厄介な呪い対策にセーブポイントを作っておきます!
探索のタイムリミットがあるとか聞いてないんですけどーーーーー!!!
なるほどなあ、特定のアイテムがないとタイムリミットがどんどん減っていく……みたいなタイプの状態異常か。これは厄介な。
というか。
「スーちゃん達は大丈夫ですか!?」
ダメだーーーー!! 自分の心配を先にするんじゃなくて、そこは普通年下を心配するところでしょうが!! シズクも心配だけど、彼女の症状はすでに確認してるし、まずは症状が出ているかも不明な状態の子を確認しないと!!
「たぶん、大丈夫みたい?」
「手、手を見せてください! みんなも集まって順に私に見せてください!」
ふわっと羽織りをひらめかせてしゃがみ込み、目を白黒させるスーちゃんの腕を両手で包み込むようにして触診する。念のため肌が出ているところや、首なんかも真剣に確認してみて、ようやくなにもないことが分かって安心した。
「スーちゃんはなんともないみたいですね……よかった」
「ありがとう、お姉ちゃん」
へにゃっと笑った可愛い子供の頭を撫でて、ポケットの中のリャッキーやビィナの触診も優先し、次にアカツキのほうへ振り返る。
「クァ!」
すると、なにも言わずとも私と同時進行で調べてくれていたらしいアカツキは「大丈夫」と声をあげた。ジンやザクロも頷き、私とシズクにだけ起きた現象だったことも確定する。
特定の対象にしか発動しない呪い……ってなってたけど、その特定の対象が今のところ判明してないからなあ。ま、確認できたから、考察材料くらいにはなるだろう。
私達がここを攻略しているうちに対象者の条件が絞り込めるのなら万々歳と言ったところだろうか?
「呪い……か。厄介ですけど、溜めていた清水や聖水などのアイテムもありますし、一応探索には支障がないはずですが」
そう、タイムリミットを遅らせたり、リセットするために必要なアイテム類は豊富にある。これらのアイテムはいろんな用途があるが、基本的に使わなくてもなんとかなるので余りがちだ。
序盤でこれらがなくて散々な目に遭ったりもしたが、あれもなくても対処できちゃう部類だし。最近は清水は高価なものじゃなくなってもいるからねえ。
「迷っちゃったらどうしましょう……」
そう、そこが目下問題である。
私は自力でマヨヒガに迷い込むほどの女……つまり、迷いに迷ってしまったら入口に帰れず、そのままアイテムも尽きて……なんてことにもなりかねない。それはとても困る。
なら、やることは一つ!
「幸い、まだ入口付近ですしいったんこの辺の広いところで……」
◇
じゅわじゅわと肉が焼ける音。
網の上に置かれた貝類には醤油を少し垂らして煮立たせる。はまぐりにホタテにサザエ。そしてわずかな肉。先程釣り上げたサーモンも切り身にし、炙っていると美味しそうな香りを周囲に放つ。
串で刺したぷりぷりのエビを割って殻を剥き、お皿に出してあげると豪快にザクロがお皿ごと口の中に放り込んだ。なんと彼女専用で出しているこのお皿は鉱石類でできているので、文字通り宝石竜の彼女なら皿ごといけちゃう代物である。
炙りにしているものとは別にサーモンのマリネも手早く作りながら、アカツキやジンにも取り分け、はじめて食べる海鮮が多いのか、スーちゃんに食べかたを解説する。
ちょっと大人の味かもしれないので、好き嫌いは分かれるだろうことをまず伝えておくことを忘れない。ついでにお腹も空いてきたので保温した状態で保つボックス内から白米を取り出し、丼ものも作り始める。
かなりの上空で、ミャアミャアとウミネコの鳴く声が聞こえていた。
巨大ウツボの万が一の襲撃を恐れて高く飛んでいるのかもしれない。
「美味しいですね〜」
「ん!」
もはや私が何をし始めても驚かない。
それはアカツキ達も一緒である。ある程度反面教師で常識的になっているうちの子達だが、もちろん私に染まっている部分もある。
だからダンジョン前で突然キャンプし始めても、当たり前のような顔をして参加してくるわけである。
そう、まず大事なのはいつでも死んでいいようにセーブポイントを作っておくということなのだ!
「リンデさんがどこまで行ったかも分かりませんし、念には念を入れておいてですね……」
「貴女達、緊張感というものをご存知?」
巨大な扉が目の前で開き、海城内部から一歩外に出てきた彼女が真っ先に言った言葉がこれだった。
言わずもがな、なにやらところどころ服の一部が石のように灰色になってボロボロのリンデさんである。
とてもとても引きつった皮肉っぽい笑顔での言葉だった。
「……? 食べる?」
スーちゃんの言葉に美女が見せちゃいけない顔してる。なんか文句を言ったりしたいけど、そういう皮肉が通じない子供相手だから言うに言えないし、そういうこともあまりしたくないけど内心いろいろ言いたいことはある……みたいな顔をしている。うん、なんというか、これはもはや放送事故では???
「ほら、腹が減っては戦もできないと言いますし、ここにワープポイント作りたかったんですよ。迷ったら最後、アイテムが尽きて青銅の像になって死にそうですし」
復活ポイントとも言う。万が一迷って死んでしまった場合、ここにリスポーンすることができれば探索再開も早くできるだろう。マップの書き込みのための探索はダンジョンなのでしっかりやっておきたい。あわよくば、完全攻略してマップ情報と攻略チャートを考察班に売り渡したりもしたい。そうすれば私の金銭も潤うし、初見クリア者として他の同志達に貢献もできるというわけだ。完璧な作戦では???
