もふもふは人を狂わせる危ないお薬
イベント中のある日のこと、掲示板はにわかに盛り上がっていた。
その内容は……アルカンシエルからすぐ近くの草原に、超巨大なカメが出現したことによるものである。
そしてその『異変』はカメだけにおさまらず、黄金の龍、緋色の八咫烏、三毛の猫神と次々と巨大化した聖獣達によって掲示板は大いに盛り上がっていた……らしい。
あとで聞いたことだ。
聞いたことのあるメンバー? 当然だよだって私のパートナー達のことなんだから。
「わーーー! たかーーーーーいですよーーーーー!!!」
悠然と佇む超巨大な小山と化したレキ。
その頭の上に座る私。
そう、頭の上だ。レキの。
いつもは足元にいる、私の腕でもひと抱えできちゃうサイズであるはずのレキが、現在は天上の雲を割る勢いで頭を上げて私を軽々と乗せている。
もはや巨大怪獣とも言うべきありさまである。
「クルォォォォォォ!!」
「シュアァァァァ!!」
「うにゃぁぁぁぁぁぁぁん!!」
それぞれ四方に別れたアカツキ、シズク、ジンが高らかとこれまた大きな鳴き声を響かせる。普段から一段くらい低く、お腹の奥に響くような音の波が山の木々を震わせ、小さな鳥聖獣達が慌てて飛び立ち距離をとる。
どうしてこんなことをしているかというと……。
「……!! ……!? ……!?」
レキの足元で豆粒みたいになった誰かさんが叫んでいるが、残念ながらその内容は聞こえない。遠すぎるのだ。でも大丈夫、なんせこれはゲーム。遠すぎて届かない言葉も、片手の操作で表示設定を変えることであら不思議。
――――――
ケイカ ちゃん! どうかな!? いい 写真 撮れそう!?
――――――
おっと、字幕表記をめっちゃレトロな設定にしてしまった。これじゃなくてこっちだ。
――――――
ケイカちゃーーーん! どうかなぁ!? そこならいい写真は撮れそう!?
――――――
うん、あまり変わらないがこちらのほうがいいな。
「だいじょうぶそうでーーーーーーーす!!」
私も大声で叫んで返事をする。向こうの全力の叫びが聞こえないのに、果たして私の声は聞こえるのだろうか……。
そう、アインさんの提案でこんなことをしているのである。
なぜって?
その理由は本日の朝のログイン時に遡ることとなる……が、とりあえず簡単に言うとこんな会話があったのだ。
◇
――今日のお題は『いつもとは違った視点』らしいですよ。どうしましょうか。空飛んでる写真はいっぱい撮りましたし……。
――いつもと違った視点かあ。んー、難しいね。結構いろいろやれるでしょ、ケイカちゃん。
――そうなんですよねぇ。やったことがないうえで、違った視点っぽくできるとしたら……不思議な国のアリスみたいに私がちっちゃくなって、レキとかジンに運んでもらうとか。そういう写真が撮れたら素敵だなあって思うんですけど。
――ん? それなら、できるでしょ。
――え? でも人間を小さくする術とか道具はありませんよね?
――別にケイカちゃんが小さくなる必要はないでしょ。ほら、そのリングの設定いじればみんなを結構な大きさにすることだってできるでしょ? ケイカちゃんが小さくなるんじゃなくて、みんなを大きくすればいいんだよ。
――天才ですか!?
◇
……と、こういうわけだ。
確かに設定をいじれば、ペット化アクセサリーもとい、アリス・リングでみんなを大きくしたり小さくしたりすることができる。
小さくするほうには限度が決まっているし、そもそも今までは街で不便がないように小さくするほうでしか使ったことがなかったので、この提案は本当に盲点だったのだ。
まあ、大きくするほうの限度も存在したから課金したんですけどね!! 視聴者さん!!
マネー!! 私のリアルマネーをとうとう使うようになってしまった!!
この境界線を超えてしまったらもうダメだ! おしまいだぁ!! 今までも何回か使ったことあるけど!!
