子供の心を掴むならやっぱりこれ
スリャーシャちゃん(仮)が向かったであろう街の外に出ると、そこにはグレイウルフの群れに取り囲まれた姿があった。
パートナーになったばかりの白いお猿さんが彼女の肩から降りて威嚇しているが、相手は多く多勢に無勢状態。これがガチ勢課金済みの大人ならば、チュートリアルなしでもなんとなく操作方法が分かったり、今までの経験による知見で乗り換えることもできるだろうが……先ほどの様子を見る限りでは彼女はそういう感じではないだろう。
見るからにゲーム慣れはしていなさそうだし、なんなら焦ってこのゲームを虚構現実だということすら忘れていそうな勢いだ。あんまり本物同然だと思い込み過ぎていてもよくないし、滅多なことではリアルのバイタルのほうに異常は出ないが、万が一ということもある。
小さな子供が、それも明らかに慣れてませんって子供がバーチャルゲームにいるというシチュエーション。
それは、よほど幼い子がバーチャルリアリティデビューをするときか、滅多にゲームで遊べないような立場の子、境遇の子が大人の善意で遊び場を提供されるときが大半だ。
後者の場合は、ほとんどリアル寄りのバーチャル空間とか、バーチャル内市場とか、広場とか、そっち方面で慣らしてからゲームなどを始める場合が多いと聞いたことがあるけれど……うん。それに限るわけじゃないからね。
それに、はじめたばかりの子供に『敵は倒す必要なんかない』と教えることのできるいい機会でもある。普通のゲームの定石で敵は倒すものだが、神獣郷オンラインは違う。
敵を生かすも殺すもプレイヤー次第。どちらのルートにも物語があり、プレイヤーの選択権が存在する。昔々、とっても大昔、この発想を使ったシステムのゲームが登場したときにはとても話題になったらしい。
敵を倒すことひとつにも意味が存在し、ゲームシステム自体が世界観の設定に組み込まれていることもある。私はそういうシステムのゲームが好きだ。ただのメタではなく、ご都合も全て織り込み済みのシステムに組み込んだ凝ったゲームが好きだ。
だから、ほとんどはじめてゲームに触れるだろう子供に布教するチャンスでは? と自分の中の厄介なオタク心に従って、とにかくカッコよくて子供心をがっちりキャッチできちゃいそうな登場シーンを計算する。
まあ、いつも通りにするだけなんだけど。
なんせ私、神獣郷の素敵な舞姫ですから。エレガントに幼な子を助けて、一度くらいは純粋な尊敬の目とか見てみたいよね!!
……打算と欲まみれな気がするけど、口に出してなければセーフなので!!
「オボロ、シズク、行きますよ。子供が喜ぶ登場シーンって言ったら……やっぱり、ピンチに駆けつけるヒーローですよね。いつも通り、水と氷のイリュージョンでグレイウルフの全浄化です」
ついでに登場シーン盛っちゃいたいので神獣纏までやります!!
翼持った人が華麗に助けてから跪いて、「助けにきましたよ勇者様」ってやったら最の高では? くっ、私の厨二心が疼きます!! ユウマ!! 今だけ君の発想力を貸してくれ!!
「アカツキもよろしくおねがいしますね〜」
「くぁ」
ジリジリ、ジリジリと群れに囲いを狭められていき、怯える子供の姿を遠くから眺めながら準備を進める。え、外道? 配信外なので!! 最低だね!!
「我が友、暁光より来たる使者。我の翼となり、共に空を舞い踊れ! アカツキ、『神獣纏 暁光の翼』!」
自己ツッコミをしつつ、詠唱付きで神獣纏を行った。
背中に羽根先が緋色の翼が生えて、アカツキが私の近くに炎を纏って浮遊する。それからカツカツと一本歯の下駄で地面を叩き、気合いを入れた。
地面には私と同じく気合いを入れたジンが、紫電を足先に纏って走る準備をしている。
敏捷アップの自己バフをかけて、翼の推進力も得た。あとは道を作るだけ。
「シズク、オボロ! いつものようにゴー!」
「シャア!」
「くぁん!」
シズクを背中に乗せたオボロが走り出す。
グレイウルフが子供に飛びかかろうとしたとき、その中心を横切るようにして青と白が通過していった。
水のうねりが地面を走り、その端から凍ってスケートリンクの道ができていく。ついでのように足元を凍らされたグレイウルフ達が焦りの吠え声をあげた。
私は氷上を下駄と翼の推進力を利用して滑り、並走するジンが痺れさせていったグレイウルフ達を扇子でひと撫でして陥落させていく。
くるくると複雑な氷の道を通り、いつも通り舞うような浄化作業。
全てのグレイウルフが正気に戻ってその場にストンとお座りをして頭を下げた頃、のっしのっしと大きなオボロが彼らの前に歩み寄る。
平伏したウルフ達を横目に、私は仕上げとばかりに「よかった、正気に戻ったみたい」とアニメのヒロインばりの言葉をこぼし、それからびっくりしている子供とお猿さんの前に跪いた。着物なので少々やりづらいが、できないこともない。
格好つけて胸の前に手を当てて、扇子を自分の前に閉じて置く。敵意はないよのポーズだが、どこまでスリャーシャちゃん(仮)が意味を知っているかは分からない。知っていようが、いまいが、私がやりたいだけである。オタク、こういうところにこだわりがち。
「お怪我はありませんか、小さな勇者様?」
にっこりと安心させるように微笑んで首を傾げてみせる。
親が課金しているなら、スリャーシャちゃん(仮)がそもそもスリャーシャちゃんのことを知っているかも怪しいが、こう言っておいて損はないだろう。
「あ、あの……」
「はい」
おずおずと言葉をこぼす彼女に笑顔を崩さずにお返事すると、彼女はそっと自分の前にいた子猿を抱き上げてこちらに歩み寄る。ぎゅむっと抱きしめられた白い子猿が彼女を心配そうに見上げていたけれど、彼女は「だいじょぶだよ、ビィナ」と声をかけた。
び、ビィナとな!? スリャーシャちゃんの相棒の妖精の名前じゃないですかキタコレ。これは知ってるパターンですよ!! テンション上がってきましたね!!
内心大暴れしつつ、彼女の邪魔をしてしまわないようにひとまず言いかけたことを言えるように黙っていると、そっと手を差し出してきた。おっ、握手かな?
「助けてくれて、ありがとう。あ、あのね、そのね……えっと、そ、その後ろのはね、触ってもいい?」
「どうぞ、勇者様に触れていただけるなんて光栄ですね!」
さてはこの子も同志だな???
私には分かる!! だって瞳がキラキラ輝いているもの!! 絶対これはもふもふ好き。もふもふ好きに悪いやつはいない!!
どうやら最初の掴みは大成功したようだ。
神獣纏の時間切れギリギリまで私の翼をもふらせてあげて、それから私達は自己紹介タイムに入ったのだった。
ユウマ「ゲーム内でもノリノリでそれをやれるのはわりと重症だと思うんだよね」
オフレコでよかったね!!




