正面からの登城は、実は初回のとき以来かもしれない
「はい、無事に竜宮城へ到着しました!」
途中、くくりつけたアインさんがズレて尻尾まで移動してて溺れさせちゃったりといったようなトラブルはあったが、無事にみんなで中継地点へ来ることには成功した。
しっかし、アインさんが移動していたということは、やはり放置していたら迷子になっていたのでは? ケイカは訝しんだ。
「無事……?」
背後でなにやら呟く声が聞こえ、私は振り返る。
「いやあ、あれはすみませんでした。途中で気づけてよかったと思ってますよ?」
まあ、内心では「迷子の成せる技」だと思っている節があるけれど。それはそれとして、危ない目にあわせたのは申し訳ないと思っている。
「乙姫ちゃんとサンゴさんに挨拶をして、少しだけお部屋で休ませてもらいましょう。アインさんに話した通り、以前この竜宮城でお世話になった人達ですよ」
学校が終わって夜にプレイしているため、ログインしていられる時間は限られるのだ。これが休みとかだったらよかったのだが、そうも言ってられない。さすがに睡眠時間を全て捧げるような真似はできないため、ゲーム内でもちょっと休んで撮影をしてから移動し、早めに目的地まで行けるようにしなければならない。
目的地にさえ着いてしまえば、ワープポイントのアイテムを設置して帰れるので、探索はそれからでも構わない。最悪ハロウィンイベントが終わってからでもいいわけだし。
「海の中の共存者かあ……」
彼は感慨深そうに呟いた。
道中はトラブルが若干あったりしながらも、彼に私達の知っているエピソードをお話ししていたりするのである。天楽の里についてはこの前に行ったときに少し話したし、今度は竜宮城での出来事を語っていた。
配信的にはおさらいみたいなことになっただろうか?
シズクがリヴァイアサンの支配を振り切って進化したときのシーンは、思わず語りに力が入ったりしてコメントに散々突っ込まれたり、生温かい感じの対応をされたりしたが……まあそれだけ印象の強い思い出だということだ。
アインさんはどうやら、海の中にまで共存者がいるとは知らなかったらしい。彼の物語では訪れなかったようだ。彼の活躍を書いたらしいフレーバーテキスト本ではかなり簡略化されていたが、確かにそんな感じだった。
世界が暗闇に包まれてから、すぐに最初の相棒と出発して地上を旅して歩き、太陽の神獣のところまで向かったらしい。
太陽が消えた世界では、結局改心しない人達は聖獣を利用して捕え、ランプ代わりに使っていたみたいな記述があったりした。それはそれで、なんというか……これがオンラインゲームでなければ、初代となった自分の活躍みたいな感じでRPGゲームができそうな世界観だなと思ったり。
きっと、信頼しあったうえで明かりとして協力している聖獣もいるし、そうでない魔獣もいる世界観なのだろう。ショートアニメとかで見てみたい限りである。運営に要望メールでも送りつけようかな。
「……アカツキ、まだ水の中は怖いですか?」
そのまま竜宮城の中に入ろうとして、ふと気づく。
「カァ……」
肩に乗ったままのアカツキの脚が、いつもよりもぎゅっと食い込んでいた。
私が尋ねると、彼は怯える自分が情けないと言わんばかりにうなだれて返事をした。
いくら慣れたとはいえ、本能的に水中に潜りっぱなしというのは怖いのだろう。いつもは竜宮城に来るときも直接部屋へ行っていて、水の中にいるという感じは薄いが、今日は外から直接泳いで来ているのである。その分水中に潜っているという実感が強いのだろう。
正面からの登城は、実は初回のとき以来かもしれない。
「オボロは?」
「くおん!」
「元気いっぱい、と」
オボロのほうはわりと慣れているようだ。反響するような自分の声に興味があるようで、楽しげに吠えては反響音を耳をピクピクさせて聴いているみたい。可愛い。
