注目の初心者プレイヤー!
――???
「ママ、ありがとう」
「あなたが喜んでくれるなら、それでいいのよ。ゲームしてるときに検査の時間だっていうメッセージが出たら、ちゃんとログアウトしてくること。操作は覚えられた? いいわね?」
「うん!」
「バイタルに乱れが出るようなら即刻呼び戻すからね、あんまりいっぱい興奮しちゃダメよ」
「が、がんばる!」
「お名前は自分で決めたさっきのやつで、アバターはお母さんと決めたのと同じようにすること」
「うん! 分かってる! あの……ペンちゃんは連れて行けないんだよね?」
「ペンギンさんはゲームの中で、自分で見つけるしかないねぇ。それも含めて頑張ってみるのよ」
「はーい! あたし、がんばる!」
「うん、それじゃあ、いってらっしゃい」
「行ってきます、ママ!」
◇◆◇
「さて、イベントも終わってコンテストの結果発表も終わったし……やることが一気になくなるとそれはそれで困るんだよねぇ〜」
すっかりハロウィンの飾りも片づけられ、いつもの街の風景になったアルカンシエル。その様子を散歩しながら眺めていた私は、足元に視線を移す。
「あうん?」
「なぉ〜ん」
ぽてぽて、ちゃっちゃっと可愛らしい足音をたてて歩くオボロと、足音もなく尻尾をピンと立てて歩くジン。二匹のお耳が周囲の喧騒に反応してぴるぴる動く。
「カァ?」
肩に乗ったアカツキが私の頬にクチバシをすり寄せ、目を細める。まるで「ようやく落ち着いていいじゃないか」と言っているような様子に、いやいや君もハロウィンで見事にはしゃいでたでしょと笑った。
首に巻きついた状態のシズクも、すっかり元に戻った街並みを眺めている。オレンジと黒、そして紫で占められた街の飾り付けも楽しかったが、やっぱりアルカンシエルはこうでなくっちゃね。まさに最初の街って感じの洋風な雰囲気がたまらない。
噴水広場の近くでは、たまに新しくこの世界にやってきた共存者の姿も見られる。小さな初期聖獣達を胸に抱いて意気揚々と最初の一歩を踏み出す初心者達の初々しさが、なんとも微笑ましい。
この平和なサーバーでは、偶然見かけた初心者が自分と同じ初期聖獣だった際に、目撃した先輩方がこっそり祝福しに行ったりもする。困っていたらメニューのチュートリアルの存在を教えてあげたりもするし、自分がいらない低ランクの回復アイテムを譲ってあげたりとか……いやあ、優しい世界になったもんだねぇ。
私のときはチュートリアルがメニューからできることなんて知らなかったから、全部自力であれこれやってみて手探り状態で始めたわけだけれど。いや本当に優しい世界になったな。発売から結構経った今では、ベテランになった皆さんが初心者の案内役を買って出ることがままあるのだ。
まあ、PKサーバーに行ったらその限りではないと思うが……あのサーバーはまず、初ログインをする初心者は振り分けられることがないから、PKの洗礼を受ける初心者はなかなかいないのでいいのだ。
始めたてでそんなサーバーに突撃して行く命知らずな初心者? そういう人は自己責任です。
「イベント終わりに始める人も当然いるよね。どうせならイベント中にやればいいのになあ……」
恐らく、ハロウィンの雰囲気を動画で楽しんだり、配信で味わったりした人が満を辞して始める場合もあるから、ここ数日はそういう人が多いのだろう。
噴水広場のベンチに座り、すぐ膝に飛び乗ってきたジンを彼専用のブラシで愛でながら初ログインポイントを眺めた。指の通りが良いジンの毛を全力で堪能し、「先を越された!?」と驚くオボロの顎をするりと撫でる。
隣に降りたアカツキがもちっと足を折りたたんで座り、ベンチ近くに噴水があるため、シズクをそちらにはなす。気持ちよく水浴びをし始めた彼女があまりにも絵になるので、私は思わずブラシをする手を止めて素早くシャッターをきった。
「おっ、また新しい人か……? え、え!? スリャーシャちゃんだ!?」
初ログインをしたらしい子供のアバターが、キョロキョロと辺りを見回して歩き出す。その姿は、有名冒険アニメの女主人公である。
黄色い髪をお団子にしていて、知的なダークブルーの瞳がぱちくりとまたたく。青色の宝石をはめた黄色いロッドを背負っており、その再現度が窺える。
