推しの新規衣装実装か???
「大漁ですねシズク!」
「シャア〜!」
すっかり出来上がったテントの横で、帰ってきたシズクから魚を受け取って行く。なんとこの子、一匹で持ち運びができないからといって水球の中に捕らえた魚を囲ってそれごと操って戻って来たのだ。
獲れたて新鮮ってレベルじゃねーぞ!! もはや水槽から出してきてその場で捌くって感じじゃないか!! まあ、水から出して簡単オート調理を選んだ時点で、一瞬でさくっと料理になるんだけどね!! さすがにこの数を一尾ずつ捌いていくのは手動でやりたくない。
内臓(概念)を取った状態のこの時点までオート調理しておけば、塩も振られて下拵えは完了されているので、あとは焼くだけでよくなるのだ。焼く前のものだけを大量生産して保管っと。
焚き火のそばに立てて焼くというサバイバル漫画でよく見るような手法で焼き魚を作っていくつもりなので、薪拾い班が戻ってきてから実行予定である。
「ぴゅるる〜」
「なあ、なあ、なお〜ん」
大量の魚を串に刺す作業をスーちゃんやビィナとしていたら、薪拾い班が戻ってきた音がした。鼻歌のようにぴるぴる鳴る口笛のような音を出すザクロと、それに合わせて鳴くジンの声だ。よほど上機嫌なのか、遠くからでもよく分かる。
声のしたほうを向いて腕にいっぱい薪を抱えたザクロと、その肩に乗って頭を彼女に寄せ合いながら歌うジンの姿があった。なにあれ可愛すぎか? 持ち運んでいるのはザクロだけど、多分ジンは薪探しのほうで役に立っていることだろう。
小さく火を吐くザクロの口元に肉球をかざして暖までとっている。は??? 可愛すぎる光景なんだが??? どこに課金すればいいんでしょうねこれは!! 推しに課金したい。あとで高級おやつ買ってあげよう。は〜〜寒い寒い。温度も財布(概念)の中も寒いけど心はあったかいから問題ないね、うん。いや、感じる気温はゲーム仕様のおかげで涼しいなって程度だけども。
「おかえりなさい、お疲れ様です。薪はここの岩場においてください」
「おかえりなさ〜い!!」
元気いっぱいにおかえりって言うスーちゃんに対し、手と尻尾を降ってお返事する二匹が可愛すぎる。なんだあのふわふわキラキラした光属性空間。浄化されそう。
「さ、薪に火をつけましょうか。アカツキ、よろしくお願いします」
「クァ!」
ビシッと翼を敬礼するみたいにしてアカツキが返事をし、置かれた薪に火を点ける。ここでザクロちゃんにお願いしないのは、全員になにかしらの作業を分担してもらうためだ。
当たり前のように一発で着火剤もなしに点火し、パチパチと火花を飛び散らせる焚き火が出来上がった。キャンプとしてはいろいろ省略している形になるが、それっぽい雰囲気で楽しむだけなら問題ないだろう。むしろ、大変な部分が省略されている分、スーちゃんにも飽きさせずに楽しんでもらいやすい。
「さ、あとは先程用意した串を焚き火のちょっと外側に刺しましょうか。あ、あまり火には手を近づけずに、そう、その辺りで」
「さす……こ、こう?」
「上手です! 花丸満点!」
「やったー! 花丸!」
焚き火の近くに刺すのも多分、本来ならもっと難しいんだろうなあ。焚き火で焼き魚を作るのはさすがに私でもはじめてのことである。
話しながらちょっと調べたところによると、焚き火のすぐ近くに魚を刺しておくわけではなく、なるべく遠火で焼くものらしい。確かによく考えればそうだ。あんまり近いと表面だけ焼けて中は生! ってなりかねないもんね。
そんなこんなで焚き火で焼かれ、段階的に調理具合が進んでいく串を見守る。色と周囲のキラキラで調理段階がなんとなく分かるから便利だよね。
ゲーム故にか、煙や焚き火の近くにいるための暑さなどのデメリット部分はあまり感じず、嗅覚を刺激する香ばしい焼き魚の香りだけが充満する。こんなんじゃ本当にお腹がすいちゃうなあ……ログアウトして夕飯作るときは魚系の料理にしよう。
「よし、このくらいですね」
いい感じになったら焚き火から取り上げて保温用のアイテムボックスにいったんしまう。ただ、一本はスーちゃん用に残してキッチンセットのお皿に置いてスーちゃんのところに置いた。
「お姉ちゃんはまだ食べないの?」
「まだまだいっぱいありますし、私はひとまず全部焼いちゃいますね」
「なら、あたしもちゃんとやる! 料理!」
「……では、スーちゃんには味見係をしてもらいたいですね。私、食べないとちゃんと美味しくできているか判断できないので。ほら、ひと口食べてみてください。美味しかったら教えてくださいね」
「味見がかり! 分かった! しっかりやるね!」
取り分けたついでに串から魚を外し、ちょろっと身をほぐしてあげているので食べやすいだろう。ひと口食べたスーちゃんはにっこりと笑ってほっぺに手を当てた。にこにこしてご飯を食べている小さな女の子、この世で一番とまではさすがに言わないけど、片手で数えられるレベルに上位の尊さがあると思う。
尊い。
作る甲斐があるというものだよね。
「味、薄くないですか?」
「ん? んーん」
……神獣郷の味覚は制限されている。もしかしたら味が薄く感じてしまうのではないかと思ったんだけど、この様子では本気で言っていそうだ。
やっぱり外に出て走ったこともないってことは病院暮らし……?
