枯れたオアシスと、砂漠に咲く一面の花畑
「お、お水〜、ばたん……ぷくぷく〜」
参ったとばかりに砂地に倒れているサボテン着ぐるみの女の子という図、なかなかヤバいよね。
とにかく、このままだと干からびてしまいそうなのでお水を与えないといけないんだけど……私達のほうも水分管理を若干忘れてシャチとマラソンしていたからか水筒の中身が心許ない。
かといって、サンゴさんを放置してその辺のサボテンに水分を採りに行くのもなんだかなあ……サンゴさん、着ぐるみ脱いだらもう少し涼しくなると思うのに。
周辺の人に頼ろうかと一瞬思ったが、どうやらシャチをソロで挑もうとした時点で普通のフィールドから、専用のフィールドに移されているらしく、人っ子一人いない。
そこから地続きでイベントに入ってしまっているので、倒れたサンゴさんの周りにも人はいない。本来ならスタンプを押しにいっぱい人が来ていてもおかしくないのに、だ。
『目回してるの可愛い』
『人魚に砂漠は辛いですよねー』
『どこからどう見ても人間なのに、どのへんが人魚なんだろうね……』
確かにね。人魚といったら下半身が魚の女性というイメージがあるが、サンゴさんは種族人魚のはずなのに普通に足がある。
なら海の中に住んでいるから人魚なのか? というと、乙姫ちゃんは人魚じゃなくて龍人ってことになっているし、基準がよく分からない。確かに耳は人魚にありがちなエラっぽいデザインだけども。
その辺の謎も、イベントを進めれば明らかになるんだろうか?
「うーん」
「ぷくぷくぅ……」
溺れているかのようなうわ言を漏らすサンゴさん。
うん、まあ、砂の海の中だから間違いではないのか?
「シズク、ついでに雨を降らせましょう」
「シャ!」
どうせ『恵み』をもたらすために雨を降らせる予定だったんだ。今やっても構わないだろう。そういう判断でシズクからペット化アクセサリーを受け取り、巨大化していく姿を見守る。
「さて……乾いてカラカラな砂漠に、恵みの大嵐の到来です!」
「シャグルァァァァ!」
私の声に合わせ、ビリビリと響き渡るような咆哮が空に向かって放たれる。
咆哮は雲を呼び、太陽を覆い、そしてポツリ、ポツリと雨を降らせていく。生ぬるい風が吹き遊び、砂を舞いあげる。
残念ながら本当の天候変化ではなく、私達の頭上に雲を作って雨を降らせているだけなので、雲の隙間から天使が舞い降りる道筋のように光が差しているところもある。風も強いので雲が流されていってしまうのも早い。
それでも雨は充分に私達を潤した。
「暑かったから気持ちいいくらいですね!」
『環境破壊では? ボブはいぶかしんだ』
『細けぇこたいいんだよ!』
『え、そういう仕様じゃないの?』
『私も似たようなことしましたね。全体に雨を降らすスキルはなかったので少量ですが』
『それより、サンゴのいるところってオアシスじゃなかった? オアシス枯れてね???』
『あ、誰も指摘しないからわたしがおかしいんだと思ってた。オアシスがあるはずだよね? そうだよね?』
雨を全身で浴びつつもコメントを流し見る。
オアシス。なるほどね、砂漠の『ゴール』としてはそれ以上に相応しい場所はないだろう。けれど今ここにあるのは枯れた大地だけ。
これもあれか。一部にしか見えない光景ってやつかな。ということは……水筒で水を与えるだけじゃなくて、大嵐を発生させたのは正解だったのかもしれないね。
だって、水で満たすべき場所には覚えがある。
視線をサンゴさんのいた場所の、さらに奥を眺める。最初、ここに来たときにも思ったことだが、奥には大きなくぼ地があって、そのフチには洞窟もある。
多分本来ならサンゴさんはあの洞窟にいたんだろうな。
よりゴールに相応しい場所といえばあそこくらいだもの。だから、その手前にあるくぼみは多分……。
「オボロ、サンゴさんを運ぶのを手伝ってください」
「ワウン!」
レイドバトルはすでに終わってしまっているのでレキはいない。屋敷に帰ってしまっている。こういうとき、人を運ぶのはレキがいてくれるとツタで巻いて持ち上げられるから楽なんだけど……今はいないのでオボロに背負ってもらう。
頑張ってサンゴさんを着ぐるみごと持ち上げて、伏せをしたオボロの背中に乗せる。それから丸いくぼ地を迂回しながら洞窟に向かうことにした。雨に打たれながら……だけど。
でも、雨に打たれたからかサンゴさんはオボロにしがみつくだけの元気は取り戻したようで、ぐったりしつつも無言でオボロの背中をもふもふして遊んでいる。オボロはなんとなく迷惑そうに身をよじらせているけど……もうちょっと待ってね。洞窟でひと休みするから、そのときにブラッシングもしよう。
……洞窟に入って雨宿りを始めてから二十分。
雨が降り始めて、三十分ほど経過した。そのとき、洞窟の前にある大きな丸いくぼ地に変化が起きた。
雨が溜まってオアシスの湖になるだけだと思っていた自分の予想が、いい意味で外れた。
ザア、ザアと降り続ける雨。
変化がないと思われたそのとき、変化が起きた。
その雨水全てが、くぼ地に当たった途端に淡いピンク色の光を放ち、そこからハスの花がほころび咲くような幻と共に水が溢れ出し、くぼ地が一面の湖へと生まれ変わっていく。
くぼ地の周囲に落ちた雨粒は薄紫色の光を発して、砂の中から光と同じ紫色の花が成長して一面を覆いつくしていく。洞窟まで届くほどの、その花は小ぶりだが生命力の強さを主張するよう、力強く砂に根づいている。
小ぶりだが、花だけが強く主張するような5枚の紫色の花弁の植物。葉は肉厚で、地面に近い部分に少しだけ見える。
シャチ戦用に入れ替えていたスキルと『鑑定』を入れ替えてこの花を鑑定してみれば、『パタ・デ・グアナコ』という結果が出て植物図鑑に登録される。
調べてみれば、現実でも存在する『砂漠の一面に咲いた花畑の花』らしい。
やがて雨が降るターンが終わり、雲間が晴れてオアシスには虹の橋がかかる。
まさにオアシス。砂漠の中にある、一点の奇跡の光景がそこにあった。
「思わず写真を撮っちゃいました」
『気持ちは分かる』
これでまた、サーバー上のアルバムにしまう素敵な思い出ができたね。
前回のユールセレーゼ達の呼び出し時間を「三時間」に修正。HPバーも三本に修正。
砂漠と言ったらオアシスというのはお約束。




