※もふもふは用法容量を守って吸引してください
「死にそう……」
「生きて」
はい、こんばんは。お仕事お疲れ様です! 今夜も配信中のケイカで〜す!
配信に仕事を終えてから来たらしい人の挨拶を見て、テロップを表示する。
その間にも私は無言ですーっと深呼吸をしながらうつ伏せに倒れている。
……ニワトリの群れの中に。
見覚えがある光景? そうだね、前も確か大量発生中のルースターの群れに突撃したことあったもんね。でも私は同じ轍を踏みます。だって好きなんだもの。
今回ばかりは呆れた様子の声を出すアインさんだが、私は構うことなくもふもふを堪能する。
このために生きてるって感じがするわ〜。
アインさんは滞りなくパシャッと撮影してくれたので、実はもう離れてもいいのだが、どうにも離れられない。吸引力の変わらないただひとつのもふもふ……。
「カァ!」
「アカツキ〜」
「クァ!?」
叱りにきたアカツキを、一瞬寝返りを打って体を起こすことで捕獲し、再びニワトリの海の中に沈む。あ、仰向けも……イイ。顔にコロコロした丸いニワトリちゃん達の羽毛が当たって幸せすぎる……。
「ミイラ取りが……ミイラになる……」
なんかレキお爺ちゃんがボソッと言っているが、気にしてはならない。
私はいつでもこんな感じである。
「くぅ〜……わう!?」
起こしにこようとしたオボロも足で胴体をガッチリホールドしてそのままもふもふの海の中へ引っ張り込んでいく。
最後にザクロもこちらにやってこようとしたが、レキに止められていた。
また、ザクロ自身も足の踏み場もないくらいに私の周囲に密集しているニワトリ達に困ってこちらに来れないようだった。踏んじゃわないかとか、体が大きいからこそ心配しちゃって動けないのだろう。
右も左もコロコロしたニワトリだらけ。天国だ。
まあこの場所自体が虹の橋を渡ったところだから、ほぼ天国なんだけどね。
虹色の花畑がわずかに視界に入る。
他の初期聖獣達もえっちらおっちら花畑で働きながら、こちらの様子をこっそりと伺っていたりして……めちゃくちゃ可愛い。撮影のために集まってくれたニワトリちゃん達の分まで働くあの子達の姿はとっても偉いし、素敵だ。
あとでちょっとだけ仕事を手伝ってから帰ろう。
……帰れるかな。
「あ、ほらケイカちゃん見て見て。この子達にも個体差があるみたいだけど、あそこにいるルースターはとっても大きいよ」
「おっきいニワトリちゃんですか……?」
苦笑するアインさんの視線を追えば、そこには本当におっきなニワトリがいた。なんと、旧時代の大玉転がしの大玉レベルのニワトリちゃんである。
まず間違いなくあの大きさの子は初期聖獣としてプレイヤーのお供になることはないだろうと思うが、ここのエリアでランダム発生する場合はその辺の縛りとかがないのかも。
ほら、虹蛇は『ここの子達がパートナーの選定をしている』みたいな設定を語ってるし、実際に世界観的な設定だとそういう感じで出会うようになっているようだけれど……実際にはゲームなんだし、初期聖獣は初期聖獣として始まりの間で個体差が開きすぎることなく生まれてくるわけだよね。
設定的には花畑で働いている初期聖獣がパートナーを選ぶと言うが、ゲーム的には虹色の花畑は後付けでしかないはず……である。
まあ、そうやってゲーム的な表現に後付けでも設定がしっかりついているのが好きなのでとやかく言うつもりはないけどね。
故に、このエリアでランダム発生する子達にはああして大きく違いが現れることがあるのだろう。
にしても大玉レベルのでっかいニワトリ……吸いたい。
てってっと歩くのではなく、なんとまんまるな体を利用して転がって移動している。だからか、余計に大玉っぽい。
しかし、そんな移動をしているからかなかなかに素早い。
私では走って追いつくことはできないだろう。なんせ敏捷なんて初期値しかないクソ雑魚の足の速さだからね。
しかし、オボロに乗って追いかけてもなんというか、自分の萌えの情緒が狂って興奮しているって気がしない。今は間違いなくあのおっきい子に目が夢中になってやべーやつと化しているのに、だ。
よって。
「ふう……」
ゆっくりと体を起こし、近くに集まっていた子達を一羽一羽撫でて撮影協力ありがとう! という意味でナッツのお菓子を配る。
それからすっと両腕を地面につき、膝を立てて目標を見据えた。
コメント欄で賢者タイムがどーのこーのとからかわれているが、今の私は真剣そのものである。
「ケイカちゃん……なにやってるの?」
「行きます……!」
クソ雑魚敏捷ケイカちゃん、今クラウチングスタートしました!
目標捕捉。走る走る走る! とっても遅いぞ! ごろごろ転がっていくニワトリちゃんを必死に追いかけ、その動きが発する空気だけでも吸いに行こうと足を動かす。
手を真っ直ぐに振り、できる限り早く走れるような歩法を心がけ――ても大して速くはならないので完全に無駄なことをしているが、諦めずに走って向かう。
私自身も転がって真似して移動するか? と思い始めた頃、ようやく移動しているニワトリちゃんの動きに変化が現れた。
おおっと、ニワトリちゃん! 花畑に水をやるために立ち止まった! 大チャーーーンス!!
ちなみにニワトリちゃんは追いかけられてるなんてこと、まったく気づいていない天然さを発揮している。純粋だね、可愛いね。吸い尽くしたい。
「仲良くしてくださーい!」
そして――私は念願の羽毛の中にダイブした。
いきなり抱きつかれてびっくりしたらしいニワトリちゃんがビクゥッと体をこわばらせる。
「大丈夫大丈夫怖くないですよちょっと吸うだけですからねジッとしててくださいねいやジッとしててなくてもいいかもしれませんずっとついていきますのでむしろ動いてくれたほうが羽毛が気持ちいいかもしれませんうへへふわふわですねもふもふですね私の将来の夢って知ってます? 今決めました」
ノンストップで放たれた言葉にニワトリちゃんが首を傾げる。
「あなたを吸い尽くす掃除機」
『狂気』
わりとマジトーンの「うわ……」が聞こえたと思ったら、次の瞬間私はレキにぐるぐる巻きにされてニワトリちゃんから引き離されていた。
「お前を……犯罪者に、するわけには……いかぬ……」
「私のもふもふー! がるるるるもっともふもふするんです!! 離してくださいよお爺ちゃん!! 離して!! はな」
「ケェーーーーーーーッ!!」
アカツキの加減した飛び蹴りが私の頭にヒットした。
フレンドリーファイヤ判定がくだらなかったのはなぜなのか。
もふもふの過剰摂取は危険です。