病院食って味が薄いって言うけど……いやでも、味覚が半分制限されている状態がリアルでも正常って…………いや、深く考えると闇落ちしそうだからやめておこう。うん。お腹いっぱい美味しく食べてね。ヤバい泣きそう。情緒不安定かよ。
そんな感じで味見係を堪能してもらってから、二人で協力して魚を焼き続けた。最初のほうは焼けたものを自分のパートナー達にわけて食べさせてあげたりしていた。
これもリアルでやるとなると焼いては食べての繰り返しを延々続けないといけなかったり、数が多すぎで焦がしちゃったり、誰にも手をつけられない串ができて最終的に廃棄になってしまったりのトラブルが発生したりするがゲーム内だからそんな面倒なことにはならなくていいよね。
料理が完成した時点でそういうアイテムとなってボックス内に入る。ゲームってその点ではすごくいいよね。リアルでは面倒な下処理やら片付けやら……楽しかったことと同じくらいか、もっと長時間拘束される時間が発生するけども、ゲームの中で体験する場合は楽しい部分だけを体験できる。
リアルでタルト作ったりバーベキューしようとしたらいろいろ大変だもんな……妹達の美味しい! って顔を見るだけで癒されるけど、それはそれ、これはこれなんだよ。ま、うちの妹達はとってもいい子なんで片付けも手伝ってくれるんですけどね!!
スーちゃんと雑談しながらさらに焼き魚を量産していき、シズクが獲ってきた魚も残り少なくなってきた頃のことだった。
「なによこれ、安物のキャンプセットじゃない。信じられないわ。ロッジも用意していないだなんて」
ここでは聞かないはずの声がした。
「えっ!?」
声のしたほうを見れば、そこには大きな岩と、そこから歩いてこちらに向かってくる見覚えのある女性。ただ、顔と声で誰かは分かったが、一瞬私でも目を疑った。
その女性……あの豪華客船で悪役として登場したリンデルシアは、なんと以前の真っ赤なドレスとは違い、厚手の真っ赤なコートにもふもふの首巻きや耳当てをしているという完全冬スタイルだったのだ。
もちろん、そばに寄り添っている2号ちゃんももこもこの冬衣装スタイルである。お揃いっぽい首巻き、もといマフラーをしているのがあまりにも可愛らしい。
目を疑うというものだろう。
悪役であろうと、結構私の中での好感度は高いのだ。なんせ顔がいいもので。
「……推しの新規衣装実装か???」
「なに訳の分からないことを言っているの」
めっちゃ冷たい目をされた。我々の業界ではご褒美ですありがとうございます。
突然手を合わせて拝み出した私の頭に、アカツキの翼がハリセンよろしくスパァンッ! といい音を立ててぶち当てられた。
わたしは しょうきに もどった!!
くっ、煽り合いパートまでいけなかった……!悔しい!!
実際に悪役NPCがなんの予告もなく新規衣装で登場したら両手を上げて大喜びしてくるくるまわると思います。不意打ち気味に新規衣装で公式が殴ってくるとか絶対ご褒美。




