推しの寝起きは滋養に良いですから
「ワープポイントをそのままにしていて良かったですね〜」
ま、外すつもりもないけれど。なんせ百周してようやく辿り着けたケルベロスさん達の住処なのだ。外す理由がない。
周囲は夜。紫色のトリカブトの花畑が眼前に広がる異空間。ケルベロス達の住んでいる家はいつでも夜なので、先ほどまでがどれだけ明るいところにいたとしてもいきなり暗くなる……はずなのだが。
「ここもハロウィン仕様とは……驚きましたね」
そう、なんとケルベロスさん達のいる空間も、前までとは様相が違ったのだ。
トリカブトの花畑があることは変わらない。しかし、その随所にハロウィン特有のカボチャの飾りが設置されており、紫色の炎がゆらりゆらりと周囲に浮遊している。
ときおり、紫色の炎でできたオオカミが花畑の中を駆けては宙に弾けて消える演出まであるくらいだ。どうやらこの演出はループ設定でもされているのか、定期的に現れては消えるようになっているみたい。
暗い夜空の下、紫色の花畑に紫色の炎とは……これまた幻想的で素敵な光景だ。思わずスクショを撮って保存する。パソコンの壁紙に設定したい……。
っていうか、ここにケルベロスさんを立たせて写真撮りたい……絶対映えるでしょあの人達。
「……あとでお願いしてみましょう」
「どうしたの? 行くよ、ケイカちゃん」
「あっ、はい」
アインさんと連れ立って歩く。
前回ケルベロスさん達を助っ人登録したときと同じく、もし条件に演奏対決が指定されても対応できるようにザクロとアカツキは連れてきている。それから、オオカミ繋がりでオボロと、食べ物がこれじゃあ足りないと言われたとき手伝ってもらうためにレキの合計四匹である。
アインさんはレキとおててを繋いでもらっているので、ひとまず迷子関係云々は大丈夫のはず。っていうかここは一本道だし、左右にある花畑にさえ踏み入らなければなにも問題はな……。
「あっ、見て見てケイカちゃん! 蝶々の形をした炎だよ!! すごいね、どんな術を使ってるんだろう? 近くで見てみてもいい?」
「ダメです」
蝶々についていきそうになるなんてこと普通ある!?
確かにさ、炎が蝶々の形をして飛んでるってのはかなり幻想的で美しい光景だとは思うよ? でもそれにつられて一本道から花畑に踏み込もうとするとか普通ありえないと思うんですよ!!
あなた成人男性だよね!? そんなキャラ貫いてると、いつか絶対ファンに幼女って言われるようになるぞ!?
まったく危機感を持て??? 大人のオタクのお姉様がたはね、どれだけ筋骨隆々のたくましい男キャラだろうと、性格が可愛ければ秒で幼女と呼ぶ生き物なんだよ。あなたは絶対それに当てはまっている。私が断言する。いやでもそう思うともうすでに手遅れでは???
