いつか完成する神前舞踊
本当にいろんな人がいるんだなあ、と勉強になった。
広場の真ん中で「擬人化進化しないなんてあんまりだぁぁぁぁ!」とうるさ、いや、泣き喚く人がパートナーなのだろう小さな猿にライダーキックを喰らわされていたり。
麒麟モチーフの着物で帯刀しているサムライ系女子が傍に猪を連れていたり。
背筋のピンと伸びたお嬢様のそばにタツノオトシゴがふわふわ浮いていたり。
ヒツジだけが歩いていると思ったらその上に幼い子が寝ていたり。
虎を連れたおっきな、けれど優男風の人がいたり……。
軽薄そうな男の子に猿。理想。
サムライ女子に猪。実直。
お嬢様に龍。誇り。
幼子にヒツジ。友愛。
優男に虎。秩序。
本当に様々だった。その組み合わせを見ればなんとなく、その人がどんな人物かが分かるようだ。もちろん、そばにいるのが初期聖獣だけでない場合もあるので言い切れはしないけれど。
「寝る前に少し運動してから帰りましょう」
「クックー」
攻撃系の霊術スキルは扱えない。それを念頭に置きながら道中に舞のスキルを探してピックアップしていく。
やはり自分自身は戦えないが、本来は逃げ回るためのスキル構成なのだから変える必要はない。そこはアイデンティティなのだし。
私は舞姫だ。舞姫なんだってば!
最近エレヤンエレヤンと言われてばかりでアイデンティティを見失いそうになる。それがアイデンティティだなんて絶対に認めたくない。ちょっとおいしいあだ名だな、なんて合理的に思うことはあるけど。
「さて」
ドラゴン型のピニャータを前に扇子を構える。
腰に差した扇は二つ。途中、真っ白で雪のように美しいこれを見かけたのだ。どうやら攻撃をするためのものではないらしく、バフの効果を上げるタイプのアクセサリーであるらしい。
アクセサリーだとしても舞いをしてはいけないと定められたわけじゃない。
双扇ってやつには、ほんの少しだけ憧れがあったんだ。
緋色と雪白の扇を構えて優雅に舞う。
スキル名を呟きながら踏み出すと、打ち合わせ通り目の前に氷の道が現れる。一本歯の下駄がちょうどよく氷に噛み合って滑り出す。緋色と雪白に淡く光る手元に、私のために道を作ってから走り出した純白の狼。
影ができて空を見上げれば、頭上に美しい火の鳥に似た鴉が羽ばたいていた。降ってくる緋色の羽根が燃え上がり、空に浮かぶドラゴンへと襲いかかる。
シズクは大きくならず、首に巻かれたまま水を連射していく。その水球はドラゴンの元へと届く前にオボロの吐息で氷の塊となって襲いかかった。
ドラゴン型ピニャータのウロコのようなものが散る。
大丈夫、あれはただのアイテムボックス。ただのアイテムボックス……。
だからこそ、練習台にはちょうどいい。
たとえばそう、詠唱代わりのオリジナルな技名とか。
「しゅるる」
幽雅に氷を滑ってドラゴンの元へ。シズクが一声鳴き声をあげればスキル『神風』が吹いて飛び上がった私の背中を押すように、追い風となった。
振りかぶる。
「神前舞踊『青嵐』」
そして氷をがりがりと滑ったあとの、心なしか鋭くなったような気がする一本歯の下駄でかかと落としをお見舞いするのだった。
がくんとドラゴンの体にヒビが入り、それを足蹴にして後方へ跳ぶ。その瞬間、ドラゴンへのとどめに雷が落ちる。
どおん、と大きく地面が抉れてリザルト画面。
小さくガッツポーズしたらシズクに頬をぺしぺしと叩かれた。
一瞬ひやっとしたが大丈夫、大丈夫だ。ドヤ顔をしてこちらに歩み寄ってくるジンの下顎に触れると、気持ちが良さそうに「ぐるるぅ」と喉を鳴らした。
扇子が武器じゃないのかよ! とか、言ってはいけない。だってあれだけだと威力が乗らないんだもの。なんせ器用値極振りですよ?
普通に武器で叩いたところでダメージなんて期待できない。それならば勢いに乗せながら回転やらスキルの利用やらで威力の合計を加算していくしかない。
バフは使えるけど攻撃系の霊術は使えないし、結局自分で舞姫として戦うためには手を出すより足を出すほうが楽で威力があった。そう、攻撃系霊術を使えないだけで物理なら問題ない。それだけだ。でも私はヤンキーではない。決して。
ちなみにさっきのは別にスキルではない。通常攻撃だけど、はっきりとしたモーションさえ確立すればスキルに昇華されることもあるのだという。だからこうして舞の種類を増やそうと努力しているわけだ。
だってほら、オリジナルの技とか自分がきっかけでゲームに実装されたら嬉しいじゃん?
「いつか、アカツキ達が神獣になったら、神前舞踊として納めたいところです」
密かな目標を呟いて、少しだけ運動した私達は宿屋へと帰る。
この光景が録画されていただなんて、このときは知らなかった――。
◇
「あ、うん。これ盗撮だな? ケイカになんて言おう。というか、ケイカも僕のこと言えないくらい、充分厨二病じゃないか。その方面から、からかってやろっと」
ギギッと彼、遊馬の座る椅子が軋む。
彼が見ていたのはケイカが新技を作ろうと奮闘している場面だった。
ぱちり、ぱちり。まばたきが数回。一見椅子に座ったままダラダラしているようだが、その実彼の目の前にはインターネットの世界が広がっている。
「メッセージ飛ばすか」
瞬きをして、コンタクト型ディスプレイのタブを切り替える。視線の先を認識して動くものだ。現代では少しお高いが、重いスマホを持たずにネットを覗ける優れものである。もちろん試験のときなどは電波を阻害する機械が作動するのでカンニングなどはできないようになっている。
「神前舞踊……カッコいい」
呟いて、報告する前に保存した。
動画がいつのまにか撮られて出回ったということを知ったケイカは、「もういっそ殺して」とでも言いそうな温度をなくした目と声色で、弱々しく「そうですか」と諦念を口にしていた。
平和だけど格好いいのもやりたい、という気持ちが。
ここから、表紙の通りに扇子が二つになります。




