秘密の交渉?
テーブルにはドドンとおっきなリンゴのパイ。そして、向かい側にはちょっと気まずそうな顔をした、赤髪のタフィーアップルさん。
タフィーさんの名前から、ハチミツをふんだんに使ったアップルパイをものすごく安直に選んだわけだが……彼の視線はチラッ、チラッとパイに向けられては気まずげに逸らされを繰り返していることから、多分大正解だろうと推測できる。
こんなに気になってます! って態度で表しているのだから、このリンゴのパイは味のほうも気に入ってくれるだろう。見た目もちゃんと華やかにしてあるが、マニュアルモードでパイ作りをした際、唯一ランクSSで完成させたのがこれだ。オートなら材料さえ高級なものであれば高ランクをバンバン出し続けることができるが、マニュアルで最高ランクを出すとなると、かなり繊細な作業となるので意外とレアなのだ。
そんなレアな最高ランクのものを!! ご用意して!! 彼のリーダーには内緒で食べちゃうのだ!! なんという背徳感……。恐らく彼は承諾したはいいものの、己のリーダーになにも言わず、一番美味しいものを食べることに抵抗があるのだろう。
焦っているのがその証拠だ。
しかし目が泳いで食べたいと訴えかけてきているのも事実。
さっさと素直になっちゃいなよ〜と絡んで行きたいところだが、私は知っている。この手の控えめな性格の人は、あまり押せ押せになると一気に心の距離が離れて遠慮してしまうのだ。
へたしたらお互いに「どうぞどうぞ」「いや遠慮します」「いやいや」「いやいやいや」みたいなことになりかねないので、ここは慎重にいかないと。
だから言葉を選んで……。
「アートさん達にも、ちゃんといっぱいお菓子をご用意していますし……ほら、やっぱり『ケルベロス』に対するお願いや交渉は全員揃ってからやりたいですから。お二人が目覚めるまで私達はちゃんと待ちますよ」
「やっぱり頭領がいないと嫌か……そうだよな。俺一匹に話を聞かせたり、交渉するのは無意味だし」
あっれー???
なんか不穏な方向に……っていうか、すごくネガティブ!!
思っていたよりもずっとネガりが強かったので一瞬硬直してしまったが、すぐに気を取り直して言葉を探す。
前言撤回。こういう人はあれだね、この人自身に話の主導権を渡しちゃダメだと見た。多少強引でも話を押し進めないと、いつまで経っても気まずい雰囲気が続きそう。こちらのペースを保って巻き込んでしまう方向に向かわないと、ちょっとやりづらいタイプだろう。
いやーーーーー、神獣郷のNPCは実に面倒くさ可愛いね!!!
リアルの対人ではないからどんなシミュレートでもし放題だ。多少失敗したところで、ゲームシステムとして好感度の増減は必ず発生するので、現実のように拗れまくって詰むことはないはず。
視線でオボロにゴーサインを出して、彼の元へ潜り込ませる。
「いやいや〜、だってアートさん。自分がいないときに大事な話をしていたら拗ねちゃいそうじゃないですか! あっ、でもそんなアートさんも見てみたいかも……? ちょっとおもしろそうですし、タフィーさん。先に相談乗っていただけますか?」
「あー、まあ……うん、頭領は拗ねるな。えっと、キミが話してもいいと思ったなら……俺でよければ先に聞くけど」
許可を取る前にテーブルの上へ問答無用でティーセットを出し、さらに準備を進める。ケーキやらタルトやらパイやら、とにかくハチミツを使いまくったお菓子の数々を我が家でやるのと同じように、遠慮なく用意していくのだ。
事前に特別なパイだとかなんとか言ってリンゴのパイを出していたが、それだけでは押し切れなさそうなので、いっそのこと全部出しちゃおう作戦だ。
人様の家でいっそ図々しいほどの態度だと思うが、こうでもしなければお話は進まない。
彼の座っているところへは派遣されたオボロが擦り寄り、膝に鼻をごっつんこしている。そんなオボロを優しい目で見たタフィーさんは、彼女を優しく撫でた。
彼の頭に犬耳はないが、ケルベロスの首が一匹擬態している存在だからか、オボロの気持ちいいところを的確に撫でることができているらしい。オボロは五分もすれば彼の撫でテクニックに骨抜きにされ、床で寝っ転がってしまった。
お腹の上にオバケのようにおててを寄せたオボロが、ヒュンヒュン言いながら撫で撫でを待っている。十分くらいもすれば、彼が手を差し伸べようとするだけで尻尾だけがブォンブォンと勢いよく振られるようになった。扇風機もかくやといった様子で尻尾が高速回転している姿は、わりとシュールである。
「これを食え……」
「わわっ、分かった。押し付けないで!? むぐうっ」
そして、レキはお爺ちゃんスイッチが入ったらしく、ツタを器用に操り切り取ったパイを彼の口元に運び、雛鳥よろしくぐいぐいと食べさせようとしていた。いや、食べさせた。小さく「なにこれウマ」というタフィーさんの声が聞こえて、密かにガッツポーズを決める。
彼らに提供するべきご馳走だが、ザクロちゃんはすでに思いっきり手をつけてパイを食べ進めていたりするのでもはやなにがなんだか……一番冷静なのはアカツキと、ついでにアインさんだけだと思う。
アインさんはアインさんで、なんとなく今の状況を楽しんでいるように見える。まあ、楽しいならそれはそれでいいのではないだろうか……?
「今日来た要件なんですが……ハロウィンの悪魔を全て捕まえた報告もそうなんですけど、私からのお願いというか相談というのは、アインさんを君達のように助っ人登録できないかな〜? ってことですね」
「うん? なんだそんなこと。多分許可は出せると思う。ただ、あの世での書類申請とか色々と面倒だからな……対価はもらうと思う。それも、このお菓子の腕があればすぐ終わるはず」
「そうですかー、やっぱりそう簡単には……えっ!?」
テンプレみたいな反応をしてしまった。
結構あっさりと許可された要件に驚いていると、彼はリンゴのパイの最後の一切れを食べながらニヤリと笑う。
「そうだなあ……特別な一品にリンゴパイがあったことは、お互いの秘密にしないか? それを対価にしてくれるなら、頭領達が頷かなくても、俺が許可をもらってきてあげる。書類とかめんどーだけど」
「神様仏様ケルベロス様ですね!?」
話しながらしばらくして落ち着いたからか、ちょっと話しやすくなったかも。
「分かりました。このメンバーでの秘密……ですね?」
「うん」
今度は自分の手でパクパクと遠慮なくお菓子を平らげていくタフィーさんに苦笑する。調子いいなあ……ま、でもアートさんよりは交渉の対価をふっかけてこなさそうって印象は正解だったみたいだし、上手く話が進んでよかった。
変な試練とかないって……最高!
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