アインさんは幼女。以上証明終了。
きっと彼は、まとめサイトで原初の幼女と呼ばれることになるのだろう……運命はとてもではないが覆せない。悲しいね。
「アイン……まっすぐ行くのだ……仕置きをされたいのか……?」
「っ!? レキくん! 行動してから言うことじゃないと思うんだ!」
彼に対して鬱憤でも溜まっていたのか、レキが言いながら彼の手をツタでガッチリと固定し、そのお尻を別のツタで叩いた。すごくいい音がしました。短い息の抜けるような悲鳴はバッチリと聞けましたとも。私はとっても良い子なので、嗜虐心的なあれに目覚めないように耳を塞いだ。
そんなこんなでハロウィン仕様になった番犬の庭を抜け、ケルベロス達の家を訪ねる。ノックをすれば、出てきたのはいつもの紫色の髪ではなく……。
「ひぇっ、あ、えーっと、なにか……用……なのか……?」
赤い髪のケルベロスさんだった。えーっと、確か名前はタフィーアップル……だっけ。タフィーくん。前に来たときはよく寝ている姿を見かけた子だ。
扉を小さく開けて、こちらを視認した彼はびっくりしたように声を震わせて用件の確認をしてくる。あれ、意外と人見知りだったりする? 前も確か、連日知らない人ばかりが訪ねてきて辛いみたいなニュアンスのセリフを言っていたし。
「ええと、タフィーさんですよね? あの、ハロウィンの悪魔を全部捕まえたんですが……ケルベロス……アートさんはいらっしゃいますか? アインさんのことでちょっと相談があるんです」
「あ、ああ……キミか」
タフィーさんが私の背後に視線を移し、アインさんに気がついて言葉をもらす。
わーい、ちょうちょ〜しそうになるアインさんは、レキにぐるぐる巻きにされていた。もはやいつもの光景と化してしまっているので私には違和感が皆無なのだが、やはり初見だとギョッとするのだろう。タフィーさんはやや引いたように口元をひくつかせて私を見た。そして扉をそっ閉じしそうになり、それを自分で止めてから、ちょっと躊躇ったように扉を開いた。頭の中でいろんな葛藤があったんだなっていうのはさすがに察せる。なんかごめん。
「頭領とベルは……今寝てるよ。それでもよければ、入ってくれ。起きるまで……待ってやってほしい。あっ、俺じゃ話にならないってんならごめん。起きてたのが俺でごめん……」
躊躇いつつも説明してくれる彼に頷き、「もちろん、待ちますよ」と元気よく返事をした。
いやしかし、この人前はそんなに喋らなかったから印象は「いつも寝てるな〜」くらいしかなかったけど、さては君も大人のお姉様方によしよし愛でられるタイプだな??? 卑屈気味で自信がない子ってよしよししてあげたくなるよね。
「じゃ、中……入って。そっとね。ハロウィンで浮かれた幽霊達の対応で頭領は特に疲れてるから……」
「ってか、つまりそれってアートさん達の寝顔が見られるということでは? 推しの寝顔は滋養に良いですから、いっぱい摂取したいところですね」
分かりました。起こさないようにそーっとですね。多分イベントが終わる前にはちゃんと起きてくれるだろう。もしくは、アインさんが来たら自動的にイベントが始まったりするだろうか? そういう仕様だったらいいのだが。
「ケイカちゃん、多分それ本音と建前が逆だよね?」
「あっ」
扉を開けてあらわになったタフィーさんが、「うわ」みたいな顔をしてこちらを見ていた。視線が素早く逸されてしばし気まずい雰囲気が漂う。
「えーーーっと、ハロウィンのお仕事、お疲れ様です」
「あ、どうも……でも、俺はなんの役にも立ってないから、それは頭領とベルに言ってやってよ。俺なんかじゃなくて」
見かねたのか、オボロがするりと彼の足元に移動して尾を絡ませた。小さく「ひっ」という悲鳴が聞こえたが、オボロをどけようとはしないあたり、いい人だ。
こういう扱いが難しそうな人相手には……。
「タフィーさん、皆さんへのお土産にたくさんハチミツを使ったお菓子を持ってきたんです。ひとつしかない、特別なパイ……食べたくありません?」
「……た、食べる」
よっし、釣れた!
「だそうですよアインさん。アートさん達が起きるまで、一緒に楽しみましょうね」
「ケイカちゃんって、本当にこういうの上手いよね……」
「それほどでも〜」
パアと顔を輝かせたタフィーさん……タフィーくんの心を少しずつほぐしていくのも楽しそうだ。交渉を有利に進めるためにも、ここで美味しいものを振る舞って懐柔しておくにこしたことはないだろう。
あとでアートさんにお菓子を食べてもらえず、用件のほうを突っぱねられたとしても、タフィーくんがすでに交渉用のお菓子を食べたという事実を出せば脅……説得が上手くいくかもしれない。
広い家の中へ案内してくれる赤い髪のケルベロスを見つめながら、私は悪い笑みを浮かべた。
絶対にアインさんの助っ人登録を通すという意思。貫くぞ!




