不可視のキャンディ泥棒
「んー、SP回復っと。ユウマ、そっちは回復アイテムの数、大丈夫ですか?」
回復用の丸いラムネのような薬をガリッと噛んで補給する。
アイテム使用の際はこうして食べてもいいし、切羽詰まったときはビンを割って中身が自分にかかればOKでもある。
ボス戦で使っているときはいつもその使いかただけど、今は特に急いでいるわけでもないし、食べるほうで消費している。わりと美味しいんだよね、このラムネ。
ユウマは一瞬硬直して目だけをざっと動かす。アイテムボックスを見ているんだろう。
ステータスやアイテムボックスは他人に見せられる設定にしなければ本人にしか見えないようにホログラム展開される。
現実のホロスマホも他人に見えない設定にできれば使いやすいんだけどねぇ……。家で動画見たいときは臨場感あっていいんだけど。電車とかで使えないし。
「うん、問題ない。一応薬草系あればポーション生産できるよ?」
「……もしかして、それもあっちのサーバーにいたからとか?」
「うん。自分で作れないとぼったくられるし」
「うわぁ」
聞けば聞くほど地獄みたいな場所の想像が膨らんでいく。
世紀末かな?
「キャンディの数はどうです? こっちは360。ずっとぶっ続けでやってますし、牛とか馬とか、あと動物のほうのキリンとかゾウとか……ちょっと大変でしたけれど、いっぱい倒してますから集まりが結構いいですよね。大きいピニャータを倒すとドロップの数が多いことですし」
「こっちは今500とちょっとだね。ドロップ数も幸運値が関わってるし、当たり前と言えば当たり前かな」
「差がすごい……えーなんか複雑です」
幸運値の暴力め……。
「しかし、ボスフィールドより奥には来たことがなかったんですが……図鑑埋めがはかどりますね」
周囲には雑草に見えるが図鑑登録することのできる草花がたくさんある。樹木の種類も実は図鑑登録が可能で、このゲーム世界に散らばった収集要素のひとつだ。
ただし、あまりにも収集要素の数が多すぎて途中で挫折する人もいるそうな……全図鑑100%達成なんて不可能なんじゃないかというくらい。
図鑑探査メンバーというギルドが既に出来ているらしいけど、そこでもまだまだ底が見えないみたいだ。これも動画をアップしているので見ると面白い。
「この花は……リアルにはないやつですね」
図鑑を確認しながら見比べる。
そこにあった花畑は色とりどりで綺麗だが、全てゲーム世界固有の種類の植物であるようだった。
「青いのは食べると睡眠効果のあるやつ……黄色いのは麻痺……紫のは毒……なんか嫌な予感がするんですけど、こういうやつ」
「分かる」
私が不得意な……そう、たとえばモンスターを狩るタイプのゲームに出てくるような植物。状態異常系はミズチ戦の猛毒でもう勘弁してほしいんだけど。
あの毒液、装備が溶けたりするんだもの……これも運営の趣味か? クレーム送ってやろうかな。
しゃがみこんで植物の図鑑登録をしているとき、ふと気がつくと辺りに生暖かいそよ風が吹いていることに気がついた。
「……」
わずかな変化。
しかし、フィールドにいる際に風に変化があったことはなく、強い違和感を覚えた。背後を確認すると、どこかユウマも訝しげな様子で辺りを見回している。
しかし、おかしなところは特に……いや。
「しゅるるるるる」
シズクが反応して私の肩を叩く。その視線は、近くにある大樹の上へと固定されていて、いやでもそこになにかがいると分かった。
「感覚共有……」
視界がサーモグラフィーに切り替わる。
その瞬間、そこにいる物体の奇妙な全容が明らかになる。
自動車よりも大きな体。それが大樹に張り付いてこちらに首を伸ばして見ているのが分かる。
不可視のナニか。
その形状は。
「カメレオン……? あっ、ユウマッ、そこの木の上!」
「っし」
ユウマが爆薬を投げると同時に片手で動画撮影開始。
牛型聖獣のタイガーがツノから雷を放って、森の中が眩しく照らされた。
「ギャルルルルル……」
小さな爆発と雷のあと、感覚共有を解除して低い唸り声をあげたそいつを視界に収める。攻撃を受けた衝撃で見えるようになったそいつは、左右へと突き出した目玉をぐるぐると回しながらこちらを睨みつける。
木の下方へと長く伸びた舌のようなものが揺れて、花畑の中から紫色の花を選んで摘み取り口の中へ。
オボロに乗り込む私とユニコーンのパトリシアにひらりと乗るユウマ。
前に躍り出るようにして人間の私達を守る配置につく他の聖獣達。
睨み合いの末に『カメレオン』に似たピニャータが咆哮――そして、全身に空いたクダ状の器官のような部分から紫色の薄い煙を噴出し出した。
「観察眼――ピニャータですよね? まさか、魔獣なんじゃ」
「いや、ピニャータだよ」
全身、紙でできている人形だというのに動きのぎこちなさは少なく、リアリティがある。しかし長い舌がジャバラ折りのようになっていて口の中に引っ込むさまを見てしまえば、それが生き物でないことはすぐに分かった。
――――――
『不可視の大泥棒』
サワー・キャメレオン・ピニャータ
――――――
紫色の煙が辺りを充満してきて、薄々気づいていたことだがステータスを見てため息を吐く。
「常に毒でスリップダメージですか」
「しかも相手は定期的に見えなくなるみたいだね」
毒煙を撒いたあとに透明になるようにして消えたキャメレオン。
しかし、心配はしていない。なぜなら。
「シャアーッ!」
「ギャル!?」
――シズクが必ず探知してくれるからだ。
アクアブラストで攻撃されたキャメレオンが一瞬だけ姿を表し、一斉に攻撃を仕掛けていく。しかし、普通のピニャータとはやはり違い、それだけでは倒すことができない。
「えっ」
長い舌がユウマの体を打ちつけ、彼が驚いた声を出す。
「どうしました?」
「キャンディが十個も盗られた」
「なるほど、そういう感じですか」
大泥棒というのはそういうことか。なるほど。ということは、キャンディをたくさん持ってるほうが狙われたりするのだろうか?
一斉攻撃を受けても倒れないところを見るに、やはり体力が桁違いに高いんだろう。シークレットピニャータと言われるだけはあるわけだ。
「長期戦になりそうですね」
「そんなこと言いながら目がギラギラしてるよケイカ」
「あは、分かっちゃいます?」
相手は恐らく状態異常と不可視の状態で翻弄するタイプのモンスター。いや、ピニャータ。口元が自然とつり上がり、笑みができるのを自覚しながら目の前の脅威に立ち向かう。
――不可視のキャンディ泥棒。キャメレオン戦がこうして、始まった。
バトル多めでお送りいたします!
サワー(爽やか系。敵の意味)
キャメレオン(キャンディ+カメレオン)
なネーミングです。ネーミングは毎回厨二になりすぎないように、微妙にダサめに作ってますね。
ゲームっぽいネーミング難しい。次回もお楽しみに!




