聖獣に命を救われる、なんてこともありますよ?
にゃあ、にゃあ、と白猫が鳴きながら歩いていく。
その隣で、頭の後ろに手を組みながら歩く少女『ルナテミス』さん。
「あの、ルナテミスさんのその姿って……?」
出会ったときから疑問に思っていたことを訊いてみる。
ルナテミスさんは巻いた茶髪に白い猫耳がピコンと揺れ、紅白のフリフリエプロンドレスを着ていて、その下から白猫の尻尾が覗いている。
なんとなく彼女のパートナーが白猫であることで予想はつくが、説明してくれるならそれが一番だ。
「ああ、この耳と尻尾のことです……にゃ?」
「そうそう、それです。まるで生きているみたいに動いてますし、ただのアクセサリーじゃないですよね? 体温とかあるんですか?」
「触るのはだめにゃん。まあ、でも正解だよね。装備ではあるけど、ただのアクセサリーではないにゃん」
私だけがオボロに乗っているわけにもいかないので、今回は私も一緒に歩いている。一歩後ろで歩くオボロに、オボロに乗って楽をしているアカツキ。おい。それに、もはやいつものようにとも言うべきか、私の首に巻いているシズク。
一歩前をてしてしと行く白猫『ディアナ』。そう、白だ。彼女の頭から生えている耳や、服の下から覗く尻尾と同じ。
「これはですねぇ、えっと、ケイカさんはもう『アニマ・エッグ・ジュエリー』は持ってますにゃ?」
「うっ」
「あ、なるほどあのセクハラをあなたも受けたんですねぇ〜。ちゃんと通報しました? 女総出でクレームつけてやらなきゃ気が済みませんよあれ。なにをとち狂ったんだか〜」
うん、なにも言っていないのに一発でバレた。
それにしても皆さん、やっぱりあれには思うところがあるんだなあ。女プレイヤーにはセクハラでしかないし、男プレイヤーにいたっては絵面がただの地獄絵図。男プレイヤーのほうが多いだろうに、どうしてあんな仕様にしたのかはなはだ疑問でしかないな。
開発者の中の人が相当性癖の歪んだ人で、それを止める人がいなかったのか……それとも、リリースまで誰も気がつかなかったのか。β版もあったらしいが、そのときには各フィールドダンジョンの完全攻略ギミックもなかったようだし、サプライズのために用意したシステムでガバをやらかしたとしか思えない。
もし、真剣にあれを良いものだとして取り入れていたのなら……それこそどうかと思う。今回のクレームで直してくれるといいのだが。
「つまり、その猫耳尻尾は装備だと?」
「ですにゃん。卵を使って装備を一式全部揃えると、それは専用装備となって姿を少しだけ変えるのにゃん」
「一式……」
「そう、一式にゃん。一部分とかだけだと専用装備にはならないから気をつけるにゃん。だから、ミーのこれは『白猫装備タイプ: ディアナ』という、本当に唯一の、ユニーク装備ということになるにゃん?」
名前に『ディアナ』がつくということは、ルナテミスさんのパートナー……白猫ディアナからのプレゼントと同義かもしれない。一式全てを揃えなければならないということは、必要数は五個……か? 発売から一日と少し経っているから、ギリギリか?
しかしログアウトして六時間経たないと卵は出現しないはずで……いや、確かログイン状態でも寝れば卵は出現するのだったか。私はミズチ戦のときに結局寝ていないし、徹夜しているから出現しなかっただけで。
ということはもしかしてこの子って。
「ルナテミスさん……いったい何時間プレイしてるんですかあなた」
「さてさて、何時間でしょうね〜? にゃふふ」
は、廃人だー!?
「この雷峰高原のボスを完全攻略したのもミーですにゃ。話題になってたケイカさんの動画見て悔しくなっちゃって即行ここに来てクリアしましたにゃ」
ルナテミスさんがこちらに振り返ってダブルピースをする。なんとなく、その瞳がどこか獲物を見る猛獣のようなもののように見えて、目を細める。
なんとなく、さっきから違和感が……?
