空間の超越者
――――――
聖獣判断の進化が行われようとしています。
許可をしますか?
――――――
ふわりと浮かぶウィンドウ。
いつものように『はい』の文字へと拳を叩きつけた。
「クォォォォォォン!」
まるで世界中に届いているのではないかと思うほど、どこまでも透き通った声が響き渡り、シャークくんが勢いよくジャンプする。そして、わずかな浮遊感とともに視界が光に包まれた。
「シャークくん……!」
見えないけれど、ぐんぐん大きくなるシャークくんの背中にしがみつきながら思わず声を出していた。
想像もつかなかったはずの、彼の進化。ついにそのときを迎えた私は光の中で目を閉じた。瞼を開いたとき、そこに見える光景に期待して。
ジャンプしたシャークくんに水飛沫がついてくる。
冷たい水が私の頬や髪を濡らして、少しだけ肩を震わせる。
その震えは寒さから来るものではなく、本当は期待から来るものだった。けれど、シャークくんはそう思わなかったみたい。
光の中からにゅっと伸びてきた飛膜のようなものに遮られ、水飛沫がやんだ。
大きな背ビレの付け根から脇に二本。いや二枚? 流れるように羽の形を模したような飛膜が防壁のようにピンと後ろに伸びる。
前方、シャークくんの頭の上にはサザエに似た巻き貝が二つ、ツノか王冠のように乗っかり、彼の額には黒い体に頭に巻くアラビアンっぽいターバン? に似た白い模様が浮かび上がる。
体は二倍ほどになり、空を掻く二枚の胸ビレはもっともっと大きくなり力強く動かされる。
「ん、あれ……?」
光がやんで、わずかなキラキラとした粒子を残してシャークくんがぐんぐん前に進む。しかし、私は気づいていなかった。彼の進化によって、起こった現象を。
「もしかして……飛んでます!?」
空中にジャンプした彼の体は、いつまで経っても落ちていかない。それどころか、シャークくんが大きな手とも言うべき胸ビレで空中を掻いてさらに上へ、上へと上昇していく。
後方を振り返って海のほうを向けば、シャークくんの変化は尾ビレにも現れていた。通常の尾ビレも大きくなっているが、その前に二枚ほど尾ビレが増えている。尻尾が豪華でひらひらとした金魚のように、なにやら藍色の霧のようなものを纏って揺らめいていて綺麗だ。
彼の尾に見惚れていると、海から飛び出してきた大きなウツボが、飛ぶシャークくんに届かずカチリと歯を鳴らして口を閉じたのを目撃する。
そして、ウツボは諦めたのかそのまま頭を沈めて海の中に潜っていった。
最後に見えたのは、尾のほうに無数に刺さった槍や剣。そして、それらが刺さっている部分が青く錆びたような色になっている痛々しい姿だった。
ウツボにはどうあっても自力であれらを取り除くことができないのかもしれない。
しかし……。
「シャークくん……! おめでとうございます! すごい、空飛んでますよ!」
「ケェ!」
自分の十八番を取られてしまったからか、アカツキは複雑そうな顔をしていたけれど素直に翼を広げて喜びの声をあげた。オボロは下を覗き込んでビクッとしたあと、私の座っている真後ろに引っ付いてプルプルしている。いきなり飛んだからか、ちょっとびっくりしてしまったらしい。
シズクはクールに微笑み、おめでとうの意なのか私の首から降りて黒い背中を尻尾でぺちぺちと撫でる。
「おめでとう!」
アインさんのお祝いの言葉もかけられて、シャークくんは照れたように身をよじらせた。けれど、左右に飛膜があって乗っている私達を支えてくれているせいか、かなりバランス的には安定しているし、乗り心地がいい。
『いやー、名前の通りにサメ映画でサメがやれること全部できるようになったな』
そして、逃走に夢中で追えてなかったコメントを見始めた途端、そんな言葉が目に入って思わず吹き出しそうになる。
そうだね! 世の中のサメ映画では、なぜかサメは空を泳ぐし、地面の中も泳ぐし、雪の中も泳ぐし、頭が三つになったり五つになったり、はたまた幽霊になっても襲ってきたりするのだ。陸海空を全て制しているサメの名前の通り、シャークくんは三界を全て制した。
三界を制したって聞くとなんか格好いいのに、その意味が「サメ映画と同等のことが物理でできるようになった」と聞くとなんだか間抜けた感じに聞こえてしまう。
物はいいよう。そして、どんなに格好いい響きの言葉でも、その意味がそうでもないというのはどこでも王道である。ドイツ語のクーゲルシュライバーとか。意味? ボールペン。
そんな感じで、コメント欄で解説してくれている人がいるため、私はシャークくんを褒めて褒めて褒めてよしよしすることに集中した。
ぐりぐり撫で回しながら、ついでにどんな子に進化したのかな〜とメニューを開いて、シャークくんのステータスを開く。
そこに書いてあった名前は……。
――――――
名前: 【シャークくん】
種族: 【空間の超越者】ティランノオルカ・ディ・ネッビア
属性: 太陽・霧
――――――
てぃ、てぃらんの? ……オルカ……でぃ、ねっびあ……。
「いやかっこ良!?」
思わず叫んでいた。
コメント欄の解説によると、種族名部分は全部イタリア語っぽい? ティランノは暴君。オルカはそのままシャチ。ディは接続語的な感じかな? それにネッビアが霧だって。
はえ〜勉強になりますわ〜。
『なるほど分からんって顔してる』
『顔にハテナが書かれてるなこれは』
『顔がとけてる』
『いや空間の超越者に突っ込めよ』
ごもっともです。あれかな、陸海空の全部を自由自在に泳げるようになったからかな???
ともかく、私が言えることは一つだけである。
……シャークくんのランクアップの仕方ヤベー。
シャークくんの進化はマジでシャチ姿以外のものがしっくりこなかったので、そのままアクセサリーとかいろいろ追加って形にしました。小説内で描写するためにキャラデザ描いたり、名前でめっちゃ悩んだりしてしまいました(・ω・`)
これが決定稿です。
◇以下、完全なる私事です。神獣郷意外のことに興味がない、というかたは読まずとも問題ありません。
本日、別サイトで2016年頃からちまちま書いていたりした完結作品をなろうに移行し終わったりしました。多分ここまで長く書いて完結させたオリジナル作品は初です。
元々は、オリジナルで作ったクトゥルフ神話TRPGのシナリオを友人間でやったあとに、バッドエンドルートでのノベライズ……みたいなノリで書き始めたやつです。神獣郷みたいに挿絵、キャラデザもあります。
タイトルは「ニャル様から逃れたい〜世界から存在を抹消された探索者は人外の世界で受け入れられる〜」
元々こちらの作品に出していたキャラクターを一部神獣郷で、そのままの性格で世界観だけ別として出していたりします。ケルベロス、アルターエゴ、ペチュニア、シルヴィ、アリカとカナタ(こっちの作品では刹那と永遠)など。
神獣郷のシリアス強めの話をさらに濃縮したような感じだと思います。
ご興味があったら覗いてみていただけると嬉しかったりします。