「命に関わる呪いを受けてなお、その態度でいられるその精神性だけは尊敬してあげますわ。随分と図太いかたでいらっしゃるようね。繊細なわたくしには分からない価値観よ」
自分も大概メンタルには自信があるでしょうに……。
だってこの人、陛下がいればメンタル保てちゃうタイプでしょ? 命令できたとはいえ、かなり死の危険が高いようなこんな場所の任務を嬉々として遂行している時点で……うん。少なくとも繊細ではないよね。
「ところでリンデさん、ボロボロですが大丈夫ですか?」
「問題ないわ。少し回復してからまた向かうもの」
そうして、無言でチラッと背後を見るリンデ。
なんだろう? と思ったら、彼女がふっと力を抜いてその場で崩れ落ちる。え!? 倒れる!? と驚いて一瞬腰を浮かしたものの、すぐさま大蜘蛛の1号ちゃんが白い糸でソファを作り上げ、リンデはそのソファに腰掛ける形になった。それから2号ちゃんが、彼女にどこからか出したあたたかい飲み物を渡す。多分色合い的に紅茶かな……? ものすごい早業だった。
見てよ、ザクロちゃんなんて目を白黒させてビックリしてるじゃない。
うーん、あれはなにかを企んでいる顔。私には分かる。
「ぴるるぅ」
私の背後に回って「立って立って!」とアピールし始めたザクロに苦笑しつつ、立ってちょっと離れた場所に移動した。
「スーちゃん、食べてていいですからね。ビィナちゃん、スーちゃんが火傷しないように気をつけてください。もちろん、君もですよ」
「キキッ!」
網から離れたので網の番はビィナに任せて、ザクロのやりたいことに付き合う。なにやらアピールしているのは、恐らく先程リンデがやっていた行動だろう。肩に乗ったシズクを見て、ザクロを見て、アカツキを見る。
みんな頷いていたので、やってみたいってことらしい。しかし、アカツキもか。意外とやんちゃするよね、君も。可愛いからいいんだけど。この、大人になって落ち着いたけどたまにチラリズムする幼さ……いや、無邪気さ? がいいんだよなあ。
なので、私も先程のリンデの真似をして体の力を抜き、その場に勢いよく座る動きをしてみせた。その瞬間、私のお尻の下に椅子を置くように差し出されるザクロの尻尾。若干ゴツゴツした体表のかたい鱗に、「ゔっ」と地味に痛みを訴える声を漏らしてしまったが、澄ました顔で手を差し出す。その手にシズクがぬるいお湯の水球を出現させて落とす。
ぱしゃん……と情けなくも頼らない音をたてながら水球は崩壊して私の手をすり抜けていった。そりゃそうだ。だってコップないもの。
「……ふっ」
「あーーーー!! 鼻で笑いましたね!?」
いやこれは多分私でも笑うけど。
格差が……エレガント格差がひどい!!
「こんなのエレガントじゃないです!!」
コメントで当たり前のように「え、今更?」って流れて行くのにめちゃくちゃ笑いそうになったけど、一応耐えた。
「エレガント格差反対!!」
「日頃の行いではないかしら。品というのは、普段の素行から現れるものよ」
「ゔっ」
『おーーーっと!! 真っ向からのド正論がエレヤンを襲うーーー!!』
やかましいわ!!
「リンデさん!!」
「なによ」
「それはなにを飲んでいるのでしょうか!!」
「アップルジンジャーティーだけれど」
「あったまりますね!! コーヒーとか紅茶とかロイヤルミルクティーじゃないんですね!! 可愛いですね推せる!!」
「共通言語を喋りなさいな」
「共通言語ですけど???」
オタク言語は方言かなにかに聞こえてるわけ? え?
というか、もしや神獣郷内って共通言語とそれぞれの言語が実はある設定だったりする? これ初出では? 考察板に雑に投げとこ。
「リンデさんの任務について行かせてもらいますからね!!」
「来るなと言ってもどうせ来るのでしょう。なら勝手になさいな。でも、邪魔はしないでちょうだい」
ザクロに指示をして、少しだけ網に近づいてもらう。尻尾を椅子代わりにしているので、そのまま大きめのお皿に海鮮類とマリネを取り分けた。
「ジン〜」
「なうん」
そのままジンの背中にお皿を乗せ、サーモンをひときれ口元に差し出す。ぱくりとそれを咥えたジンは、合図をするとすぐさまリンデ達のところへお皿をデリバリーしに行った。
彼女はサラダだけ受け取ると、エビを1号ちゃんの口元にポイと落とし、それ以外を2号ちゃんに渡した。ぱりぽりと殻ごと1号ちゃんがエビをキャッチして食べている。2号ちゃんも遠慮がちに貝類を食べだした。ほとんどパートナーに分けてるの尊いなあ。
「分かりました! 勝手についていきますね! どこまでも!」
「……わたくしは幼稚園の先生ではないのよ。どやどやとついてきて迷惑をかけてこないでちょうだいね」
「はーい、先生!」
おっと、剣呑な目になっちゃったのでからかうのはここまでにしておこう。
私も網で焼いているものを取り分けて、エビをザクロちゃんにわけてあげる。首をこちらに寄せてきてあーんって口を開けてくるのが可愛くてグッドである。鉱石が好物である特性上、彼女は硬い食べ物が好きだ。エビや貝も殻ごとばりむしゃぁして美味しくごっくんする。
「さて、じゃあリンデさんにはちょっとだけ情報共有してもらいましょうか。今はもう回復して治したみたいですけど、貴女の服がところどころ石のようになっていた……その理由を」
私達の呪いは体が青銅になっていくもの。でも、彼女の症状は少し違うように見受けられた。そう、あれは金属ではなく。
「人を石にしてしまう……魔獣とか、ですかね」
状態異常、石化とかかな。
リンデさんは、苦虫を噛み潰したような顔で私から目を逸らした。




