嵐の前の静けさ
「これで、最後!」
ぱきん、と氷が音を立てる。
動けない蝶々達を相手に、あとは焼きつくすなり踏みつけるなり、処理は比較的簡単だった。まったく、シズク様々だよね。
「ギャルルルル! ギャアッ!」
いまだに影を踏まれて動けないらしいキャメレオンが鳴き声をあげている。
焦っているのか、透明でもなんでもなく普通にカラフルな姿を現してもがいている。目玉の部分がぐるぐると周囲を見渡していてちょっと気持ち悪い。好意的に見てキモ可愛い……?
「キャメレオンのラスアタはどうする?」
「え、むしろ譲ってくれるんです?」
今まではソロ……一人でゲームをしていたからあまり気にしていなかったけど、このゲームにもラストアタックボーナスというものが存在する。
自分の聖獣達なら誰にボーナスが行っても得をするだけで、損はまったくないので存在すら忘れていたところだ。
ラストアタックは文字通り、トドメを刺した場合に入るボーナス。経験値とドロップアイテムが他の人より少し多めに手に入る、というものである。
ユウマが足止めしてトドメを刺せる状況にあるので、無意識にユウマがやるんだろうなと思っていた。それを譲ってくるなんて律儀というかなんというか……やっぱり彼はPKサーバーが似合わない性格をしている。
「いいよ僕のほうがレベル高いし、幸運極振りだからどちらにせよ手に入るドロップ数は最大だから」
「そういうことですか。なら遠慮なく」
そう言って動けないキャメレオンに近づき、鉄扇で頭の部分を思い切りぶっ叩く!
「ギュア!」
悲鳴のようなものをあげるものだから、ちくりと心が痛む。
だ、大丈夫だよね? 本当にこれアイテムボックスなんだよね?
そんな不安を抱えていると、キャメレオンが真っ二つに割れてキャンディがこぼれ落ちる演出が入る。蝶々や普通のピニャータだとこの演出はなかったけど……大ボス扱いってことなのかな。
そしてなんとなしにリザルト画面を見て驚愕した。
「ご、五千!?」
手に入ったキャンディの数である。
「苦労させられたから、まあこんなものかな。多分こいつ、他にもプレイヤーを襲ってるから、その人達から奪った分もドロップしてるんじゃないかな。ここら辺普通のピニャータがいないのに人っ子一人いないし……」
「狩りつくされてるのに、肝心の狩った人がいなくて、いたのはこいつらだけだから……ってことだよね?」
「そう」
蝶々達のわずかなドロップも数を重ねれば、チリも積もればなんとやら。結構な数になった。ランキングを確認してみたいところだけど、ただピニャータを狩っているだけでもこの数はまあ、到達可能だろう。キャンディ集めの効率的にはそれほどよくない……のかな。
「普通のピニャータ探すのとこいつら探すのだったらどっちが効率的です?」
「おお、まさかケイカから効率って言葉が出てくるとは思わなかったよ」
「私のことなんだと思ってるんですか」
「もふもふ狂い」
「間違いないですね」
苦笑して話の続きを促す。キャメレオン達シークレットピニャータを探して叩くほうがキャンディ回収の効率的にどうなのか、と。
どうせならランキング入りしたいし!
「うーん、僕の幸運があればなんとか遭遇できるかな。多分さっき二体……というより二種? が一度に現れたのも、この幸運のおかげかもしれないし」
「幸運って……いえ、やばいのがホイホイ寄ってくるってことは、それって逆に不運なのでは?」
「そうかも。もしかしたら今度は残りの一種も含めて三種同時に相手することになったりして」
「フラグやめて」
二人でからからと笑ってから周囲を警戒する。本当にそんなことになったら笑えない。
「いや、でもありえるよ。だってあのシークレットピニャータ達、多分キャンディをたくさん持っている人に寄って来てそうだから」
「嫌な予感を補強しないでくれます? もう、そうなったらそのときは生配信して地獄のような光景を共有してやります」
「もはやテロだね、それ」
移動しながら周囲を確認。
ざわざわと揺らめく木々に、不穏な風。やはりどこか様子がおかしいままで、多分笑い事じゃない事態になるんだろうなと諦めの念が浮かぶ。
もし、さっきみたいなことになるとしたら、せめて幻覚を見せてくるイリュージョン・バタフライは先に見つけて倒しておかないと……。
残り一種は、さてどんな特性を持っているやら。他二種の特性を考えると絶対に厄介だろう。
「だから、遭遇したときは配信開始するから――」
「――」
え?
二人と聖獣で歩いていたそのとき……音が消えた。
木々のざわめきも、隣にいるはずのユウマの声も。アカツキ達の声も。なにもかもが消えた。
はくはくと口を動かして喋ってみる。しかし、確かに声を出しているはずなのに、『聞こえない』ことに困惑する。
びりびりと耳を打つような空気の振動。けれど、音を拾うことはできない。
「――」
「――」
顔を見合わせる。
これは、明らかに敵の仕業だ。そして思い出す。
最後の一匹の二つ名は――『連携断ちの羽音』だ。
なるほど、確かに声が聞こえなければ連携もなにもない。
「――」
シズクが突如アクアブラストを放つ。その動作も全て無音で、木の一本に張り付いたなにかが一瞬見えた。
嘘でしょ、こんなときに……本当、笑えない。
フラグを立てたユウマのせいかな?
さて、『音』で伝えられない今、二体目のキャメレオンの位置を共有することはできない。
そうして――無音の中での戦闘が幕を開けた。
もちろん、シークレットピニャータは見えないだけでわりといます。積極的に見つけられたらいいね、くらいのボーナスアイテムです。




