雷峰高原のねこ娘
かれこれ猫喫茶を探して三十分。
「なんでえええええ!?」
猫喫茶は夜開店でした。
店の前で崩れ落ちる着流し姿の私と、私の肩に翼を乗せてやれやれと首を振るアカツキ。シズクなんて私の頭を尻尾でぺしぺしとつついてくる始末。寄り添うオボロだけが心配そうにこちらを覗き込んできていて、癒しだ。
うちの子達天使だけどたまに辛辣……。
着流し姿のままでうずくまっているのもアレなので、気を取り直して立ち上がる。あ、ちなみにこの着流しは防御力+10である。紙から厚紙に変わるくらいの変化だが、ないよりマシだ。
そして肉球マークが眩しい看板の下。手書きっぽい、喫茶店によくある小さな黒板に文字が書いてあることに気がついた。
『店主は雷峰高原へとお出かけ中にゃん』
そういうことらしい。そりゃそうだよね、だってここの店主もプレイヤーなんだもの。当然のことながら、NPCのように店につきっきりとはいかないだろう。
さて、雷峰高原か。知識だけはある。
雷峰高原とは、私がこの前行った東側にある『王蛇の水源』の真逆、西側にあるフィールドの名前である。
少し寂れた雰囲気で、森林豊かな東側とは違い、天候はいつも曇りだったり、雨だったり、雷が鳴り響いているという。
ちなみにこの高原、猫がよく現れることで有名である。猫科聖獣や、雷属性の魔獣がよく出るスポットである。
ボスは確か『ライジュウ』で、ここも私が王蛇の水源完全攻略後、速攻で誰かが完全攻略しているらしい。低確率でセイリュウが降臨する水源と同じく、高原では完全攻略後、低確率でビャッコが現れるのだとか。
東に青龍、西に白虎とくれば、あとの北と南になにが降臨するのかは推理するまでもない。
そんな高原に猫喫茶の店主が行っている……なるほど、猫喫茶用の猫の調達……? と微妙に納得するような、しないような……?
とにかく、店主さんがそこにいることは分かっているのだし、はじめてのフィールドに行くついでに店主さんも探してみることにしよう。
「オボロ、フィールドに出ていっぱい走ろうか。いける?」
「ウォン!」
オボロの背中に乗っているだけで景色をたくさん楽しめるし、柔らかい風の温度まで楽しむことができる。
ああ、走り回るだけで満足しちゃいそう……。
しかし、西に向かうにつれてだんだんと天気が悪くなっていき……そして、雷鋒高原に着く頃にはゴロゴロと雷が音を鳴らしていた。今にもどこかに雷が降ってきそうだ。
そこかしこに背の高い木があり、避雷針代わりになっているのか、一部の木は縦に真っ二つに裂けていたりする。こわっ。
そんな景色の中、異様な光景が目に入ってきた。
ライオンに似た魔獣だろうか? それを前にしているのはカールした茶髪に、紅白のエプロンドレスのような……端的にいうとワンピース型のメイド服のようなものを着た小さな女の子だった。
なにが目を惹くかって、その子は頭に大きな猫耳がついているのである。スカートの下から尻尾も出ているし、見た目はどう考えてもねこ娘。でも、このゲーム獣人の設定はなかったはずだ。どういうことなのだろう?
よくよく観察してみると、女の子の手は肉球型のグローブで覆われていて、首に巻かれた白いスカーフと同一のものを右手に持っている。
「グルルルル……」
遠くから観察していると、ライオンが女の子に襲いかかろうと前屈みのモーションに入った。どう考えても飛びかかる一歩手前。危ないかな? と思って近づいていくと、女の子は飛びかかるライオンの攻撃を避け、それから手に持ったスカーフを共にくるくると回りながら舞うように言葉を放った。
「影よ、我が盟友達の幻影をここに! マーチング・キャッツ!」
すると女の子の目の前に金色の魔法陣のようなものが次々と現れ、その中から一匹、二匹と「にゃー!」と言いながら猫が飛び出してくる。
その数は尋常じゃなく、魔法陣が次々と展開されて十匹、二十匹とライオンに降り注ぎ、その物量で押しつぶす。
よくよく見ればその猫の攻撃全てに【スカウト】のほのかな光が纏わせられていて、ライオンはあっという間に宝珠を置いて逃げ去っていった。スカウト成功である。
「あ、あのー」
興味が出て声をかける。だって、ここまで猫まみれの子がいるなら、彼女が猫喫茶の店主じゃなくてどうする?
むしろ違ったらびっくりするよ。
「はいにゃ! 見物料は100ゴールドですにゃー」
「は?」
「え、嘘にゃ嘘にゃ! 冗談に決まってるじゃないですかー! やだなあ、あは、はははは〜」
一瞬素が出てしまって萎縮させてしまった。
わざとである。悪徳プレイヤー、ダメ絶対。
「あなたが猫喫茶の店主さんですか?」
「って、そういうあなたは有名チャンネル主にゃん!? もしかして取材? 取材にゃ? ミーの店の取材にゃん? にゃーんだ! そうと言ってくれればなに見るにしてもタダにしてやるのにー」
がめついなこの子……。うーん、でも取材ね、それも悪くないかな。
「私を知っているんですね。それでは改めまして、ケイカですよろしく。こっちがアカツキで、この子がオボロ。それからこの子がシズクです」
「ミーはルナテミスにゃん。こっちはディアナ」
ルナテミス? アルテミスでなく?
ああ、文字ったニックネームか……ネットゲームだとあるあるか?
彼女が抱き上げたのはいっそう美しい白猫。ブルーの瞳が英知に富んでいて、賢そうな子だ。
「猫喫茶の取材ならおっけー……ですにゃん! 動画で紹介してくれたら割引券つけますよ、いかがです? おねーさん?」
「この商売上手〜。やらせていただきましょう」
「商談成立にゃん! 十匹スカウト成功したし、ミーも帰りどきですなおー」
とんとん拍子で進む話に、そういえばこの高原も見にきたのになにもしてないなと気がつく。しかし、それはこの子から聞けばいいかなというのがひとつ。もうひとつは……やはり、猫に触れ合いたい! ということだ。
ちょっと名残惜しいところだが、いつか思う存分フィールドを駆け回るとして……今は猫喫茶取材と、さっきやっていた魔法――この世界だと霊術の詠唱について訊いてみようと思った。
まだまだ知らないことがある。一応初心者なのだから仕方ないが、こういう知識はどんどん吸収しないとね!
次々と光の粒となって消えていく召喚された猫達を眺めながら、目の前の女の子に集中する。
「この猫達は?」
「ただの幻影だから問題ないにゃ〜」
「ふうん」
そうして、私は高原に来て早々に目的と鉢合わせし、引き返して町に向かうのだった。
遅くなって申し訳ありません!
次の投稿はお昼となります。