冒険物であり、元気いっぱいで健気で、ちょびっと青春もある戦う女主人公ということで幅広い層に受けたキャラだ。しかも、あそこまで衣装やら髪型やらやってるってことは、確実に初っ端から課金済みだ。そうでもなければ初期のキャラクタークリエイトであそこまでできない。まさか、初ログインの時点でここまでやる気十分な姿が見られるとは……中身はガチ勢の大人だろうか。
思わず注目してしまっていたが、ハッと正気に戻ってジンのお手入れを再開する。
スリャーシャちゃん(仮)は肩に小柄で白いお猿さんを乗っけており、キャッキャと仲良さそうにお話しをしている。見た目が見た目だから癒しである。さっそくそんな彼女(?)の姿に気づいたらしい、他のプレイヤーが祝福をしに走った。
わりと多い人数が小さいアバターの周囲に集まって行ったが、あれは課金勢だなあ。気合いを入れたお仲間の出現に楽しくなって絡みに行ったのだろう。こういうゲームで初対面の人にすーぐ絡みに行けるというのは賞賛に値する。ああいう人達はオンライン向けだよね。陽の者って感じ。よくやるな〜。
「……あれ?」
しかし、どうしたのだろう。
大人のアバターの間から、スリャーシャちゃん(仮)がダッシュで逃げ出した。
ダッシュと言っても、走るのに慣れていないかのようなよろめいた動きに大人達が動揺する。
「もしや、本当に子供だったりする?」
親が課金してあげて最初からいいアバターを作ってあげていたというパターン……あり得る。
「くうん」
「オボロ?」
「きゅん」
私が視線をよそに向けていたせいか、オボロもそちらを見て……そして、私を見上げた。その顔にはどう見ても「心配してます」と書かれていた。
「でもなあ、さっきみたいにいきなり話しかけてもびっくりさせちゃうかもしれないしなあ……」
子供はすぐにどこかへと行ってしまった。
囲んでいた大人達はその場ですぐ解散している。それ以上追うつもりはないようだった。まあ、そうなるよね。
あ、でも。
「あー、さっき走って行ったの、街の外へ続く方向だった気が…………?」
「シャー!」
いつのまにか、水浴びから戻ってきたシズクが近くに寄っており、びしょびしょの状態で尻尾をビタンビタンを叩きつけながら私を見上げる。このお姉さんは乾かす時間も惜しいほど、先ほどの子供が気になるようだ。
「……ふむ」
オボロも、シズクもお姉さん勢である。
さっきの子が本当に中身も子供なら、大人っぽいこの子達が気にするというのも分かる。アカツキもしれっと肩に乗って移動する気満々だし、ジンは伸びをして私の膝から降りる。
……うーん、全員行く気ですね分かります。
「分かった、追いかけてみましょうか」
配信は今してないし、たまには初心者のために頑張る親切なお姉さんにでもなりますか。
ほら、さっき集まっていた人達は全員男性アバターだったし、それで逃げられていた可能性もある。
私が行ってみればまた違った結果になるかもしれない。人と関わること自体を苦手にして、避けているようなら、私も大人しく手をひけばいい話だし。
「いこっかオボロ〜」
「うぉん!」
うんうん。小さい初心者が相手とはいえ、向こうのほうが素早かったっぽいので、私が歩いて追いつくのは不可能である。向こうは課金しているから、若干初期ステータスも高いのだろう。
いやぁ、極振りしてると初心者より遅いときがあるんだよね。悲しいなあ。
なので、いつも通りオボロに頼るのだ。
「エレガントに初心者をエスコートするのもいいですよね。いっつもエレヤンエレヤン言われている私のイメージ回復にもなりますしおすし〜」
そうして、私はスリャーシャちゃん(仮)を追いかけて街を駆けるのだった。
>>こういうゲームで初対面の人にすーぐ絡みに行けるというのは賞賛に値する。ああいう人達はオンライン向けだよね。陽の者って感じ。よくやるな〜。
今日のおまいう会場はここです。
今回の章はほのぼの系……を予定。
ペンギン好きな子供。どっかで見かけましたね? たとえば、ハロウィンイベ始まってちょっとくらいのログアウト時とか。
・お知らせ
神獣郷の第二巻発売しております!!
表紙は広がると裏表紙と繋がった一枚絵となっておりますが、こちらの元絵となるものを漫画家の春千秋様がTwitterで載せております。ぜひ、そちらにも覗きに行ってみてくださいね!
https://twitter.com/haruaki_000/status/1515883284898623489?s=21&t=bUcgiX8gHkCdhMbMnMp6QA




