シナリオ『悪役《ヴィラン》との奇妙な共闘』
「喧嘩、だめー!!」
「……!!」
私の裾を掴んで叫ぶスーちゃんと、同じくリンデさんに抱きついて必死に頷く2号ちゃん。
私達はそれぞれ二人に視線を落とし、そして目線を上げて目を合わせる。
短い沈黙がお互いの間に流れた。
なにも言わずにキレ顔になっていたリンデさんは、ひとつ大きなため息を吐いて目を閉じると、右手でこめかみの辺りを揉んで2号ちゃんの頭を軽く撫でる。
……撫でる!?
あのリンデさんが!?
まさか、2号ちゃん相手にそんな保護者みたいなムーブ、はっきりするんだ……意外だった。大好きな人からの贈り物である以上、それなりに大切にしているのは分かってはいたけど、他人の目があるところでも普通に愛でるようなことをするもんなんだね。
「……お友達かどうかはさておき、生産性のない怒りを継続するほど不毛なこともありませんわね? そうでしょう、ケイカさん」
ふむ、ここまで言われて一人で喧嘩を続けようとしたら、さらに煽りがきそうな気がする。ここいらで口喧嘩はやめておくべきかな。
「そうですね、喧嘩していてもなにかが起こるわけでもありません。特にリンデさんはなにか用事があるようですし……ところで、お二人は海を渡る手段はお持ちなんですか?」
ついでに、カマでもかけておこう。
「この場所にいる時点でその答えは出ているでしょう」
リンデさんはピクリと片眉を上げて反応したが、つとめて冷静に答える。確かに、このコロコロ雪原にいる時点で空を行く手段か、海を行く手段があることは明白だ。
「そうですか……なら、もうなにも言いません。邪魔をしなければいいのでしょう?」
「ええ、そうしてくださいな。あなた達がわたくしの邪魔をしないと分かった以上、もうここには用がなくなったわ。さあ、行くわよ2号ちゃん。暖炉があるとはいえ、1号ちゃんが凍えていないか心配だわ」
そう言って彼女は踵を返す。
ロッジになっているうえに、中に暖炉まであるのか。すごいキャンプ用アイテムを持っているんだな。なにそれほしい。でも絶対に高いんだろうなあ。
「あ、ちょっと待ってください! 話はまだ!」
「勝手に一人で話していなさい。わたくしにはもう話すことがないわ」
スタスタと早足で歩き去って行く彼女に、2号ちゃんが慌ててついて行く。
しかし、途中で立ち止まったかと思うと、2号ちゃんは丁寧にこちらへ向けてお辞儀をしてまた走っていった。置いていかれないように。
遠くで追いついた2号ちゃんがリンデの手に自身の手を差し出すと、リンデは迷いなくその手をとってぐんぐん雪の中を進んでいく。
……手を繋ぐの、拒否とか……しないんだ。
もう一度だけ振り返った2号ちゃんは、私達へ視線を向けたあと、心配げにリンデさんを見上げてその手に擦り寄った。
そこで、彼女達の姿は見えなくなってしまった。
「帝国の負の遺産を廃棄しに……ね」
――――――
ストーリーミッションが発生しました。
【悪役との奇妙な共闘】を進行しますか?
――――――
呟いていると、目の前にウィンドウが現れて思わずびっくりしてしまった。
え、これマジですか???
つまり、このストーリーを進行するとリンデさんと共闘することになるわけで……? いやでも今私はスーちゃんとのミッション。ペンギンさがし! があるからなあ……どうしよう。
そう迷っていると、くいっと手を引かれて視線を下げる。
そこには、なにか言いたげなスーちゃんの姿があった。
手を引かれるままに私はしゃがんで、彼女に目線を合わせる。
「おねーちゃん、お友達が心配?」
「んー、まあ、心配といえば心配かもしれませんね」
まさかあの人がそう簡単に死ぬようなシナリオはないと思うが……というか、この時点で生きているキャラクターを死なせるようなシナリオは存在しないと思うわけだが、新シナリオってなると気になるじゃん? それに、最近配信もできていないし。
配信していないのは一般人のスーちゃんがいるからなわけだが、もしこのシナリオを追うのなら、配信することになる。そうなってしまうと必然的にスーちゃんのペンギンを探すという目的も後回しになってしまうわけで……それはちょっと勘弁したいなって思うわけだ。
シナリオ選択肢をいったん保留にし、片手間に透明なウィンドウを別で開いてシナリオ名で神獣郷板内を検索してみる……が、それらしきシナリオ情報はない。
つまり、これが初出情報。
配信者としてはこれを逃す手はない。
なんせ悪役との共闘だ。ワールドストーリーを進めるための情報だって出るかもしれない。そうなると、俄然やる気が出るわけだが……ここでまたも引っかかるのはスーちゃんのことである。
……いっそのこと、彼女に打ち明けちゃうか。
彼女がどれくらいの年齢で、どこまで理解できるかは分からないが、ずっと秘密にしているよりはいいだろう。
あー、とか、うーとか、そんなうめき声を漏らしつつ、スーちゃんを見つめる。彼女の肩を抱くようにして引き寄せているビィナはイケメン。でも、頭に乗っているリャッキー含めて三人揃ってこうも見つめられると弱いよね。
なんせ私、年下には激甘なもので。
「……スーちゃんの前にも、きっと新しいシナリオができると書いてあるんでしょうね」
「ある。よく分からないから、お姉ちゃんに合わせようかなって」
