意志薄弱の火喰い鳥
「シャークくん、乗せてください。シズクはシャークくんと一緒に来て。アカツキとザクロは散開して!」
「クォォン!」
「シャッ!」
「カァ!」
「ぴるるぅ!」
素早く指示を出すと、海の中で響くような透明な鳴き声の返事が響き渡り、地面の中から浮き上がってきたシャークくんが私を背中で攫う。その次の瞬間。直前まで私がいた場所へとヒクイドリの踵落としが突き刺さった。
「殺意たっっっか!!!」
思わず丁寧語がぶっ飛んで叫んでしまったが、きっと仕方ないことだと思う。そうに違いない。
シャークくんの背中で待っていたシズクは、私の服をするすると登っていつもの定位置につき、次々とアクアブラストを利用し、後ろからダッタカダッタカと走って追ってくるヒクイドリの進路妨害をしている。
小さな口に集まる水の塊と、それが撃ち出される瞬間きゅっと細くなるシズクの瞳。そんな横顔に惚れ惚れしそうだ。
本来の反動の大きさとか、そういうのは考えてはいけない。ちょっとだけシズクの首が逸らされるような動きはあるが、あれだけの量の水を撃ち出していると考えるとありえないくらい反動を受け流す動きが小さいとか、それは全部ゲームだからで片付けられるからね。むしろ、少しでも反動を受けているっぽい仕草があることにこだわりを感じるくらい。
「ケェェェェェーーーーッ!」
翼を広げ、周囲に紫の炎を撒き散らしながら追ってくるヒクイドリは、こちらに近づくと大きく飛び上がって踵落としをおみまいしてくる。シズクの連発するアクアブラストも、華麗に横ステップを使って避けているので身軽な印象を受けるね。翼が大きくて足元まで覆うドレスのように見えるのがこの子の特徴だと思うけど、その翼を派手に翻して舞っているのでドレスをたくし上げて戦うお嬢様か、はたまたお嬢様に扮したアサシンかって振る舞いを思わせるのが素敵だ。
さて、最初の挑戦は、いつもならモーションの観察が主な目的なんだけど……今回もなんとなく攻略法が思い浮かんでいるので、それを試してみるところまではいきたいね。
「……そろそろ動きますか」
ぐるぐると篝火台の外で円を描いて泳いでいるシャークくんは、ときおり泳ぐ速度を緩やかにしてわざとヒクイドリに近づかせ、踵落としモーションを誘発させるなどのことをしてくれている。
それ以外の主な攻撃方法はやはり火炎を吐くことと、翼についた長く鋭いかぎ爪による攻撃、そして蹴り技の三つだ。他にもいろいろ細かい動きはあるが、メインの動きはそれくらいと言えるだろう。
聖獣や神獣は意志がはっきりしているので、AIの独自思考による複雑な動きが可能だが、魔獣は常に怒り状態のようなものなので、モーションがそこそこ単純だ。恐らく、普通のゲームのように戦うだけならば『狩り』という点で簡単なほうに分類されるだろう。なるほど、初心者エリアにいるボスなだけあり、ヒクイドリは初心者向けの魔獣と言えるモーションの少なさだ。
翼を使って飛んで回り込むことすらせず、ひたすら追ってくるあたりミズチよりも意識が濁っているかもしれない。もしかしたら、ニワトリのようにほとんど飛べない翼なのかもしれないが……。
そう、狩るだけならきっと簡単な魔獣。
けれど、これは神獣郷である。
「絶対篝火台に火をつけるやつですよこれ!!!」
コメントでもきっと「せやな」って流れてるはず!!
つまり、私がシャークくんで逃げ回りながら同時に篝火台に火をつけていくでFAってことですよ!!
「アカツキ、ザクロ、ひとまずヒクイドリに晴れ技撃ってみてください!」
「ぴゅるるぅ〜」
はい、お返事をしてから炎を吐くザクロとは違って、ノータイムで晴れ技叩き込むアカツキくんという絵面が撮れました!! アカツキくんはクールに仕事を遂行するぜ!!
「クルルォルァ!」
スキルで攻撃しとけばとりあえず動きが止まって隙もできるだろうと思っていたのは誰だよ。私だよ。
ひと声鳴いたヒクイドリは、放たれた炎に惹かれるように顔を向け、そのまま長い長い舌で炎を絡め取ってペロリと食べてしまった。
クチバシの開閉でしかないのに、どこかその表情は恍惚とにやけているようにも見える。笑っている。どこか怖気が背中を這い上がっていくような顔で。
ぞくぞくとしてしまうのは、ヒクイドリの影をより濃くする、周囲にある紫の炎のせいだろうか。心なしか、アカツキ達から浴びせられ、そして舐めとった炎の分、トサカのような炎の部分がさっきよりも燃え盛っているような気がする。
「いや、確実に増えてますねこれ」
トサカの炎に一瞬赤が混じる。そう、それこそ食べた分だけ。
しかし、それはやがて紫色に変わっていった。
「こっちの晴れ技は無効……と。しかし、混ざっても紫色に塗り替えられてしまうんですね。通常のヒクイドリは炎が赤だった気がするんですけど……こっちの火を使えば結果は違うんでしょうか」
プレイヤーが使う晴れスキルが無効なら、じゃあ同じ炎なら太陽スキルは? とか、キーアイテムっぽい松明の赤い火は? とか、いろいろと気になるところは多いね。
ヒクイドリ。
本来の意味は火喰い鳥だったか。
まさに、この子にとって炎は美味しいご飯。
今更ながら、アカツキとザクロの炎コンビで連れてきたことをちょっとだけ後悔している。
「シズク、シャークくん、君達の頑張りも大事です。いろいろと検証しながら攻略していきましょう」
まずはアカツキ達に太陽属性の炎はどうか試してもらおうかな。
意志薄弱の火喰い鳥。火を喰らう特性もあるし、食べた火がヒクイドリの体に纏った炎に混じって影響があることを考えると、きっとギミックはその辺を利用したなにかだろう。
……それは多分。
「アカツキ! 太陽属性の技当ててみてください! シズクは足止め! その間に一個目の篝火をつけます!」
プレイヤーが全員、太陽属性を使える聖獣を連れているとは限らない。
ゲームギミックはみんなが解けるようになっていて然るべきだ。
なら、優先するのは、やっぱり篝火台だろう。




