猫喫茶『猫神の悪戯亭』
「それでは一名様ご案内〜! 『猫神の悪戯亭』へようこそ!」
そこは一見普通の喫茶店のようだった。
表に面した部分がガラス窓になっていて、中が見えやすくなっている。頭上には肉球マークの可愛らしい看板が乗っかっており、なにより町の地名表示が『ルナテミスのホーム』になっている。さすがトッププレイヤー……ストッキンさんもそうだが、すでに自分のホームを持っているとは。
私もホーム……ほしいなあ。
ちなみに、ルナテミスさんの口上部分からすでに生配信を開始している。
移動しながらツブヤイターで配信予定時間を告知、複数の『配信時間近すぎ!』『いつもギリギリですね!?』『仕事がぁぁぁ』なんて悲鳴を聞き届けつつ予定通りに生配信を始めたのだ。
確かに、本来は一日前とかに告知するものなのだろうけど……今回も突発的な出来事だったし、しかたないよね! 毎回こうだから配信見てくれてる人にはちょっと申し訳ない。これからはちゃんと予定立てないと……。
「こんにちは、今日は私、ケイカがこの猫喫茶! 『猫神の悪戯亭』へ遊びに来ました。こちらは共存者のルナテミスさん。そして相棒のディアナちゃんですね。私のほうはいつものように、アカツキとオボロ、そして先日新メンバーとして正式に加わったシズクでお送りします」
リリィのイベント映像はコミュ限定公開で、全体公開はしていないので一応シズクの初紹介をしておく。
あのイベントも、私の初クリアのときは四日間全体でリリィがいなくなり、店の改装イベントが行われたが、後追いで追憶イベントをこなした人のときはそうならない。イベントをこなす人が沢山いるといつまで経っても店が開かないからね。イベントをこなした人が四日間店を利用できなくなるだけだ。その代わりの恩恵はちゃんとあるので、多分皆イベントをやりに行くと思う。
あー、清水の価格が大暴落するだろうし、高値で売っていたプレイヤーのほうには恨まれるかな? ちょっと心配になってきた……けど、油断しなければいいんだよね。常に感覚共有する練習でもしようかなあ。
「ほらほらケイカさん、今は配信に集中するにゃん?」
「わっ、バレちゃってます……どんな猫ちゃんがいるのでしょうか? さっそく突入ですね!」
ルナテミスさん怖くない?
パートナーだけじゃなくてこの人自身も絶対『ネコカブリ』だろ。お似合いですねコノヤロー。
猫が外に逃げ出さないようにか、二重になっている扉を抜けて中へ。
内装は暖かい雰囲気の漂う西洋風だ。ソファに木製テーブルというチグハグさもあるが、不思議と違和感はない。店の名前が和風なのに中身が西洋風とはこれいかに。
「す、すごい……猫がたくさん!」
十匹、二十匹? いたるところに猫、猫、猫!
白猫だったり黒猫だったり、虎柄にサバ虎にサビ猫にアメリカンショートヘアっぽい子だったり三毛猫だったり……とにかく、この場にいない猫はいないんじゃないかと思うほどにたくさんの猫がそこかしこで寝ている。
私とルナテミスさんが入ったことで一斉にいろんな色の瞳がこちらを向いて「にゃおん」「うにゃん」と口々に鳴く。
本来この時間は猫喫茶の開店時間ではないため、皆くつろいでいるみたいだ。営業モードって感じではない。
これ全部聖獣だと……!?
「ペット化アクセサリー付けてる子もいるにゃん。この中の何匹かはトラだったりライオンだったりヒョウだったりに進化してるにゃー」
「す、しゅごい……」
「ケイカさん、ヨダレヨダレー」
「はっ!?」
思わずうっとりしてしまった。
私のだらしなく空いた口を咎めるようにシズクが頬をぺしぺしと尻尾で叩いてくる。分かった、分かったよ。ごめんね、だらしないね。
「くうー」
「きゅーん」
「ん? みんなもこの子達と遊ぶ? ……違うな」
足元にいるオボロとアカツキが私の足にすり寄る。
上目遣いの二匹に一瞬勘違いしそうになったが、これは。
「大丈夫、一番は『うちの子』ですよ?」
「くんくんくん」
「くー?」
「当たり前じゃないですか。浮気ではありません。決して」
なんの言い訳をしているんだ私は。
「にゃふふふふ、パートナー達に嫉妬されるなんてさすがですにゃ。修羅場? 修羅場?」
「からかわないでくださいよー、浮気ではありません。ちょっと触ってみても?」
「そのための猫喫茶ですにゃん。メニュー渡すんでなにか注文していってね」
「分かりました」
目の前にやってきた三毛猫の背をそっと撫でてみてその毛の柔らかさに戦慄する。猫ってこんなに柔らかくて暖かくて可愛いの!? ゴロゴロと聞こえてくる音に、これが猫好きのいう『ゴロゴロ』かと納得しながら顎下に手を伸ばす。
しゃがむ私の足元をすりすりしながら後ろに回ったり、膝に頭をこつんとぶつけてきたり、その場でごろーんと転がってお腹を見せてきたり、かなりサービスの良い三毛猫さんである。目の前にオボロ達がいるのにまるで気にする素振りを見せない。さてはこの子もレベルが高かったりするな?
