北への遠征
さざ波の寄せては返す音がする。
潮騒が耳を撫でつけ、ぬるい風が通り過ぎて行った。
残念ながら現実のように潮の匂いはあまり感じられないが、不快でない程度のあたたかな理想の海を体現したそこに私達はいた。
着ている装備は以前、夏イベントで使用した水着である。上から水場用の羽織りを引っ掛けているため、風でパタパタと揺れている。
「うーん、秋でもここの海はあったかいですね! この仕様、最高!」
なにより、ここにじっとしているだけでも聞こえてくる『音』がいい。こんな感じの自然な環境音を聞いて目をつむれば、一瞬で入眠できそうな穏やかな気持ちになってくるくらいだ。
「でもまあ、今回は竜宮城を中継地点にして、はじめての場所に行ってみようと思うんですけどね!」
最近は知っている場所ばかり周回していたので、そろそろ新しいフィールドに赴いて探索でもしてみようかという試みである。
まあ、竜宮城近くの海中で『水中遊覧』のお題をこなした撮影もしつつ、目指してみるって感じだけども。
「目指すのはズバリ、北の海……『沈黙の海城』付近です!」
海のマップはずっと続いているが、北に北に進み続けると流氷の島が転々と存在する海域のマップに入るらしい。そこには、海に半分沈みかけたお城のようなもの――『沈黙の海城』が存在する。
その周辺の海域は『翠花の氷海』と呼ばれるフィールドで、氷に包まれた海の中でも育つ特別な翡翠色の海藻や花がある綺麗な場所なんだとか。
考察スレでは翠花=水禍なんじゃないかなんてまことしやかに噂されていたりするが……まあ極寒の領域なら、水禍と言えるほどの強い魔獣の一匹や二匹いて当然だろう。
普通は人が寄り付かなそうな辺鄙な場所で堕ちるほどのなにかがあった個体がいるなら、それは絶対に強者だ。そういうイメージがある。
水禍=魔獣と思っているのは、行ったことのない私の考察なので、もしかしたら波がすごく荒いとか、罠だらけとか、本当に水に関する怖いマップ……という可能性もある。
さて、そんな場所へとこれから竜宮城経由で向かうわけだが……。
「ここでメンバー紹介といきましょう! 点呼!」
「わふん!」
「カァ」
「シャア!」
「クォォン!」
「ご!」
はじめから順番にオボロ、アカツキ、シズク、シャークくん、アインさんである。
シャークくんは当然のことながら泳ぎ担当として来てもらっており、シズクも水に関する神獣なのて選出。オボロは最終目的地が寒冷地であることが理由の選出であり、アカツキも似た理由だ。
アカツキはほぼ固定でメンバー入りしているいつもの事情プラス、寒いところでも彼がいればあたたかくしてくれるので、そういう意味でも必要なのである。
私を体ごと包んであたためてくれるザクロちゃんでもよかったのだが……アカツキがそこは譲らなかったんだよね。だから、もし本当に寒くてくっつきたくなったときは、アカツキに大きくなってもらって包み込んでもらうことになると思う。
多分ないと思うけど……だってこのゲーム、暑い寒いで地域的な差はなくはないけど、耐えられないレベルの差はいっさいないんだもの。あったかいけど暑すぎず、涼しいけど寒すぎない……みたいな。
ま、私がくっつきたくなったらくっつくんですけどね!!
「さっそく行きましょう、竜宮城へ。シャークくん、いつものようによろしくお願いしますね」
「クォォ」
砂浜から海の中に移動したシャークくんは、顔をくっと上げて頷いている。可愛い。そのまま乗りやすいようにか、頭をぺったりと伏せて待機する姿に思わず写真を一枚。可愛い。
「アカツキもオボロも小さくなっててくださいね。私が前で抱えるので」
「わふ!」
「くぁ……」
喜んで飛び跳ねるオボロちゃんに、あれはどうするの? と言わんばかりにアインさんを指差すアカツキ。え? アインさんをどうするかって?
「シズク、私が言ってたものは取ってこられましたか?」
「シャア!」
首尾は上々。シズクが海に潜ってとってきたものの両端を持って、私はにっこりと微笑んだ。
「アインさん、さっさとシャークくんの上に乗ってください。縛るんで」
「僕を縛るの!? それで!?」
アインさんは驚いて声をあげる。
まあ、当たり前だろう。私だってこんなもの見せつけられて、これで縛るって言われたらビビると思う。
「縄とか用意すればよかったのに……」
彼を縛るために用意したもの……なにを隠そう、ワカメである。
「現地調達できたほうが、万が一外れてしまったときにリカバリーが効きやすくていいんですよ」
シズクもいることだし、シャークくんが潜水しなくとも現地調達の素材採取は可能だ。
いや〜それにしても、すっかりシャークくんも水陸両用になったよね。
そのうち進化するとしても、砂漠限定のサンド・オルカではなくなってしまうだろう。サンド・オルカの正統進化先は、個体差で大きさに違いがあるとはいえ、前に見たことのあるあのでっかい砂状クジラらしいが……できればシャチのままでいてほしいよねという気持ちがある。
ほら、シャチからクジラって……弱くなるじゃない? 海の中じゃあシャチこそ最強! つよつよオルカたん! ってイメージがあるのだ。クジラが嫌いなわけではないけれど、やっぱりシャチってカッコいいからさ。
さて、シャークくんの進化先についての考察は置いておいて……どうやらアインさんはワカメで縛り付けられることにご不満な様子だ。
「なんですか?」
「さすがの僕でも、海の上でまで迷子になったりはしないよ! だから普通に乗りたい!」
「信用できませんねぇ!」
「くっ……ちゃんとケイカちゃんに掴まってるから!」
「え〜〜〜……皆さんどう思います?」
そこでコメント欄に話題を振ってみると、彼ら彼女らはみんな『ギルティ』判定を下していた。
「ほら! 迷子になると思われてます!」
「ほらって言われても、僕はそれ見れないからね!?」
まあ確かにプレイヤーにしか配信画面は見れない。見れないけど……私がやっていることを説明しているため、理解して知ってはいるみたいな状態である。
「往生際が悪いですよ!」
そう言ったとき、流れていくコメントのひとつが目に入った。
『水着のケイカちゃんに抱きついて乗るのはさすがの初代様でもギルティ』
……あっ、ギルティポイントそっちなんだ。




