料理とブラッシング。可愛らしい小さなわがまま
「さてさて、今日はお祝いです!」
無事、レースに勝って可愛い子猫ちゃんを仲間にした私達は宿屋に戻っていた。これでパーティ上限の四匹目! そしてオボロの『ここぞ』というときの進化! これが祝わずにいられようか……!
ということで、やっと【調理】スキルの出番!
帰り道にジェム・ツリーガチャをやってきて食材も豊富だし、やりたい放題!
こうやって言うとまるで料理下手な人のようだけど、これはゲームなので食材を選んで調理ボタンを押せばポンっと出来上がる仕様だ。
ただし、ちゃんとした料理手順を踏む『マニュアル操作』をすると、より質の高いものが出来上がる……と。
聖獣に与えられる料理は、固定で一種類だけ登録することができる。
もちろんいろんなものを食べさせてあげることもできるけど、料理を生産する際の見た目を固定することができるということだね。
たとえば、他のオフゲームみたいにどの材料を使っても聖獣用の食べ物をマフィンやカレーで統一したり、マカロンで統一したりできるということ。
見た目と味でギャップがあると効果や出来上がりのランクが微妙になるので、迂闊にお菓子系に統一するとカレー味のマカロンができたりするらしいから、決める場合は慎重に。
それで私が選んだのは……。
「じゃーん! ミートパイにフルーツパイ、卵をふんだんに使ったパイに、穀物たっぷりのパイ、お魚の入ったパイもありますよ! たくさん召し上がれ! ついでに好みの味とかあったら教えてくださいね?」
そう、パイだ。
オボロにはミートパイだし、アカツキには穀物やフルーツ系のパイ、ジンにはお魚系のパイ。聖獣はただの動物と違ってなんでも食べることができるけど、もちろん好みだってある。
一番どうしようと思ったのがシズクだね。ヘビって卵を丸呑みするイメージがあるから……味とか分かるのかなって。
結果。
「るるるぅ〜」
上機嫌に卵たっぷりのパイとミートパイをはぐはぐ食べていくシズクの姿がそこにあった。丸呑みだと見た目の絵面が女子受けしないからかな? 普通にもぐもぐと食べ進めている。
「うなぁん!」
ちっちゃな子猫ちゃんであるジンもはぐはぐと、美味しそうにお魚のパイにかぶりついている。この子の歓迎会でもあるからね。いっぱい食べて大きくなってほしいな。あとでブラッシングもしてあげなくちゃ。
それから――。
「くうん、くうん」
「オボロ、エレガントなレディは喋りながら食べないものですよ」
「うぉん!」
食べながら返事をしたのでお皿がひどいことになってしまった。あらあらあら。若干子供っぽいところは相変わらずだね。まあ、出会った最初からして……十分のブラッシングで陥落してるしなあ。
オボロは進化したこともあって多めにミートパイが渡されている。
尻尾をぶんぶん振りまくりながら食べ進めているので、近くで食べていたアカツキが迷惑そうな顔をしながら器用に皿を移動させて私の足元まで来た。
ベッドに座っている私に対して、みんな深めのお皿を床に置いて食べている形だからね。
ホームを買ったら聖獣用のちょうどいい高さの食事テーブルがほしいな……予算がどんどんかさんでいく……これはまた、破産待ったなしだな。
「美味しいですか?」
「くるるるる」
足元でパイをつついているアカツキに尋ねると、その頭を私のすねのあたりにくっつけて甘えた声を出す。
「そっかそっか、美味しいですか〜。喜んでくれて私も嬉しいですよ」
思わず笑顔になってしまう可愛らしさ。
ベストパートナーの控えめな甘えかたに全私が萌えた。
私自身もパイをひと切れずつ食べていって、どんなものかを体験。
リアルと同じくらい! ……とまではさすがにいかないけれど、かなり満腹中枢を刺激してくる味や食感の再現度にわりと満足している。
ちょろっと物足りないくらいじゃないと、ゲームに入り浸りすぎてリアルの食事が味気なくなってしまうから……らしい。それでも十分なくらい美味しいけどね!