「自己判断せずに歳上に任せるのはとても良いことです。偉いね」
「えへへ、そう? やった!」
軽く撫でると犬みたいに頭をもっともっとと手に寄せようとしてくるスーちゃん、マジみんなの妹。可愛いがすぎる!! が、しかし冷静に冷静に……顔には出さないようにして……。
「このシナリオは、さっきのお姉さんについていってお手伝いしてあげよう! というものです。でも、そうするとペンギンさんを探すことに時間を使うことはしづらくなってしまいます。それに、お手伝いをしに行く場所は、きっとお化け屋敷みたいな場所です」
子供に説明するのってなかなか難しいよね。
ちょっとだけ言い回しを考えながらスーちゃんに伝えると、彼女は目をぱちくりさせて頬を紅潮させた。本人が喜びを感じているときに、心理による微細な変化が起こるバイタルをキャッチして、ゲーム側で設定されたアバターの変化だ。
でもこの変化って、かなり強い感情のときにしか起こらないはずのものだ。
私だってもふもふの前でしかならない……多発してるって? それはそう。
「お化け屋敷!! 行ったことないけど、テレビで見たことある!! 遊園地とかにあるやつ? 楽しそう!!」
「そ、そうですか……楽しそう……」
子供ってお化け屋敷とか、ジェットコースターとか大好きだよね。
大人になっても好きな人は好きだし、なんならもっと本格的なVRゲームとかにハマりだしてりするが、苦手になる人も一定数存在する。
なにが悲しくてわざわざ自分の心拍数をあげないといけないのか。VRホラーは一定の恐怖度まで上がると、それを感知してロックし、強制的にプレイヤーを休憩タイムにさせる機能があったりするが、お化け屋敷なんてアナログなものにそんなものは存在しない。VRでないぶんチープな演出も多いが、より鮮明に、よりリアルなじんわりとした恐怖を感じることになるのもまたアナログなお化け屋敷……あんなものに興味を抱けるってことは、結構ホラー耐性はあるってことなのかなあ。
恐らくリンデさんが向かったのは『沈黙の海城』だろう。むしろあそこ以外にどこがあるっていうんだ? ってくらい露骨だった。
私、ホラーは苦手なんだけど……まあ、人数多ければなんとかなる……かなあ。でもこんなちっちゃい子や配信でホラー耐性皆無なところを見せるのはちょっと恥ずかしい……。
「さっきのお姉さん、困ってたから手伝うんでしょ? ならやる! 困ってる人は助けなくちゃ……だよね? スリャーシャちゃんが言ってたもん!」
う〜ん、いい子すぎる〜!!
そっか、そうよね。女主人公のスリャーシャちゃんも例に漏れずとてもいい子だ。そんな子のコスプレをしているこの子がそれに同調しないわけがないよね!
「ペンギンさんはいいの?」
「お手伝いするとちゅうで見つければいいと思う!」
くっ、ごもっとも!!
「ん、んー、そうだ、スーちゃん! あのね、お姉ちゃんはこういうとき、配信っていうのをやってるんですけど……それにスーちゃんが出るには親御さんの許可がいると思うんですよ」
そう、そこなんだよなあ。
シナリオは保留にしておけるし、まずはスーちゃんの都合を確認しないと!
「一回シナリオのほうは保留ってボタンがあるので保留にしてください」
「うん!」
「それから、今日はペンギンさんを探すのをやりましょう。ログアウトしたらお母さんにでも配信に出ていいかって聞いてみてくださいね? 私の名前と神獣郷で検索すれば配信や切り抜きが見つかるはずですので!」
「分かった!!」
あわよくば許可が出ず、しばらくホラーは後回しに……なんて思っていた時代もありましたね。
後日、スーちゃんからしたら朗報。私からしたら悲報となる報告がもたらされることになった。
「おかーさんが、『こんなゆうめいなかたと!? ぜひごいっしょさせてもらいなさい!』って、泣きながら言ってた!! すごい喜んでたよ!!」
アカツキとシズクは保護者目線でこれを喜び、ジンは無邪気に跳ねて喜んだ。
「おあーーーーー!!!」
そして崩れ落ちた私の背中を、ザクロちゃんがよしよしさすってくれていたのだった。
ちなみに、いつのまにかキャンプ飯に混じっていたペンギンさんを友情ゲットならぬ友情スカウトしていたスーちゃんに、私は完敗である。
行けばいいんでしょ行けば!!
だってリンデさん、曲解したら「勝手にしろ」って言ってたもんね!!
こうなったらホラーが来たとき全力でリンデさんに頼ってやる!!
ペンギンさんのお名前は次回にて。
怖がりのエレヤンと幼女に押しかけられて付き纏われることになるうえ、その様子が配信されることが確定されたリンデの運命やいかに?
◇
いつも漫画の単行本のほうでも寄稿してくださっている「くら桐」様が「ファンアート」でケイカのお誕生日イラストとして、なんと! オボロ仕様の水着を描いてくださいました!!
シズクデザインの浮き輪も可愛らしく、足が出ていてまさに「ストッキンさんがデザインしそうな水着」です!!ちょびっとワイルド感あるデザインがたまりませんねぇ!!
該当ツイートのURLを以下に置きますので、ぜひ皆様も見ていってね!!
https://twitter.com/kurakiri221/status/1565415370747310080?s=21&t=9ezWlEl5DTwAYEWjGUkybg




