うん、あれは口に入れたくないわ
「こちらケイカ、路地裏にてハロウィンの悪魔を一人発見ですどーぞー」
「はーい、僕も見えるよ〜」
真横で答えるアインさんに肩をすくめる。
そこは普通、無線ごっこにノッてくれるところだろうと思ったが、まあ突然そんなことを始めたのは私だし……いいか。
改めて、物陰から顔を覗かせる。
そこには、てちてちと裸足で歩く黒布おばけことハロウィンの悪魔がいた。
普段ならばおばけ達は積極的にプレイヤーに絡みに行くはずだが、このおばけは静かなものである。
むしろ異様にまわりをキョロキョロと見回していて、誰にも見つからないようにしているように見えるのだ。
……と、ここまで分析したが、実はもうこいつの行動は把握している。
前にも小柄で逃げ回るタイプのお化けがいたと思う。そう、めっちゃ素早いやつが。うっ、思い出すだけで頭が……!
なんというか、こいつもそれと似たようなタイプだというべきか。
前のやつが鬼ごっこで捕まえなければいけない、常に走っていたやつだとすれば、このおばけは自分に人や聖獣が動いて近づいてくると逃げるやつだ。
前のやつみたいにずっと走っているわけではないので、あのときほど苦戦する要素はないが、見つかったらまたどこかの路地裏へ行ってしまうので注意が必要だ。
……そう、私達は一度こいつを取り逃がしている。
だからその仕様を知っているのだ。
例の如くアインさんはプラちゃんに腰をぐるぐる巻きにされて、まるで囚人のように連行されることによって移動している。
最初のほうは結構彼も嫌がっていたこの対応なのだが……この前ホウオウさんに迷子が全然直らないことを思い出語り込みで言われたせいか、最近本人からの苦情があまり出てこない。良いことだ。目撃した人にはもれなく不審な目を向けられるけれども。
「どうしましょうかね」
「さっきの様子を見る限り、動いているところを見つからなければ大丈夫そうだけど……」
「なるほど? つまりだるまさんがころんだですね」
「あ、そうかも」
どうやらあのおばけ、動いていないものに対しては反応しないようなのだ。実は目が悪くて、耳だけで判断しているのかもしれない。ん、なら足音さえどうにかできれば普通に動いても大丈夫だろうか?
「とにかく、見つからずにあれを確保すれば万事解決ですよね」
「そうだね。この前みたいにあんまり時間はかけたくないかも」
私は自身の後ろを見る。
今回連れてきているメンバーは、アカツキに、プラちゃんに、シャークくんに、ザクロの四匹だ。引率の先輩と後輩ズって感じだね。
んー、この中で有効そうな近づきかたは……。
ダンボールはないけど、プラちゃんに頑張ってツタのカゴを編んでもらってそれを被って移動とか? それとも、アカツキに反対側から脅かさせて、こちらに逃げてくるよう仕向けるかとか。
アカツキを見る。
「羽音を隠すことってできます?」
私の肩に乗っていたアカツキが首を傾げて飛び立つ。そしてすぐ近くでバサバサとわずかな羽音をたてながら滞空したが……うん、どうしても音は出るよねぇ。ちょっとだけとはいえ、あのおばけはかなり敏感なので難しそう。
いや、そういや動いてさえいなければ大丈夫なんだっけ? やっぱりだるまさんがころんだ方式でプラちゃんを頼るか……。
あまり時間がかかるとはらはらし始めちゃうか。もっと手っ取り早くどうにかする方法、ないかなあ。
メンバーを眺めながら考えていると、コンクリの中を縦泳ぎしつつうたた寝しているシャークくんが目に入った。
シャークくんはどこでも泳げるようになっている。
通常のままだと砂中か地面の中しか泳げず、街中ではぺたぺたと頑張ってヒレで歩くしか選択肢がない。なので、どんな道でも体を沈めて泳げるようにスキル『サメ泳ぎ』を習得してもらったのだ。これなら空だって泳げるぞ!
……地面でも空中でも雪中でも水中でも泳げるようになる、どこでも泳ぎスキルの名前がよりにもよって『サメ泳ぎ』なのがちょっとおもしろい。
昔からサメ映画の無茶苦茶さはネタにされ続けているようだが、まさか神獣郷でもそれ系のネタにお見えするとは思っていなかったよ。
さて、話は戻る。
そんなわけで、コンクリの道であろうと石畳の街並みだろうと謎の力ですいすい泳げる……というより、完全に透過しているシャークくんだが。
……ぷかぷかと浮いている。
地面の中にとぷんと沈んだり、浮いてきたりしながら寝ているが、完全に無音だ。たまにお腹が上になっていて、ちょっと心臓に悪い。魚って亡くなったときはお腹を上にしてぷかぷか浮かぶじゃない? いや、シャークくんはシャチだから魚じゃないけどさ。ちょっと怖い。
あ、露骨な鼻提灯ができてる。触りたい。でもかわいそうだから触らない。割れたら起きそうだし。
「うーん、私はいいスキル持ってませんし……」
本来ならば沈黙のオーケストラ戦のようにサイレントの霊術でも使えばいいんだろうが、残念ながら私はそのスキルを覚えていない。
「……でも、シャークくんはありですね」
「お、なにかいい方法思いついた?」
バグのようにフィールドオブジェクト関係なくすいすい泳げてしまうのならば、無音のまま地面に潜っておばけの真下に行ってもらい、その大きな口で足のあたりをぱくっとくわえて捕まえてもらえばいいのではないか? そう思ったのだ。これならいけそう。
「シャークくん」
「……くぉ!?」
寝ていたシャークくんは鼻提灯がぱぁん!! と割れて目を白黒させながら起き上がった。かわいそかわいい……。
今の一瞬を私は見逃さなかったぞ。ギリギリシャッターをきるのが間に合ったはず。あとで写真を確認しておこう。
「……というわけです、シャークくん。こっそりと地面に潜って近づいて、あのおばけの足を逃げられないようにくわえて待機してくれませんか?」
その間に私達が走って近づき、本格的に捕獲するのである。
「く、くぉぉぉ」
しかし、シャークくんはちょっと困ったように鳴いている。ありゃ? もしかしてやりたくない感じだろうか? なにかやりたくない理由でもあるのかな。
「えーっと」
私が彼の言いたいことを理解しようと考えていると、隣にいるアインさんがすぐに答えを教えてくれた。
「裸足で走り回った人の足は、ちょっと口に入れたくないよねってためらいがあるらしいよ。確かにそうだよね」
なんという説得力。確かにそれは嫌だわ。
物陰からおばけを覗く。
……おっさんのすね毛が生えている。
うん、あれは口に入れたくないわ。すごく分かる。
「じゃあ……」
結局、最初にアカツキで考えていた作戦と今の作戦を混ぜることにした。すなわち、アカツキは上空から近づき、シャークくんは下から近づいておばけの逃げられる場所を制限しつつ驚かしてもらい、こちら側に向かって逃げてきたところをプラちゃんがツタの罠を張って足を引っ掛けさせ、転ばせる。
それからぐるぐる巻きにして捕獲するというものだ。
「これでどうでしょう?」
「異議な〜し」
「くぉ!」
「ガア」
「きゅるる!!」
うんうんと話を聞いていたザクロが、あれ私は? みたいな顔をしてこっちを向いた。
「ザクロは癒し担当ね」
手をすっと差し出すと、頭をさっとその下に滑り込ませてくる。
子犬かな???
とにかく、この作戦は滞りなく成功して一件落着となったのであった。これで八人目。あと三人である。