「そういえば、霊術スキルに詠唱って必要でしたっけ?」
「本来は必要ないにゃん?」
「それでは、先ほどのスキルはいったい……」
「ああ、ミーがやっているのは『任意の詠唱設定』にゃん。スキルを使うときのキーワードを設定すれば、誰でもできるのだ!」
ルナテミスさんによると、任意の詠唱はスキル名よりも文字数の多いキーワードでないと登録ができないのだとか。完全にロールプレイをする人へ向けた機能だけれど、スキルの威力がちょっとだけ……具体的にいうと1.2倍程度になるのだという。だから、効率重視の人は詠唱設定を済ましている人のほうが多い……と。
スキル名より少ない文字数で設定することができないのが難点だが、実は長めの詠唱を設定してから現れる『短縮詠唱』の項目ならスキル名よりも少なく、言いやすい言葉で詠唱を設定できるらしい。いわゆる、公式で用意された抜け道というやつだ。三十分以内に長い詠唱を一度でも発動していれば、短縮詠唱が可能、と。
前を歩く小柄な姿二つを追いかけながら、メニューを開いてスキルの詳細設定欄をいじる。おお、確かにあった。フレーバー要素ではあるが、設定すればきちんとメリットがあるあたりいいシステムだ。
チュートリアルがないので、こういうのは人から聞くか自分で気づくか、もしくは公式サイトの情報をみっちり読み込んでもいないと分からないところだね。しかし、問題があるのはそこだけだ。
チュートリアルを受けるか受けないかを選べるようにでもしてくれれば、もっといいと思うのだが……要望でも送るかな。
「短縮詠唱、今ならできるにゃん? 実演してみる?」
「えっと……ん?」
返事をしようとしたら、シズクにほっぺをパシパシと叩かれてしまった。
そういえば、先ほどからパートナー達は一言も鳴かない。いつもなら、ふらふらと揺れている手にオボロが頭をぐいぐい押しつけてきたりするのだけれど……。
「……?」
よくよく見れば、シズクはじっとルナテミスさんのパートナーのいるあたりに視線を向けていて、警戒をしている様子なのだが……見ている位置が、猫を見ているにしては高過ぎるような気がする。
はっとしてオボロ、アカツキの様子を怪しまれないように確認する。
二匹ともシズクへと目を向け、そして警戒しているように私の周りを固めている。
もしや、ルナテミスさんになにか? と前を行く彼女を観察する。
相変わらず小柄な彼女は背を向けて歩いていくまま。そしてその一歩か二歩先を歩いている白猫。いや、ルナテミスさんの直線上に歩いているわけではなく、ちょっと横にズレているか。
よくよく考えてみると、パートナーとその共存者にしては距離があるような気がする。さっき抱き上げたりすり寄ったりしていた二人なのだから、それこそ隣を歩くでもいいだろうに……なんだこの、謎の空間は?
杞憂かもしれないが、私のパートナー達が警戒しているのが気になる。アカツキもオボロも注目しているのはシズク。シズクに警戒をうながされている? しかし、シズクは冷静な子であるとはいえ、一番の新人だ。レベルもまだ1で、アカツキ達が指示を仰ぐような違いは――あったな、そういえば。
サーモグラフィーのように温度を見ることができるのは、『ピット器官』を持っているシズクだけだ。つまり、彼女の視界に『ナニカ』が見えているということで。
……先ほどからシズクが見ているのは白猫ディアナ。しかし、視線の先は小柄な猫を見ているにしては、位置が高い。つまり。
「……『感覚共有』します」
小声でスキルを発動してまばたき。
その瞬間、見えてしまった。
「え?」
小柄でスレンダーな白猫、ディアナがいた位置に……大きな大きなライオンのような形の『ナニカ』があるのを。その体躯は、ちょうどルナテミスさんが猫ととっていた距離とぴったり同じで、そのライオンのようなナニカのサイズになれば、ルナテミスさんとほぼ横並びのような状態になる。
「おや、気づいちゃったにゃん?」
暗い瞳のルナテミスさんが振り返る。それは、白猫のようなナニカも同様。
私が一歩後退すると、オボロとアカツキが前に出てきて威嚇の声をあげた。