「えっと、ミルク付きの紅茶を一つにパンケーキを四つお願いします」
「はいはい、ただいにゃ〜」
注文をしてから、三毛猫を連れてソファに座る。
ソファの下にオボロが寝そべり、アカツキが私の膝の上に陣取り、そしてその周りを次々と猫が固めてくる。
「ね、猫ちゃん包囲網……」
なにこの幸せ空間。
オボロを踏み台にしてソファに上がってくる猫もいるが、オボロは少し怒りなさい。怒っても許されるよ。
「はいにゃ、お待たせいたしました〜」
「はや!?」
「スキルで作ってるもんにゃ。そりゃリアルの工程と同じほうが質は上がるけど、お客さん用に出すには速さが命にゃ?」
「確かに、そうですね。喫茶店として素晴らしい点ですよね、それ。すごいなあ」
集まっている猫を見下ろしながらパンケーキに手をつける。猫が邪魔してくるのはご愛敬。オボロなんて下ではぐはぐ食べつつ、甘えてくる猫に少し分けてあげている。優しい子だなあ……。
「そうだ、料理のレシピとかってどうしてます?」
「開拓のことにゃん? レシピはNPCに教えてもらったり、買い取ったり、あとは料理スキル使うときにリアルと同じ工程、同じ材料で作るとレシピが自動的に書き込まれたりするにゃん。短縮レシピとか、このゲーム特有のアイテムを使ったレシピもあるから、そっちの開拓と図鑑集めも好きな人ははまってやってるよね」
「なるほど」
料理にまで図鑑があるか。どこまで収集要素があるんだか。
本格的に検証班だけじゃ検証しきれない量のコレクター要素が示されている気がする。聖獣にアイテム、料理に植物、昆虫に動物。あと多分霊術や装備もそうだ。全ての要素に図鑑がある。コンプしようとしたらどれだけ時間がかかるのやら。このゲーム内を散策するだけでも時間が消し飛びそう。
これぞ、時間泥棒ゲームの醍醐味だけどね。
「なら、私はパイ作りにでも手を出してみましょうかねぇ」
「この子達に?」
「ですです」
和やかに配信をして三十分ほど。
ルナテミスさんは、襲撃することができなくなったからか、それとも純粋に気に入ってくれたのか、いろいろと教えてくれた。配信のコメントを見ていれば、間違った知識を教え込まれているわけではないと判断できるから大丈夫。
そんなとき、彼女が唐突に言い出した。
「そうだにゃ、シズクは進化させないにゃ? レベル1進化を目の前で見てみたいにゃ」
「えっと……」
シズクと目を合わせる。
頷くシズク。了承は取れた。
「それだと、グルーミングをする必要があるのですが……霧吹きはありますし、柔らかくてふわふわなタオルとかあります? 買い取りますよ」
「即行買い取る選択肢が出てくるあたりさすがだよね。りょりょ〜持ってくるにゃん」
肩にいるシズクが、しずしずと体を伝って膝に降りてくる。
これは楽しみにしているな? クールなシズクがグルーミングでどれだけとろけるのか……それが楽しみで……って。
これ、クールなお嬢様(蛇)が抗えない気持ち良さにとろとろにとろけちゃいそうな顔をする様を配信されるっていう、やばい絵面になるのでは……?
内心、自分の汚れた心に焦りつつ、笑顔で配信を続ける私なのだった。
今夜に感想返信をいたします!
返信は数日おきですが、毎回皆様のお声に励まされ、楽しませていただいております!
いつもありがとうございます!
明日もお昼更新です。