あれ? ならいいか。よーし、内職とかのバイトも増やしつつがんばろっと。
「すごく高いですねぇ」
実際、頭を大きく持ち上げたキョダイレキの上に座っているだけでかなりの迫力だ。
アルターエゴを雇って上から写真を撮ってもらうことで、私自身がちっちゃくなってカメに乗っている不思議な国のアリス風写真を撮ってもらっているが、かなり出来が良くて楽しい。
レキがスキルを使って一時的に巨大な木とか生やしてくれるので撮影背景もバッチリである。
ついでになぜオボロがいなくてアカツキ、シズク、ジン、レキの布陣なのかというと……まあ、どうせなら四神っぽいメンツを揃えて東西南北で写真撮ろうかなあって思惑だ。
初心者フィールドで行われた突然のイベント(?)に、いろんな人が集まってきている。そしてレキの足元にある看板の説明を見て納得し、写真撮影をお願いしにくる人。そして見ずにレキをスカウトしようとする人。いろいろと野次馬が集まってきている。
一応フィールド上でも他のマップとの行き来が邪魔にならない位置でやっているが、やはりどうあがいても目立つもの。
そしてなにより掲示板で知ってからやってきた人達による人集りができ始めていた。うん、ここまでは予想通りである。
もちろんこうなることは予測していたわけですよ。まさか騒ぎにならないとは思っていない。故に、これからどうするかはすでに決めている。
以前、海イベントで屋台をやったときがあっただろう。そのときのように、私は一時的にその土地を使ってなにかやるよという権利を、アルターエゴを雇うときに尋ねて買っているのだ。
だから、実はこの大怪獣イベント。
公式ホームページで自主企画として紹介されていたりする。
演習場で行われる店なども全て自主企画として、運営に情報を埋めた文面を渡して申請すればちゃんと宣伝してくれるのだ。優しい。そのかわり、小さな自主企画だとすぐに他の自主企画達に流されていくのだが……。
ま、これだけ目立てば客入りは上上でしょう。私がなんの躊躇いもなく課金したわけでないことを視聴者さんに知らしめると同時に、私は自分の夢を叶えるのだ!!
「みなさーーーーん! 大怪獣のアスレチックへようこそ!!」
そう、このキョダイレキ達とは遊んだり登ったり撮影したりするアトラクションとして交流できるようにするのだ!!
もちろんゲーム内マネーではあるが、ほんのわずかに参加料をもらう。
特にレキのツタで高い高いされるアトラクションはおすすめだ。めっちゃ怖いけど。
キョダイアカツキは十人くらい一度に乗せて飛び立てるし、シズクのところでは水球の中で一緒に泳ぐアトラクションも用意されている。
そしてジンは……なんと!!
一緒に寝れる!!
あの!! ふわふわに全身包まれて!! 眠れる!! 最高かな?
このメンバーなのは四神っぽいというのも理由のひとつだが、ザクロ達のように私以外を背中に乗せるのはちょっと……とは言わず、大人の対応ができる子達のセットでもある。
あとアカツキ達は、いい加減自分も稼がねば的な責任感を持っているらしく、これを先に提案してきたのはレキのほうなのだ。己のパートナー達に気を遣わせてる甲斐性なしの私です。本当にごめんなさい。ありがとうみんな……。
さて、開会の挨拶も早々に終わらせ、自動で参加費を払える支払いメニューも設定したことだし……私の夢のひとつである、巨大な猫の背中にぼふっと大の字になって寝るということをしてみるとしよう。
「レキ、ジンの背中に私を乗せてください!」
「承知……した……」
草原に寝っ転がったように頬に、背中に、足に当たる柔らかくてあたたかい感触……!! こ、これは!!
「至高のもふもふぅ……」
それ以降の記憶はない。
が、出回っていた動画によると、どうやらあとあと私はうつ伏せになって倒れ伏し、狂ったように深呼吸を繰り返していたらしい。
……うつ伏せなのに深呼吸とはこれいかに。
いつもとは違った視点という写真お題で、いつもとは違った視線で見られる私という図が完成した瞬間だったと思う。重ねて言うが、なにも覚えてはいない。
ひとつだけ言えることがあるとすれば、もふもふは人を狂わせる危ないお薬であるという事実だけである。
もふもふはヤク。
リピートアフタミー!
もふもふ は ヤク !!
\\\もふもふはヤク!!///




