通報されたいんですか?
町中を歩きながら道を覚えつつ北へ、北へ。
宿と中央の初期ログインポイントである噴水広場、そして中央付近の店しか行ったことはなかったので、実は町をあまり楽しめていない。
歩くだけでそこらにいろんなお店があるし、リリィの店のようにNPCがお店をやっているところやプレイヤーたる共存者が店を出しているところと様々だ。
どうしてみんな、そんなに早くホームが買えるのか……疑問でしかない。私もほしい。ホームを買っていっぱいアカツキ達のグルーミンググッズを買って、遊具も作って、オボロとアジリティ(※犬と共にする障害物競技)みたいなこととかしたい……はっ、物欲がこれでもかと押し寄せてくる。
ぶんぶんと首を振って雑念を追い払い、少し前を歩くストッキンさんに話しかける。
「えと、あの……えーっと」
口下手か!
しまったな、アカツキ達に対してはすごく流暢なくせに……コミュ障特有のあれだ。配信だと一応大丈夫なんだけどなあ。
「それにしても、ケイカさんはすごいですね。ストーリーミッションがあるとはアナウンスされていませんでしたし、てっきりストーリーなどはないものだと思っておりました」
ポツリとストッキンさんが言う。
あれ、もしかして気を遣ってくれた?
「あ、ハイ。そうですね、私もびっくりしました。第一人者……ですよね? 嬉しいですけど、少し照れます」
「検証班は別のことにかかりっきりでしたからねぇ。しかし、恐らくストーリーを踏んでいくほうが情報も集まるだろうということで、今後は積極的に皆さん探しに行くでしょう。最先端を行くのは少し難しくなるかもしれませんよ」
彼の背中しか見えないが、柔らかい口調だ。
けれども、どこかたしなめるような言いかたのように感じてムッとする。別に私は第一人者になることを目的にしているわけではない。そう言われると、少し嫌だと思った。
「私はこの子達を愛でたいだけです。今後誰かが新たな発見をしたり、名誉を受け取ったりしたとしても、私は別になんとも思いませんし、素直にすごいと思えますよ。トロフィーだけがやり込み要素じゃありませんし、そう言われるのは少々心外ですね。はったおしますよ」
「ああ、すみません。別にケイカさんを貶したいわけではありません。変なことを言いました、申し訳ない」
そう、トロフィーだけが全てではない。
この世界ではいくらでもやり込み要素はあるのだから。
たとえば――マップひとつ埋めるのだって、きっとすごく大変だし、アイテムや聖獣だって図鑑があったりするのだ。道中の植物やその辺にいる虫にだって図鑑はある。それだけ埋められる要素は盛り沢山。
むしろシステム面やストーリーを埋めるだけではやり込んでいるとは言えないかもしれないくらい、膨大なデータ量だ。人海戦術をもってしても、攻略まとめサイトが完全に埋まることはないだろう。それくらい、自然や動物達のディティール、世界観にこだわりぬいている。
その辺の草むらで日向ぼっこしながら何時間だって寝転がっていられるくらいのどかで、平和で、そしてときどきシリアスで素敵なところだからこそ、私は惹かれたのだから……一番でなくたって、構わない。
「それにしても『はったおしますよ』ですか。これはこれは……」
「なんです?」
「エレヤンを目の前で見られるとは光栄ですね」
「エレヤンの力を発揮するところを、もっと間近で見たいと? ほうほう、それはそれは……」
スパンッ、と懐から鉄扇を取り出して開いたり閉じたりして睨みつけると、彼はそっぽを向いてから「遠慮します」と小さく呟いた。
残念ながら、小さな声で「いいかも」なんて言ったことまでお見通しである。さてはこいつ変態だな?
なんとなくプレイヤー名やら聖獣の名前で気がついていたことではあるが……この人は今、知られていないと思っているだろう。ふむふむ、ならば。
「ストッキンさん、できれば袴は裾を長めにしていただけると助かります。デザインの要望は先に言っておいたほうがいいですよね? どこまでできます?」
「え? あ……はい、分かりました。デザインに関してはこちらの技量に関するところなので問題ありませんよ。しかし、いいのですか? あまり長いと動きづらくなりますが」
露骨……ではないか、この人もなかなか擬態がお上手なことで。
「だいたいはオボロに乗っかっていますし、私がするのは舞ですから、長めのほうが映えるかと。それとも、裾短めのキュロット式スカートに見立てた袴にでもします? それでもいいですよ、お好きですよね? そういうの」
隣まで早足で追いついて見上げてみる。
さっと顔を逸らしたが、これは図星だな?
「なぜ好きだと……?」
「むしろ隠しているつもりだったんです? 名前がストッキンに、聖獣の名前がレッグ。それにさっきの会話といい、どう見ても立派な『脚フェチ』です、どうもありがとうございましたー」
棒読み気味に告げると、うっと言いながら動揺している。大人がこんなんで動揺してどうするんですか。
「ま、聖獣のレッグがあなたに懐いているようなので人格面は信用していますよ。性癖のほうはそうではありませんが」
「ケイカさん、初対面で随分とぐいぐい来ますね……」
「これくらい釘刺しとかないと怖いじゃないですか。こっちだって、初対面でぼったくられたらどうしようとか、色々考えているんです」
確かに初対面にしては失礼にしすぎたか。彼が下手に出ているからといってやりすぎたかな?
でも、一応今はそれなりに有名人となっているわけだし、用心くらいはしておかないと。
「ここです」
「おお……」
そんなこんなで釘を刺したり、会話のやりとりをしていたらお店に着いた。落ち着いた和風な感じの外観だ。そこまで大きくはないが、『織物屋』の名前の通り着物を扱っているようで外からもカラフルな生地がいくつか見える。
ディスプレイなのか着物が広げて飾ってあるし、柄も悪くない。センスはこれを見ただけでもいいなと分かる。
しっかし、この人……。
「ストッキンさん、どうして西洋紳士風なんですか? 専門職和物でしょう、これ」
「趣味です」
「趣味ですか、そっかー」
「ギャップ萌え狙いです」
「随分とぶっちゃけますねぇ」
「ケイカさんのファンですから」
「なぜそこでドヤ顔をする!? ……こほん、私とは関係ないでしょうに」
危ない危ない、素が……。
「それでは、専用装備を作りたいのでしたか。エッグはお持ちですか?」
「はい、この子達が今朝くれたものですね。三つ分」
「産んだんですね」
「通報されたいんですか?」
「失礼、あのシステムを体験しましたか」
「通報していいんですね?」
「……多分あのシステムはそのうち改修されると思います」
「でしょうね。私もクレー……メッセージ送りましたし」
「……」
「……」
「あ、待ってください。通報ボタン押さないで!」
「だって『残念です』とか言いそうな顔してましたし」
かけ合いを続けながら、ちょっと楽しくなってきたのを抑えて本題に戻る。この人面白いな。色々と思うところはあるが、それはそれとして友達としてゲーム内で一緒にいるのは悪くない。現実では絶対に会いたくないけど。
「エッグが三つなら、部位ひとつひとつに使用して装備を作ることが可能ですね。失敗はしないと思いますが、難易度は上がるので少し料金が上乗せされます。それでもよろしいですか?」
「はい、料金はどうにかなります」
「【鳳凰印】をつけたままにしたいんですよね? しかし、装備を作成・更新すると初期装備特有の【永久破壊耐性】は失われます。まあ要するに【耐久値】が発生しますが、それでも?」
「構いません。耐久値回復のためにはここを訪れればいいんです?」
「その認識で構いません。故に、ミズチ戦のときのように毒でどろどろになったり、服が微妙に溶けたりしても一定時間で直ったりはしませんよ。よく覚えていてくださいね。それはそれでおいし」
「なにか言いました?」
「なんでもございません」
笑顔のやりとりだ。
しかしそこに吹いているのはオボロの技も真っ青な涼しい風である。そういえばミズチ戦は大変でしたね。ああならないように立ち回る癖をつけなければ。
「部位ごとにエッグを使用しますが、どこにどの子のエッグを使用するかは決めていらっしゃいますか?」
足元のアカツキを見る。
オボロを見る。
そして、首元のシズクを。
オボロはまっすぐとキラキラとした瞳で私を見て、アカツキは少し期待の瞳を向けてから視線を逸らす。シズクは……特に反応はなし。冷静だなあ。
「アカツキのを胴……えっと羽織りに反映されますよね? やっぱり緋色の羽織はそのままがいいなあって。シズクのは……腰装備はまだないので腰に巻く帯とか……作っていただければ。オボロのは足元の装備に」
「その心は?」
「オボロの装備だと足が速くなりそうだと」
小学生並みの感想。
頭の簪とかも更新したいが、さすがにそれはお金が足りなくなりそうだ。それに、最悪なにもなくても回避さえどうにかなれば勝てるわけですし。
「それじゃあ、お願いします」
「トレードで簡単な着流しをお渡ししますので、作業中はそちらをお使いください。作業は……そうですね、一日時間をいただけますか? ちょっと本気でデザイン考えるので」
「えっ、デザインまで!? あ、ありがたいですけれど、料金……」
「大丈夫です、正規から少し割引きする程度にしておきます。ケイカさんといえどタダにはいたしませんよ」
「そりゃそうですよ。あ、これが着流しですねー」
早速その場でくるくるっと回りながら装備を変え、自身を見下ろしてみる。温泉で着るようなピンクの生地に銀色の桜の花弁が散るデザインだ。シンプルだけれど、かなり可愛い。
ただし、裾は膝下が出る。
「やっぱり通報してもいいですか?」
「勘弁してください」
そんなこんなで初期装備の更新をエッグと共に渡してお願いした私は、暇潰しを兼ねて猫喫茶へと向かうのだった。
いつもありがとうございます!
明日も引き続き夜の更新となります。ご了承くださいませ!