昔のことだけど、グルメ系のVRゲームで会社が本気を出しすぎた結果、味覚に難が出る人がいくらか出てしまうという緊急事態に陥ったことがあるんだよね。それ以来、フルダイブのVRゲームでは五感の再現を良くて七〜八割程度に抑えて再現することに決まったのだ。
リアルで高スペックでもゲーム世界では多少扱いに差が出る……とは言うけれど、私みたいにリアルではそんなに運動が得意でもない人が、ギリギリ回避の楽しさにハマるなんてことも起きているわけだしね。
リアル高スペックがゲームで上手くできないこともあれば、リアル低スペックがゲームとの相性が良すぎて意外な力を発揮することもある。そんなところが、フルダイブ型ゲームの特徴であり、面白さでもあるのかな。
ま、まあそれもPKありサーバーの掲示板を覗いてみると「嘘つくなよ高スペ揃いじゃないか」と思うわけだけど。
前に一度だけ、気になって覗いてみたら修羅しかいなかった。
なんなの? 任意の詠唱設定を使って「フレア・ブラスト」と言いながら「アイス・アロー」が出てきたり、爆発したり爆発させたり……あと多分「うにゃーん!」って言葉を連打しながら大量の猫聖獣で圧死させてくるとかいうのは明らかにルナテミスさん。怖すぎでしょ。優しい世界にしてください。
あっちの掲示板の住民がこっちの掲示板に来ると、必ず言動で分かるからか毎回「ソウルレスはお帰りください」とか、「人の心を得てから来てくださいね^ ^」とか言われているのを見る。
PKありとなしで、かなり住民の性質が違うよね。
というか、合流する予定の遊馬もあそこの住民……か。
え、会うのが怖くなってきた。大丈夫だよね?
「……不安は置いといて、ブラッシングしましょうか」
みんなが食べ終わる頃、帰り道に新たに購入したブラッシング道具や霊力で動くドライヤーなどを取り出す。もはや十枠くらいアイテムボックスをグルーミンググッズで占領しているので、ボックスもそのうちもっと大きいものに買い替えなければならない。ああ……お金に羽が生えて飛んでいく……。
「それぞれの専用ブラシを揃えましたからね! ほら、ちゃんと色で分けて」
主にアカツキとオボロで大歓声が上がった。シズクはクールに頷いていて、ジンだけはなにがなにやら分かっていないので首を傾げている。きゃわわ……。
「それじゃあ、まずは――」
オボロ、と言いかけた私の膝の上にアカツキが真っ先に乗ってくる。ここは自分の特等席だと言わんばかりの態度に苦笑いしてその羽を手で撫でた。
うん、大活躍したからオボロから……と思っていたけれど、そうだね。やっぱり相棒が先じゃないとね。それに、仲間が増えてから、最初みたいにじっくりゆっくりと構ってあげられる時間も作ってあげられなかった。アカツキが進化したときも、なんやかんやあってたくさん構ってはあげられなかったし……実は寂しかったのかもしれない。
思えばアカツキは一番最初のパートナーとして、わがままをあまり言わないようにしていたように思える。そんな彼からの可愛らしいわがままだ。叶えてあげないわけにはいかない。
「もちろん、アカツキのこと、だーいすき! ですからね」
「く」
当然、と言いたげなドヤ顔。あーもう本当に好き。
「くん」
「るぅ」
「みー?」
そして控えめに自分は? と問うみんなに笑顔を向ける。
「みんなみんな、だーいすきです!」
こうして、その日も幸せにゲームをやり続けたのでしたとさ。
幸せすぎて、もうずっと夏休みであってほしい……。
四匹目! はこれで終わり。
次回からやっと初イベント編に入れます……!
あまりにも長くなったので、今回までの章タイトルも変更してあります。
誤字脱字などがございましたら、ご報告をお願いいたします!
そして、読者の皆様。これからもどうぞお楽しみくださいませ!




