たことある気もするんだが』
『画伯すぎては蛇にしか見えないが』
『じゃあこっちの女の人は?』
『髪が蛇っぽい気もするからメドゥーサでは?』
『そっちも石化能力持ちだしなあ』
『そもそも髪の部分がピンピンしすぎて針女にしか見えない』
『わたしには髪がライオンのたてがみに見えてる』
『ええ……』
コメント欄で議論が巻き起こっているが……まあ、実際に動いてみないと分かるものも分からないだろう。
石化能力のある魔獣か……その類が出てくるのはリンデさんの様子からして間違いないが、そもそも人を石にする魔物は結構いるんだよね。だからどれが正解か絞りきれないって部分もある。鳥っぽい絵ではないから、コカトリスは除外できそうだが。
「カァー!」
そうこうしてコメントの議論を眺めていると、アカツキが帰ってきた。
腕を差し出すと、彼は手の甲にとまり片翼だけを広げて「頑張ったよ!」とアピールしてみせる。そんな彼にサーモンをひょいっとあげてこめかみのあたりをくりくりと指先で撫でる。
「さて、網焼きセットも撤収しましょうか」
焼いた魚介類の中でも、消費していないものは保温状態のまま入れることができる食糧専用のボックスへイン。急いで貝類を殻ごとバリボリ美味しそうに食べているザクロの食事が終わるのを待って、軽くストレッチをする。
アカツキが先行したからか、メニューのマップを確認すると少しだけ城内の構造が分かるようになっていた。少しだけでも分かるのであれば、呪いによる制限時間がある中でも動きやすい。それに、リンデさんがどう動いたかもある程度分かるから、それだけでも情報になる。
このマップの情報から分かることといえば……一直線に彼女が動いているから、なにか確固たる目的を持っているってことと、マップをある程度把握していそうってことかな。じゃないとこんなに迷いなく進めないでしょう。
「ま、探索は寄り道もするんですけどね」
そこは呪いがあってもやる。
なんのためにワープポイントを設置したんだよって話になるよね。それに、マップは全部踏破しないとなんか嫌じゃない?
私は不思議のダンジョン系もとい、ローグライク系のゲームでもマップを全部埋めるまで次の階に行かないタイプのゲーマーである。アイテムは全部拾いたいよね。
「城の探索に制限時間はついてまわりますけど、シナリオ自体に制限時間はなさそうですし……次のイベントが起こる地点に行くまではある程度自由でしょう。勝手にNPCがロストすることもなさそうなので、のんびりレベル上げも兼ねて行きましょうね」
「はーい!」
水浸しのダンジョンは竜宮城イベントである程度慣れている。水の中のギミックなんかも、大幅に変わった仕掛けがあるわけでもないだろうし。さくさくっと進んでマップを埋めて、ついでに宝箱を開封しながら、適度に休憩して進んで行けば大丈夫だろう。
先程はいきなり呪いにかかったので焦ったが、知っていれば対策は問題ない。なんなら効率化するために、ザクロに二人で乗せてもらい、移動速度を増してマップを埋めるのもいいかもしれない。
「シズク、覚悟はいいですか」
「シャ」
シズクも凛々しい顔立ちで頷いた。
……制限時間にさえ気を遣えば大丈夫。
それだけ考えれば大丈夫。
私達はすっかりそう思い込んでいた。
どうやら神獣郷オンラインがピッコマでも見られるようになったようですね!!
あと公式サイトにて18話の後編も更新されております!!
ここから余談
ジンがケイカちゃんに飛び乗ってますが、実際に私が働いている乗馬クラブのネコチャンは抱っこが大好きすぎて油断していると飛び乗ってきたりして可愛いので、その魅力を余すとこなく人に伝えたくてジンは人懐っこいネコチャンとして描いています。
このネコチャンがテーブルにいるとき、近くにいるだけで立っていても飛び移ってくるので、夏は特に爪という幸せな痛みが襲ってきます。ネコチャンはいいぞ。
でも馬もいいぞ。馬房を掃除しているときに、甘えっ子は常に真後ろについてきて「構って」と鼻をさりげなくすり寄せてきたりするのが可愛いんじゃ……。Twitterで可愛い馬の写真もばしばしアップしているので、興味があれば覗きに来てくださいねっ!