「知ってるかにゃ? このゲーム、特別な進化方法が存在するんですにゃ。その中に、『プレイヤーを何人騙し討ちにする』とか、『プレイヤーを何人キルする』とかとあるにゃん」
「それは、PKサーバーの話では?」
「なに言ってるにゃ、なしサバはキルできなくても、行動不能にして物を盗むことはできるにゃ? それを騙し討ちと言うにゃ」
冷や汗が滲むような感覚。
この子達はレベル20付近ではあるが、どう考えてもルナテミスさんはそれ以上。トッププレイヤーの域に達している人間としか思えない。私が勝てる道理なんて、ない。
「まあ、でも……知られちゃったからには――」
息を飲む。
そして、オボロの背に近づき逃げの準備。キルされることがないのならば、行動不能にされる前に逃げればいい。そういうことだ。
「もう、騙し討ちとは言えなくなっちゃうにゃん。ケイカさんはもう襲えないね」
少しだけ拍子抜けして、しかし安心するにはまだ早いと気持ちを切り替える。
「…………そうですか」
「そーんな、怖い顔しないでほしいにゃん? さすがエレヤン! でもでもにゃ、覚えていてほしいのにゃ」
「なんです?」
「君はすごい。初心者でゲームの『はじめて』を持っていくのは純粋にすごいにゃん。でもね? ミーみたいに、じぇらしーしちゃう廃人さんだっているにゃん。たとえ、PKできないサーバーだろうと、身の回りは気をつけることをおススメするにゃん?」
「……肝に銘じておきます」
なんとなく、いつかはそう言われると思っていたけれど……案外早かったな。早かったし、怖かった。でもだからといって、私はこのゲームを楽しんだり、考察するのをやめるつもりはない。
こういう対応をしてくる人がいるということを、きちんと覚えておかなければ。
「つーわけでした。あ、でも喫茶店の取材はお願いするにゃん。君が気がつかなかったら襲ってぽいしてやろうと思ってたけど」
「取材はほしいんですか……」
「それはそれ、これはこれにゃ。有名人に広報してもらえたらそれが一番ですに」
なんともまあ、自分に素直で……自由な人だ。
「その、ディアナはいったいどういう……?」
「これにゃん? ディアナは三段階目の進化を終えてるにゃん。種族名は『ネコカブリ』……ミーはね、この子を『鵺』にしたくて色々と試行錯誤してるところなの。んで、騙し討ちしたりキルしたりしてたら、この『見た目に騙された相手を何人騙し討ちする』っていう条件が出てきたにゃん」
三段階目!?
ということはレベル30以上……? そりゃあ、勝てる気がしないわけだ。
しかし『ネコカブリ』ね。そのまんまだな。怖いけど。
「さっき出会ったときはペット化アクセ付けてたにゃん。だから抱き上げられたんだけどにゃ〜」
なるほど、『ネコカブリ』の特性は『実際にはライオンサイズだが、人の目には小柄な白猫に見える』という感じなのかな? 怖すぎる……。
シズクに感謝しないと。
「町についたにゃん。ここまで来れば、もう本当に襲えないにゃ。ミーのお店まで案内するからついてくるにゃ〜」
この人、あんなことをしておいて取材を断られるとは微塵も考えていなさそうだ。ドッと疲れが押し寄せてきたが、なんとか気を取り直して足を動かす。
トッププレイヤーの一角の怖さを身近に感じた、そんなひとときであった。
◇
なお、「盗み」に関してはのちのち、こっちをからかうための悪意ある嘘だと判明したものの、騙し打ちやキルの条件で進化する場合があるのはマジだったと判明したのだとかなんとか。
それもありサバのほう限定だけど、そうやって進化した聖獣はこっちにも持ち込めるから脅しやすいんだって。
やばい人じゃん……。
PKなしなのに攻撃できるの?
→モンハンの協力プレイと同じく、ダメージは発生しませんが、衝撃は発生します。
なお、相手が死ぬほどのダメージが込められた攻撃を他プレイヤーやNPCに意図的に行おうとした場合にのみ、接触直前に警告を含めたバリアが張られ、カルマ値という「やっちゃいけないことをやりました」というカウントが増えます。
今日からずっと12時過ぎ更新に戻すことにします。
これからもよろしくお願いします!