シズクは当然平気だし、シャークくんは完全に砂漠産オルカじゃなくて「自分、水陸両用ですが?」みたいな雰囲気で漂っている。
リーダーなのに……としょげているらしいアカツキの喉元を指先で撫で、私はアインさんに言った。
「入る前にちょっとだけお待ちくださいね。そして、ご清聴いただけますよう……」
「え? うん」
懐から龍笛を取り出して、ただ演奏のスキルのためだけに使用する。
そして流れるような手つきで、前よりもずっと慣れた演奏を始めた。
海楽の演奏バフは強い思い込みを刷り込むためのもの。
水が気にならないような、いつでも自分の得意なフィールドだと勘違いするような、その本能を少しばかり騙すための雅楽。
演奏する楽器は龍笛だけで、奏者は自分で、舞うのも自分一人。
けれど、ゲームなら……そう、たった一人でもそれは成立する。
目をつむって聞き入る私の神様のための演奏。
身勝手に、他人の城の前でも吹いてみせましょう。うちの子のためなら。
演奏するは、かつてサンゴさんが大規模レイドで披露していた曲。
【水中に踊る人魚への憧れ】
心地よい笛の音が海中で反響する。
動くたびに鳥の翼を模した羽織りが水中でたゆたう。
いつしか、私の周囲で貝の頭をした蜃や魚達が踊るように泳ぎ、海藻をオシャレするようにまとった聖獣達が集い、竜宮城所属のイルカやサメ、シャチ達という聴衆ができていた。
近くでなにか大きなものが動いたような感覚がしてそちらを見ると、なんとそこには巨大なあのリヴァイアサンが鎮座している。
一瞬びっくりしたものの、演奏を続ければうちの子達もその中に混じって踊り始めた。
突発的に始まった演奏会は、さながら本物の竜宮城の物語のように誰かをもてなすような派手なものとなっていて……つまりはまあ、そんな風に大騒ぎになっていれば当然来るよねって人々が……。
「ようこそおいでくださいました〜、ケイカさん! 随分と派手な登城ですわね〜」
「なんじゃ、出し物をするならわたしも呼んでほしかったぞ! 久しいのう、ケイカ! ゆっくりしていけ!」
演奏と周囲の状況が楽しくてついつい熱が入ってしまったが、こうして城主が登場したのであればさすがに演奏を続けるわけにはいかない。
アカツキへのバフは成功しているので、笛をしまって優雅に挨拶をする。
「お久しぶりです、サンゴさん。乙姫ちゃん。このたびは敷地内での勝手な演奏をお詫びいたします。少しの間、部屋での休憩とこの辺りの風景を撮影をしたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
いつもは使わないくらい無駄に丁寧に言いつつ、顔をあげる。
「うむ、よいよい! わたしの友人のやることだからのう! むしろ良い出し物を見させてもらったと思っているくらいじゃ。いくらでも滞在していくがよい。なにか入り用なものがあれば遠慮なく申し出てくれて良いからな!」
「前みたいに分身をお部屋の前に立たせておくわ〜。なにかあったら頼ってちょうだいね〜?」
「ありがとうございます!」
お礼を言ってから、開けられた門の中に入る。
あとからついて来たアインさんに演奏を褒めてもらって照れつつ、そのまま部屋まで直行しようとしたら……そんな私達の背中にサンゴさんの声がかけられた。
「ケイカちゃんったらぁ、と〜っても上手になったわね〜! 誇らしいわ〜!」
私に演奏系のスキルを教えてくれた師匠からの言葉は、どうしようもなく嬉しくて思わずほっぺたを両手で押さえてしまっていた。コメント欄には一瞬で照れた私に対する生暖かい感じの言葉が溢れかえる。
……は、恥ずかしい。すごい照れるぅ!!
「あ、りがとうございます……」
最後のほうは声が小さくなってしまった。
このときのハイライトは、水への恐怖心が消えたアカツキが、私の顔を翼で隠して庇ってくれたことである。アカツキくん尊い……私のパートナーが今日も優しい……しゅき……一生そばにいて……。




