スタート地点を同じくして、出し抜く楽しさを
「うううう、ごめんなさい……見ないで……くださいいいい」
「ケイカ……いつも配信してる堂々さはどこに行ったの」
「くー……」
今、私達は街中を歩いていた。
……めちゃくちゃ視線を感じながら。
「アカツキィィィィ……」
「くっくー……」
首に小さくなったシズクを巻いて、両脇をオボロとジンが歩き、アカツキを抱きしめながらその羽毛に顔を埋めている。
そんな私をアカツキは「しょうがないな」と言いたげな顔で見上げてきた。背中をもふもふされながら振り返ってくるものだから相棒力が高すぎる。いや、それを超えて保護者力さえつけてきているかもしれない。
なぜそんなことをしているのかというと……先程の騒動に原因があった。
大きなシズクに乗って帰ってきてしまったものだから、街で騒ぎになってしまったのだ。うっかりしていた。そうだよね、普通襲撃かなにかと思うよね。
そんなものだから、いろんな人に注目されてしまって恥ずかしくて顔をあげられないんだよ……。
時刻は夕方。鳳凰と麒麟との謁見を終えたらリリィとお茶会して、宿屋を取るという予定になっている。
「あら、ケイカさん?」
「っ、その声はリリィ!」
思わず顔をパッとあげた。
秒だった。
「リリィ! こんなところでどうしたんですか?」
必死に辺りを見回して見覚えのある姿を探し、すぐさま駆け寄っていく。
それから笑顔で私の手を取ってこようとするリリィに、手を重ねてお互いに笑顔になる。
はー、リリィ可愛い。癒し。まさに癒し。
イベントボスみたいな立ち位置だった子だとはとても思えないこの聖女っぷり。推すわぁ。ウサギのこっとんも可愛いし。
「はっや」
声が聞こえてからの反応速度に、ユウマがドン引きした顔をしてこちらを見ている。
「うふふ、噂を聴いたものですから……ケイカさん達が空を飛んで帰ってきたって」
「ぬわーっ!」
ニッコニコの笑顔で言われた言葉に、思い切り胸を貫かれて変な悲鳴が漏れた。
「ぬ?」
首を傾げるリリィ。あ、可愛い。じゃなくて!
「いいえ、なんでもありませんよ? ええ本当に。なんでもありませんごめんなさい」
「どうして謝るのですか……?」
「ケイカ、テンパりすぎ」
「うっさい厨二病」
「それはひどくない?」
「ごめん! そ、それよりもリリィ……? その、怖くはありませんでしたか? 大きな龍が街に向かっていたという……お話」
混乱の極みで酷い言葉が出てしまって謝りつつリリィに尋ねる。
いやだってあんなのNPCは怖がるに決まってるじゃない! 私だったら怖いわ! なんだよ龍と大鴉とユニコーンと翼の生えた虎って! 魔王軍の襲撃じゃん!
「……むしろ、なぜ怖がらなくてはならないのでしょう?」
まさか、この子天然!?
「え、だって大型の龍や虎なんてのが徒党を組んで空を飛んで街に向かっていたら、魔獣の襲撃だと思いません?」
「……ああ、なるほど。確かに共存者の皆様は驚いていましたね」
んん? この反応、天然ってわけじゃなくてなにか理由がありそうなのかな?
この言葉をそのまま捉えるなら、驚いて混乱していたのはプレイヤーだけっぽいのかな。
「だって、魔獣は赤い瞳をしていますもの。あとは負の感情で瞳が憎悪に染まっていたり、充血していたり、とにかく見た目で分かるのですよ。恐らく、共存者の皆様はまだ聖獣と魔獣の差を明確に把握できていないのでしょう」
……あ、そういえばリリィと一緒にいるこっとんも魔獣だったときは目が赤かった……か。
「それに、本当に襲撃ならば鳳凰様や麒麟様が動いておられます。神獣たるおかたが、聖獣と魔獣の区別がつかないなんてことはありませんわ。あのかた達はここの守護者ですから……」
「そ、そうですか……よかった」
そうだよね、そっか。あの騒動はプレイヤーだけのものか。
それにしても、魔獣と聖獣の区別の仕方ってまだ周知されてなかったっけ?
ああそうか、リリィイベントで初めて出てくる情報だから周知自体はされていないのかな? ある意味ネタバレになるもんね、これ。
「安心しました」
「ときに、リリィさん。聖獣でも赤色の目になることはあったりするんですか?」
安堵のため息をついている隣で、ユウマが唐突に尋ねた。
その質問に私も顔を上げる。
リリィは驚いたようにしてから、考え込む素振りを見せる。
「赤色に似た……朱色や緋色はたまに出会うことがあると言いますね。けれど、それもスキルによる狂化であり、一時的に魔獣のような様相になってもスキルを解けば元に戻るとか。瞳の中に恨み、憎しみ、悲しみがなければそれは……魔獣とは定義できないでしょう」
こっとんのときは、『悲しみ』が確かに強かった。
「魔獣の姿で心は聖獣のまま……なんて例も、もしかしたらあるかもしれませんね。それと、その逆ももちろん……」
「……覚えておきましょう」
目を細めてなにやら考えていたユウマが答える。
もしかして、結構重要なことか、今後のフラグを口にしていないか? これ。
「それでは、私はケイカさんに会えたことですし、お店に戻りますね。ささやかながら進化のお祝いのために、美味しいものを作って待っています。また後ほど、カフェに来てくださいね」
「ええ、リリィ。ありがとうございます!」
「質問に答えてくれてありがとうございます。それでは」
お祝い! リリィ印のパンケーキ! パイ! クッキー!
内心フィーバーしながらも微笑んで手を振って別れる。
多分重要な情報をゲットしたんじゃないかな、これ。情報スレに話しに行くかどうかは微妙なところか。確定したわけでもないし、本当にフラグかどうかも分からない。
うーん……と、そう考えているうちにお城についた。本物の鳳凰さん・麒麟に順番待ちして会う方法と、個別空間に飛んで鳳凰さん達とまったく同じ意識を持った分身に挨拶したりする方法があるようだけど……私とユウマ、二人同時に謁見となると順番待ちするしかないかな。
広場にキャラクターとしている鳳凰さんや麒麟と直接会う場合は、個別空間に移動したりはしない仕様だ。
分身と本物は特に差とかはなく、早く済ませたい人は個別空間へ。リアルな世界のように感じてみたいとか、雰囲気を楽しみたいという場合は順番待ちってことらしい。
普通の人は個別空間を選んでいるようで、並んでいるのは一回くらいそういうのをやってみたいって人などの変わり者が多い。並んでも特にメリットはないので、普通は個別空間に飛ぶのが一番。
しかし私はその変わり者の中の一人である。
というわけで、ごく自然に鳳凰さんの列に並んで、その間にユウマと話すことにした。
古今東西、アトラクションの待ち時間は人と話すかゲームするに限る。ゲームの中でゲームはできないので必然的に会話に集中することになるわけだ。
リアルでもこのゲームの中でも電子書籍を開いて読むことができるけど、今はさっきの話もしたいことだし。
「どうします? さっきの情報」
「さっきの? ……ああ、魔獣と聖獣の話? まだ不確定だね。検証できるならしたいけど、イベント終わるまではそういうフラグは仕事しないだろうし……イベント後に本当にそんな例があるかどうか探してみようか」
ということは、スレッドに情報を落とすのは保留と。
「あれ、私達だけにくれた情報だと思いますか?」
「いいや、どうだろう。好感度が一定以上あれば話してくれる内容ってほうが自然だよね」
「ちょっとくらいロマンを信じさせてもらってもいいじゃないですかぁ」
「そんな贔屓あったら面白くないでしょ」
「え、どうして?」
素で聞き返すと、ユウマは不適に笑う。
「みんなと同じスタートでなおかつ、誰よりも早くに情報を入手して、誰よりも早くに達成するってさ」
それは、廃ゲーマーの顔だった。
「一人だけにしか達成できない《ユニーク》依頼よりも、競争率が激しければ激しいほど、よほど楽しいよ。特に達成できたときのカタルシスは半端じゃない。誰でも辿り着けるものに、誰も知らないうちに最速で辿り着く。最高だよ、そう思わない?」
「……なるほど。確かにそうですね」
「そうでしょ?」
一理ある。
でも――ということはさ。
「ならユウマとは一緒に探せませんね」
「え」
これにはユウマも焦った顔をした。
「だって、この情報はリリィと仲良しの『私のもの』ですよ?」
その理論を唱えるのなら、こう言われることも想定しておけばいいのに。自然と私と一緒にやろうとか考えていたんだろうけれど、この場合ユウマだってライバルだ。
「たまたま運良く居合わせて聴いただけの君が、その恩恵に与ろうなんて甘いですよ。まったく、そんなこと言わなければ一緒に探したのに」
優しい、優しいとは言われようが、プライドがないわけではない。
それに、そのほうがずっとずっと楽しそうだし!
「突き放したのはそっちですからね?」
「ちょ、ケイカ」
この展開は多分予想外だったんだろう。
「えへへ、イベントが終わったら競争しましょう? せっかくユウマもチャンネル作ったんですから、そのほうが絶対おもしろいですよ! こういう勝負っていうのは、全身全霊で容赦なく当たって楽しむのがいいんです! 恨みっこなしですからね?」
「君、ずいぶんと好戦的になったね……」
「成長しました?」
「うん、とっても。育成しかやりたくないって頃からずいぶんとね」
「そうですか、それはよかった……ユウマはこんな私は嫌いですか?」
顔を背けながら、また腕の中のアカツキに顔を埋める。
「そんなことないよ。ケイカはケイカだ。動物大好きってところに全力を降り注いでるところとか、まったく変わってな……増してるし」
「血を流さない勝負なら好きなんですよ」
「ギリギリ勝負も今は好きでしょ」
「……ちょっとは」
「ちょっと好きな程度じゃ、魔獣の攻撃をギリギリ回避しながら戦うなんてしないよ」
「それもそうですね」
開き直って笑う。
そうか、変わってないか。それなら良かった。
「ちょっと活発になっただけでしょ」
「ありがとうございます」
まあ、でも……戦闘ばっかりなのもよくないし、今日一日頑張ったらアカツキ達をモフるお休みでも入れようかな。焦っても仕方ないし、スキル選びとかもじっくりやりたいし。
「そろそろ順番ですね」
「うん」
こうして、イベント後の約束をしつつ私達は謁見するため、広場の中心へと進むのだった。
どっちも多分楽しい。




