暗闇にマネキンはダメだと思うんです
暗闇にマネキンはダメだと思うんですよ。
館の中に入ってからの順路はマネキンとぬいぐるみを間近で見られるコースになっていた。床に矢印マークが現れたことから間違いない。
建物内は広く、どうやって順路を行くのかと迷っていたら、いきなり目の前の床に仄暗い矢印が現れたときはものすごく変な悲鳴が出てしまった。恥ずかしい……でもそれってホラー配信の宿命なんだよねぇ。
「マネキンの指の隙間にメモが挟まってますね……」
蛍光塗料かなにかが塗られているんだろう。薄暗い中でもマネキンの手のあたりが光っていてなにかと思った。順路がしっかり示されているうえに、探索漏れが出ないように、こうして見てほしい箇所は強調されているらしい。
メモの内容はっと。
――――――
影が現れる。
共存者と聖獣の幸せな形の影だ。
なぜ私の館に。
妬ましい。資格のない私を馬鹿にしているのか。
腹が立って、影が現れた場所に私を模したマネキンとぬいぐるみを、影とまったく同じポーズで設置したらその影は現れなくなった。
しかし、今度は別の場所に影が現れた。クソッ。
――――――
メモ1を手に入れた……ってウィンドウが出てるね。まだあるの? これ。
本格的にこの場所だけホラーゲームになってない?
「えーっと、確かここの館の人は共存者にはなれず、羨ましくてぬいぐるみを作っていたんですよね。で、そんな人の目の前に幸せな共存者と聖獣をかたどったものが現れたと。それを、自分を馬鹿にしているんだと思った館の人は、影を塗りつぶすみたいにして、マネキンとぬいぐるみを設置。でもそれも無駄で、いろんなところに影が現れ始めた……」
現時点でのまとめを呟きながら順路で示される方向へと進む。
「それで、なんやかんやあって発狂しちゃったということですね」
このマネキンとぬいぐるみの設置されている数を見るに、かなり長期間に渡って、さらに次々と影が現れたんだろうことは分かる。それをムキになって消し続けているうちに、館中がマネキンだらけになっていったと。
そりゃ発狂するよなあ……コンプレックスの塊が目の前に何度もぶら下げられたら嫌にもなるというもんだ。
順路沿いに歩き、男性が猫を抱いている絵画の前を通る。
ガタッ。
「っ……」
隣を通った途端に絵画が傾く。
うん、なんとなく来るとは思ってた。思ってたんだけどさ。驚かないわけではないんだよね。
ニャーーーーン。
肩のジンを横目に見る。首を振った。ジンが鳴いたわけではない……となると。
「じわじわ怖いのやめてくださいよぉ……」
傾いた絵画に描かれた猫がこちらを見つめている。その口元は、さっきまで開いていなかったのに、まるで一声鳴いたときのようにぽっかりと口が開いていた。勘弁して。聖獣は味方でいて……たとえお化け屋敷の絵画でも、驚かさないで……お願いだから。
「くうん」
腰が引けた私を、オボロが後ろからつついて「進もうよ」と示してくる。
そうだね、頑張らねば。
「ぬっ」
下手に悲鳴を抑えないほうがいいのかもしれない。かえって変な声が出ている気がする。
窓になっている場所を通れば窓の上から大量の血液らしきものがべっしゃあ……と流れ落ちてきた。
「上の階でピザでも食べてたんですかね」
『カッコ震え声』
『ねーよwww』
『現実を見て! これは血よ!』
コメントにちゃかされたり、コメントも驚いていたり、流れていくそれらがある意味心の清涼剤だ。これがあるからまだ私は頑張れているのかもしれない。
身近にいる聖獣達のもふもふがなければ、一歩も前に進めなかったかもしれないし、コメントがなければ早々にギブアップしていたかもしれない。本当に感謝している。
順路をゆっくりとまわり、メモ2を風呂場らしきところで発見。
お風呂にまで影が現れるようになってこの世を嘆いた文だ。風呂場の出入り口であるガラス越しに、たまにこの館の住民以外の姿も映るらしい。
絶対になにかあるなと思って風呂場に視線を向ける。
タキシード姿の誰かが背中を向けて立っている姿がそこにあった。
しかし、まばたきの間に姿は消えている。
うわ……。
そして一階を一周して、玄関ホールに戻ってくる。これで外に出られるかと思ったら、次は二階に続く階段へ順路が向かっている。
か、勘弁して……。
視界の端で、ぬいぐるみが一瞬動いたような気がした。
次でお化け屋敷は終わりのはず。




