恵みの嵐
蝶が苦手なもの……蝶を広範囲で一網打尽にするもの……。
強風? いや、強風を起こせる聖獣はいない。アカツキの羽ばたきなら……と思っても、別にそういうスキルがあるわけでもない。
ならアカツキが晴属性攻撃で燃やしつくせば?
……持っている晴れスキルは『クリムゾン・フェザー』のみ。あれは広範囲の『面』で攻撃するものではなく、燃えた羽を飛ばす『点』の攻撃だ。引火させて広げるには弱い。
こうなったら枠を超えてもいいから広範囲攻撃技を取っておくべきだったかな? ワンタッチで付け替えするだけだし、手間は手間だけれど決め手に欠ける状態も良くない。だからといってフェザーを外すのもなあ。SP消費も少なく済んで、咄嗟の足止めにも使えてるわけだし。
今回みたいな『討伐前提』のイベントばかりということも、多分ないだろうし悩みどころ……って、違くて。考えろ。
今できること。
オボロから降りた状態で考える。
「アオオオオオン!」
目の前の地面を真っ白なブレスが滑り、凍りついたそれを足場にスケートリンクのように扱いながらオボロが走っていく。
滑ってはジャンプし、回転しながら牙と爪でなるべく広範囲の蝶々を切り裂き、そして『風花の調べ』を使って雪属性ブレスを吐いて蝶を倒す。
「ウルルルニャアーン!」
全身に雷を纏ったジンがジグザグに、華麗にステップを踏みながら周囲の蝶を電圧で焼いていく。
「クー」
ぼうっと、翼に炎を灯したアカツキは――思案した様子で自分の燃え盛る翼を眺めて、それから飛び上がった。
「アカツキ?」
「クゥッ!」
クリムゾン・フェザーは燃え盛る羽根を飛ばす技。
翼に炎が宿り、飛ばす技。
けれど必ず技を出さないといけないわけじゃないだろうと、そう言わんばかりにアカツキは翼を広げたままその場で一回転を決めた。明るい炎の輪が描かれ、広範囲に、より範囲を広く。炎を広げて翼を羽ばたく。
動きが限定されるスキルの発展系。
それを、彼は自力でやってのけていた。
周囲の蝶を焼き尽くしていくアカツキに『そんなスキルの使いかた、ありなんだな』と、感心しながらユウマのほうを向く。
「ユウマ、蝶を倒す方法……そちらには」
「僕も広範囲より一点集中型が多いから……」
「そっか……ですよね」
不意打ち特化だとまあそうなるだろうね。
なんとなくそうだろうとは思っていた。
「ルウッ!」
シズクのアクアブラストがある一点に放たれる。
いくらかの蝶々を巻き込み、かすって水が当たった蝶がバランスを崩したり落下する中木に着弾した水球が弾け飛ぶ。
キャメレオンはまた透明になっていたから、見えるのはシズクのみ。嗅覚で判別可能なのはオボロだけど、こうも鱗粉が舞っているとそれも感知範囲は狭い。
シズクの攻撃は避けられたようで、舌をしゅるると出し入れしながら彼女は不服そうに唸った。
「……水?」
ふと、ピンときて考えを纏める。
あれだけの鱗粉を撒き散らしているんだ。当然、蝶も多少の水を弾くくらいできると思うが、ずっと雨に身を晒し続けることはできないはず。それに、寒さにも弱かったはずだし……。
「オボロ、こっちへ!」
「ワウン!」
やってきたオボロにまたがり、「どうするの?」と言いたげな彼女の耳の裏を撫でる。こんなときだが、目を細めて気持ちよさそうにするオボロに和んだ。この地獄のような光景の清涼剤だね。
「ケイカ、対策できたの?」
「できたよ。でもそのためにはどこにいるか分からないキャメレオンの足止めもしたいんですけど……」
「ああ、それなら僕がやる。君は君の思いついたことを自由にやればいい。失敗しても成功しても、笑ってあげる」
あ、いいこと言ってる……と一瞬思ってからツッコミを入れる。
「失敗したときは笑わないでくださいよ!」
「え、でも失敗しないでしょ?」
きょとんとした瞳で、そんな信頼が透けているような言葉を言われてしまってはもう、弱気になんてなっていられない!
「ええ、もちろんですとも! 侮らないでください!」
宣言してから、まずはキャメレオンのほうをとシズクと感覚共有。
「今、あそこの木の上にいます」
「……んー、若干、歪んで見える。把握したよ」
一生懸命見ようとしているらしいユウマが身を乗り出す。
それから狐の『あうん』に指示を出して自分のそばに控えさせた。この子が足止め役なのかな……?
「えと、合図したらキャメレオンを捕まえる動きに移ってくださいね? どうやるかは知りませんけど……」
「いけるいける。大丈夫だよ」
「森林火災だけはやめてくださいね?」
「僕をなんだと思ってるの?」
「爆弾魔」
「違いないや」
否定しないユウマ。
キャメレオンが移動する前に、と私はとある『作戦』を実行し始めた。
「今!」
「あうん、『影潜り遊び』をしようか、影踏んだ」
「コーン!」
え? 影って、今そこにあうんはいるのに?
そう思ったときだった。キャメレオンがいる場所の地面から、ぬるりと真っ黒な一本尻尾の狐が飛び出してその場にお座りをする。巻物を口に咥えた狐さんだ。
おかしいな、四体既にいるはずなのに五体目? そんな疑問を後回しにして目を凝らす。
影を踏まれたキャメレオンは動けなくなったらしく、その場に留まったままだ。これなら、邪魔されない。
「シズク、ヒールレイン」
「シュ!」
「オボロ、スケートリンクを作りながら駆け回って!」
私の作戦はこうだ。
蝶々が苦手なもの。私達で実現可能でそれに当てはまるのは『強い雨』と『寒さ』の二つ。先程この二つを組み合わせて一網打尽を狙う!
ヒールレインは元来味方を回復する雨のスキルだ。効果範囲は味方の頭上のみ。敵やパーティメンバー以外が雨に濡れても回復効果はなく、ただただ濡れるだけのスキルである。
しかし、ずっと雨が降り続ければ蝶々は飛んではいられない!
草の陰に入るとか、とにかく雨が止むまでなんとかしようとするはずなのだ。そこを地面と一緒に巻き込んでオボロが凍りつかせることができれば一網打尽。凍らせることができなくても、寒さでその場から動けなくなるだろう。そうなれば対処が、よりやりやすくなる。
オボロと共に駆け回ることで雨が降る範囲を広くしていく。
雨雲は私達のあとを少し遅れて移動しているが……けれど、雨の量が足りない。無力化するにはいたらない……?
「ッ、シュルルルルァァァァ!」
雨が弱い。
そして、範囲が足りない。
それを思いいたったのは、果たして私だけではなかった。
シズクが叫んでSPがどんどん消費されていくのが見える。そして、彼女の額と身体中に点在するアクアマリンの宝石が淡い光を漏らした。
雨雲が、広く、大きく変化していく。
「ンルナァーン!」
それから、蝶々を倒すために空に向けて電撃を放っていたジンの電気が、偶然雨雲に吸い込まれていき、劇的な変化が起こる。
いつしか、雨雲は雷雲へ。
ヒールレインは、味方を回復しながらも敵には攻撃性の伴う雷雨へ。
「シャアーッ!」
――――――
スキル『ヒールレイン』が多量のSP消費と特性再現により、上級スキル『恵みの嵐』へと成長しました。
――――――
私の作戦に応えようとしてくれたシズクのおかげで、フィールド全域に叩きつけるような雨が降る。しかしそれは私達にとっては脅威にならないもので、視界も不思議と悪くない。
いつしか、凍りついた地面の上におびただしい量の蝶が落ちて張り付いた光景が、そこに誕生していた。
「これはこれで地獄絵図ですね!?」
「シュ!?」
「あ、違いますよ! シズク〜! いざというときによくやってくれました! 最高のタイミングでしたよ! ジンもありがとう!」
シズクの体に抱きついてすべすべの鱗を堪能する。
シズクはどこか照れ臭そうに、そっぽを向いていたのだった。




