翠花の氷海、災いの影
「いよいよ……!」
撮影を終えて、ひと休みも挟んでから乙姫ちゃん達に別れを告げた私達は北への遠征に出発していた。
大きくなったシャークくんがざぶざぶと波をかき分け、かき分け、しばらく泳いでマップ移動し続けること数十分。たまに背中の上で釣りをしたり、シャークくんがお疲れっぽいときは隣を一緒に泳いで移動したり、交代として大きくなったシズクに乗って移動したりと、長旅を楽しんだ。
ゲーム内で数十分とか、かなりのマップ移動距離だ。どんだけマップを作り込んでるんだよという言葉が口から出かけるが、それを出さずに飲み込む。
ずーっと海と採取ポイントが続いているだけなので、それらをちょっと回収しつつ移動するだけなのだが、ゲームとしてはこれだけ移動距離が長いと普通はダレる。しかし、そんなに気にならないのは、意志のある仲間とこうして移動ができるからだろうか。
たとえぼっちプレイだとしても、仲間であるパートナー達がいるためつまらない旅路になることは滅多にないだろう。なんせ、己のパートナー達はそのプレイヤーの影響を受けて、そのプレイヤーのために動き、心地よい仲間として振る舞う存在だ。
隣にいて不快になることはまずないように設定されているし、プレイヤーの影響を受けて成長するため、自然とそのプレイヤーの活動スタイルに合った性格になる。
寡黙で静かなのが好きな人のパートナーなら、そばに寄り添って無言でも通じ合えるような仲になるだろうし、私のように賑やかなのが好きならば、道中賑やかに進むことができる。
また、一度目的地に着いてしまえさえすればそこにワープポイントを設置することも可能になるため、いちいち移動の時間が取られる……というような、プレイヤー視点で嫌がるような要素が徹底的に排除されている部分もある。
まあ、そのワープポイントの設置は無課金だと数に限りがあるわけだけど。上手いよね、その辺。そういう無駄を嫌がるような人は大抵廃課金者だったりするので、課金はかなりされるだろう。
そして私も、こういうタイプの課金にはあまり抵抗のない人間なので、ワープポイント設置用のアイテムを所持して移動している。これの課金はわりと安価なのでハードルも低い。運営ちゃん分かってるぅ。
こうしてみんなでワイワイしながら行くのもいいけど,初回以降何度も行き来するっていうことになると、移動しながらやることがなくなりそうだし、仕方ないよね! 自分で内職バイトして稼いだお金だから問題なし! ヨシッ!
現在は何度かシャークくん、シズクちゃんと交代をしてシャークくんに乗っている状態。後ろを振り返ると、ワカメのシートベルトをしたアインさんと目が合う。また、シャークくんの背中でくつろいで座っているオボロの姿が見えた。あんまり立ったりしないのは、多分爪を立てないためだろう。
私の頭の上で猫の箱座りのようにもふっと座っているアカツキもそうだ。
だんだんと体感温度が下がってきて、寒すぎない程度の涼しさになってくると、首に巻き巻きしていたシズクが離れて私の膝の上に移動する。それから、頭の上にいたアカツキが肩に乗って私の首にふぁっさぁ……と尻尾を巻く。
「……あったかい」
アカツキの尻尾はわずかにあたたかくて、マフラーのようにしてくれたそれを手で軽く撫でてあげる。寒いところに来てから、鱗のひんやりとしたシズクは首から離れ、アカツキがマフラーになってくれたのだろう。うちの子達の気遣いがイケメンすぎて、私語彙力なくなっちゃう。好き。
温度が少し下がって、それからだんだんと海に氷の塊のようなものが混じっていく。一気に寒い海域に迷い込んだような感覚はなく、変化はちょっとずつだった。従来のRPGなら、マップ切り替えの場所で一気に環境が変化するのが当たり前だったが、徹底的に自然な切り替えになっていて感心する。細かいところのこだわりがヤバい。
「マップはっと……」
マップを確認すると、ちゃんと現在地は『翠花の氷海』となっている。目的地にちゃんと到着したようだ。しかし、近くに『沈黙の海城』らしきものが見当たらないところを見るに、このマップも中々広いらしい。
メニューとは別にネットに繋げて攻略情報を見に行くと、ちゃんと全体マップが載っていた。この氷海のマップは全体的に海となっていて、真ん中に半分沈んだお城……沈黙の海城が存在し、海のところどころに氷でできた小さな陸地があるらしい。
そして、さらに氷海を進んで行けば『コロコロ雪原』と呼ばれる、なんかやたらと可愛らしい名前の陸地マップに着くようだ。
評判を見るに、コロコロ雪原に出る魔獣や聖獣はとっても可愛いらしい。正直すごく見に行きたい。
氷海にワープポイントを置くのもいいが、テントで拠点を作りやすそうな雪原に先に移動してから設置したほうがいいかもしれない。氷海にそのまま設置してしまうと、必ず海を渡れる子込みで来なければいけなくなってしまうからだ。ワープして即着水ってなっちゃうと結構辛い部分があると思う。陸地があるなら、そこを目指したほうがいい。
「よし、この先をずっと行くと陸地に着くようです。まずは、そこまで行きましょう。探索などは後にして、安全な場所についてから今日の方針を考えましょうね」
一応、まだ日は高い。
氷海に辿り着くまで何時間もかからなかったのが幸いした。
現実時間もそこまでガッツリ経っているわけではないし、日が沈んで屋敷に帰るまでにちょっとした探索をして終わることになるかな。帰るときはワープですぐ移動できるので、寝不足にならないギリギリまで攻めよう。
私の指示を聞いて素早く移動し始めたシャークくんは、そのまま先を目指す。
ときおり氷の塊が浮いているので、それを避けつつ移動していけば、やがて海中からニョキッと出ている花のようなものがあることに気がついた。
淡く、透明度の高いエメラルドグリーンの花だ。これがマップ名に入っている『翠花』ってやつなのだろう。気になるが、採取は後回しだ。下手に手を出して海中のチョウチンアンコウの罠でしたってことになったら、目も当てられない。
採取を我慢しつつ海を眺めていると、よく見れば水中にところどころエメラルドグリーンが見えることが分かった。この海全体に生えている海藻のようなものだろうか? それにしてはガラスか結晶みたいな見た目をしているのが気になるものだが……。
「ケイカちゃん、前」
「はい? あっ……」
海の中を眺めていると、後ろから声をかけられたので顔を上げる。
すると、遠くに斜めになった西洋のお城のようなものが見えた。
「アレが……沈黙の海城ですか」
西洋のお城の模型を、斜めに傾かせて半分くらいお風呂とかに沈めたらあんな感じの見た目になるだろうか。そんな光景だった。
そこらじゅうに生えている翠花が、ほのかに灯火のような光を放っている。その中心地に、沈みかけた大きなお城。どう見てもボロボロで、かろうじて入り口付近が陸地になっている。
しかし、きっと中に入れば水中のエリアなどがあるだろう。そしてなにより……。
「ど、どう見てもホラースポットです。どうもありがとうございました……」
絶対なにかあるじゃんって感じのホラー感。
どんなところか気になるな〜とか思っていたが、これはスルー安定ですね。
私は自分からあそこに入る勇気はない。
どうする? と目線で訴えてくるシャークくんに、「あそこには近づかず、迂回してもっと進みましょう」と指示をする。
そして、それに頷いたシャークくんがスピードをあげたとき。
「ウォン! ウォンウォン!!」
オボロが焦ったように、吠えた。
「え……」
下を覗き込む。
みんなを乗せるために大きくしたシャークくんの真下。
巨大ななにかの黒い影がくっきりと浮かび上がっていた。
シャークくんの体よりも遥かに大きい。どう見てもヤバげな影。楕円形でその内側にずらりと並んだ三角の白いもの。
それはそう……まるで上を向いて、あんぐりと大きな口を開けたようなシルエットで……って!
「シャークくん、全速力で助走して前へ大ジャンプ!!」
「クォォォォォォ!」
このままじゃ喰われる!!
とっさに判断した指示に従い、シャークくんがスピードをあげてジャンプ体勢に入る。
――ここは翠花の氷海。
しかし、それはどう見ても水禍どころではない災いだった。




