冥界からの客人を『友達』にする方法
「なんか、ハチミツを使った料理が多くないかい?」
「そうですか?」
私は曖昧な笑みを浮かべつつ、アインさんからの質問を流した。
最後だからとニワトリの被り物を取っている彼は、いろんなお菓子をつまみながら堪能している。最後までパーティを楽しんでもらえてなによりである。
「にしても、まさか皆さんが来られるとは」
手にしたグラスを揺らしつつ、私は緋羽屋敷の庭を見渡す。
急遽開いたアインさんお別れ会だったのだが、念のためド外道三人衆に連絡をとってみたところ、その全員が参加するという意外な事態となっていた。
イベント最終日だからこそ、ログインしていたらしい。
ルナテミスさんはまだ忙しそうだが、夜間の少しの間だけ参加できるということでその時間に合わせ、少し前の時間からパーティを開催している。
故に、今この場にはいつものメンバーが全員集まっていた。
それぞれすでに乾杯を済ませて料理を堪能している真っ最中である。確かに、アインさんの言う通りハチミツを使った料理が多いが……それはちょっとした仕様なのでツッこまれても困るところだ。
パートナー達もそれぞれ一匹ずつ連れて来ているためか、結構なスピードで私の作ったお菓子達が消えていくが、それは静観しておく。
実はまだホールで作ったハチミツパイが三皿分くらい残っているが、それは後のお楽しみですしおすし。出すわけにはいかない。
「僕、こんなに楽しい日々はすっごく久しぶりだったよ。いや、もしかしたら生前よりも楽しかったかも?」
「冥界ジョークかなにかですか?」
「いや、わりと本気!」
語尾に草が生えてそうな感じで、ふふっと笑いながらアインさんが言う。そっかー、つまり生前はそれだけアウェイだったってこと……うん、聖獣達が虐げられていた時代の話だ。闇が深そうだから、あんまり深く聞かないほうがいいかもしれない。話を逸らそう。
「ショッピングもすっかり慣れてましたよね」
「君達のおかげかな? レキくん以外、金銭感覚は信用できないけど」
「アッハイ」
足元でレキがため息を吐いた。ゴメンナサイ。
そう、アカツキ達も結局自分の食べたいものとかがあった場合、あまり深く考えずに突っ走ることがあるために金銭感覚はバグっている。私をたしなめたりするくせにそんなんだから、全員が暴走するとレキがいない限りおめめグルグルさせながら散財することになるのだ。
さて、現在リアルでは夜。神獣郷でも正真正銘イベント最後の日の朝となっている。リアルでの昼間、神獣郷での最後の四日間のうち二日分くらいはアインさんとお土産を選んだりいろいろとしていた。
……が、今更なのだが、果たしてお土産を冥界に持ち帰ることができるのかというわずかな疑問が脳裏をよぎっている。まあ、本人が楽しそうに選んでいたし、大丈夫だろうとは思うけど。
ちなみにお土産選びのとき、彼はホウオウグッズをめちゃくちゃ買っていた。推しへの課金ですね分かります。自分のパートナーは世界一の推しだもの。そりゃそうなる。
それから、私からのプレゼントはイベント中の写真を全てアルバムに綴じたものだ。同じものを二冊製作し、自分用とアインさん用に分けてある。さらに、アインさんの分にはラストの白紙のページに、パートナー達みんなで寄せ書きをしてある。
寄せ書きと言っても、ペンを持って書けるのは私やレキだけなので、みんなの足や爪、尻尾に色をつけてペタペタし、その横に書ける子が名前を代わりに書くって感じにしてある。これはこれで味があるだろう。
「んー、美味しい」
グラスを傾けてノンアルコールのハチミツ酒を楽しみつつ、壁の花となる。
すっかりとアインさんに懐いたうちの子達が、お別れを惜しんで彼の周囲を固めてわちゃわちゃしている姿が尊い。嫉妬? そんなのするわけないじゃないですか、最終的にうちの子達はちゃんと私の元に戻ってくるからね。むしろそこは私が疑っちゃダメでしょ。
「君のところさ、毎回お菓子パーティしてるけど大丈夫なの? 甘いものばっかりだし……わりと陽の気が強いよね」
いつのまにか隣にやってきたユウマがつぶやいた。
そういう我が幼馴染も皿にタルトやらパンケーキやら乗せて普通に楽しんでいるので、ちゃっかりしていると思う。
「そう言う君は、陰の厨二病なのに普通に馴染んでて相当図太いなと思うわけですが」
「変に騒ぎ立てられないし、知らない人がいっぱいいるわけではないからまあ……」
「知らない人しかいないアリ鯖でヒャッハーしてるくせになに言ってるんですか……」
「それはそれ、これはこれ。ストレス発散には知り合いがいないほうがいいよ」
「そ、そう」
わりとドン引いたが、気持ちは分からないでもない。
「にしても君、いやに潔いんじゃない? 仲良くしてたみたいだから、もっと駄々こねるかと思ってたんだけど」
「私、そんなことするキャラに見えます……?」
「うん」
「ええ……」
「私も思っていました。結構気に入っているようでしたし、イベント復刻を待つにしても寂しいのではないかと。ケイカさん、本当にこのままお別れするんですか……?」
「ストッキンさんまで〜」
ザクロにぎゅっとされているアインさんを眺めていたら、ストッキンさんが会話に参加してきた。私……みんなにどう思われてるんだよ。
「ミーももうちょい見てたい気はするけどにゃあ」
「ルナテミスさんはまだログインしていて大丈夫な感じですか?」
「あとちょっとしたら抜けなきゃダメかな〜」
「なるほど、分かりました」
見事に全員にそう思われていることが発覚して草生えるんだけど。
まあいいや、事実ですし。
このお別れ会を終えた後、彼をケルベロスさんのおうちに行くときと同じように黒い海の門のところへ案内する予定だったのだが……もうそろそろいい時間だろう。
グラスのノンアルを飲み終えてテーブルにカツリと置き、羽織りを揺らしながらアインさんの前へ出る。
「アインさん、そろそろ」
「ああ、もうそんな時間かぁ……名残惜しいね」
へにょりと情けなく下がった眉が可愛らしい。私達共存者の大先輩のくせに、なんかやたらと子供っぽい仕草が似合う人だ。
こっちだって、名残惜しい。
当たり前だ。これだけ一緒に行動して遊び回ったのだから。迷子になる彼のせいでめちゃくちゃ苦労したぶん、印象がガッツリ残ってしまっている。一時のイベントキャラだったとしてお別れしても、絶対に記憶から消えることはないだろう。
「ええ、名残惜しいですね。でも、名残惜しいで終わらせるつもりはないんですよね、私」
「え?」
キョトンとした顔でアインさんが私と目を合わせた。
そうだよ、ユウマのいうとおり駄々をこねる気満々だよ。けど、ただ「行かないで」と言葉で引き留めるだけなんて味気ないことはしない。
「アインさん、私の『助っ人』になっていただけませんか?」
助っ人システム。
それは、冥界からの客人を『友達』にする方法。
可能キャラに名前があるのは確認済みだった。
ただ、条件があるのかまだ解放されていなかったので、直接彼に言うことにしてみたのだ。
「あはは、なるほどねぇ」
冥界からやってきた目の前の客人は、すっかり懐いた後輩の言葉に苦笑している。
「できないはずがないですよね? だって、あのケルヴェアートさんだって、ペチュニアさんだって、あの世の住民のはずなんですから」
すでに助っ人登録されている二人の名前をあげ、首を傾げる。
そう、あの二人だって本来ならば冥界の住民。なのに助っ人登録できているということは、彼だって可能性があるということなのだ。諦めるわけにはいかない。
真剣に言葉を紡いで、一歩二歩踏み出して詰め寄る。
少し後退りした彼は、周囲に元から固まってきたうちの子達に囲まれてそれ以上逃げることができなくなった。
もちろん、アカツキ達が彼に集まっていたのは懐いていたこともあるが、これを見越したうえでのことでもあった。
「あ、アートさんの……許可が取れれば、いいかな? 多分」
困ったように笑って、アインさんが答えを出す。
私はその答えに対して、挑発的に笑ってみせた。
「そうおっしゃると思っていました」
タイミングよくレキとプラちゃんが、三皿分あるハチミツパイを掲げてみせる。そう、三皿分。ケルベロスである、アートさんとあと二匹。三人分だ。
「知ってますかアインさん、ケルベロスってやつはハチミツを使ったお菓子が大好物なんです」
彼が甘党なのはすでに知っている。
その中でも、やはりケルベロスに縁が深いハチミツ菓子で交渉するのがセオリーだろう。
「手土産を持って一緒に行きましょうか」
「ちゃっかりしてるなぁ」
私、自分の欲望には正直なもので。




