砂海を悠然と泳ぐ影
「暑い……と言えば暑いんですけどね」
さすがにゲームの中だからか、そこまできつい暑さではない。耐えられる程度だ。実際に暑すぎたりしたら、ゲームを投げ出す人も出てきてしまいかねないからね。
それなりに暑いし、視界の端に暑さの限界を知らせるパラメーターが表示されている。それを水を飲みながら調整しておかないと、火傷として継続ダメージが入るようになってしまうシステムだ。
「わっと!?」
「くん!」
そして、たまにあるのが砂の海の中でも深いところに足をはまらせてしまうことである。いわゆる流砂ってやつだね。円状になった砂の渦が発生しているところに、うっかりと足を踏み入れると転んでしまいそうになる。
流砂は暑くてどんどん引き込んで来るものだからダメージが発生する。ダメージがあれば逃れるのも難しくなるから、ますますダメージが入り、と悪循環に陥ってデスペナルティ……なんてこともありそうだ。
実はいまだにデスペナルティに陥ったことがないんだよね。『不殺』を貫くなら、実質避けゲーになるし、その分死ににくいのだ。
あとは。
「シャーーーーッ!」
流砂の中から細長い魔獣が飛び出してくる。
頭がドラゴンのようになっている蛇、ワームドラゴンだ。普通にワームといえば大きなミミズのようなものを想像してしまうけれども、本当は『ワーム』っていう幻獣は手足のないドラゴンのことを指すらしい。神獣郷オンラインではそっちの意味合いで使われる名称なんだとか。ワイアームとも言うけれど、表記揺れしないように全部ワームで統一されてるみたい。
「オボロ、凍らせて」
「ワオン!」
この流砂のワーム達は基本的に渦の中に落ちて来たものを巨大な口でパックリと食べる『アリジゴク』みたいな待ち伏せ型の魔獣だ。それに再生能力が高いらしくて、普通に倒すのも難しいらしい。私達は傷つけることはあんまりしないし、こっちの情報はコメントで知ったことだね。
ゆえに、ワームは根気よく接触しに行ってスカウトするか、もしくは凍らせて動きを止めている間に通り抜けてしまうのが一番いい。
私は後者を選んで砂漠を進んでいる。
ときおりサボテンに擬態した魔獣がいたり、サボテンの水分を飲みに来る魔獣がいたり……と、砂漠でも数多くの魔獣を見かける。
同じウルフ系の魔獣でも砂地に特化したタイプの子がいたりするね。
草原で育ち、雪属性に特化したオボロはちょっとしんどそうだ。
「ボスはどこにいるんでしょうねー」
多分ここにもボスはいるだろう。
だけれど、さっきから鳥居が見当たらない。鳥居がある場所が、いつもはボス戦フィールドの手前にある。仮セーブできるようになっているからだ。なのにどこにも見当たらない。この砂漠で鳥居なんてあったら目立つはずなのに。
「それとも、いつもと仕様が違うとか?」
わりとそれはありえそうだ。
コメント達は的確にネタバレを伏せてこちらを観察したり、「どうでしょうねぇ」と意味深に言ってみたりしてきているので新システムが来ると予測しておいたほうがいいのかも。
「ここは……岩場が多いですね」
そうして、砂の海に岩のゴツゴツとした地面が混じっている場所に辿り着いた。ひゅうひゅうと風が吹き、砂が巻き上がる。ダメージは一切ないが、反射的に目を閉じてから辺りを見渡す。
「なあに、あれ」
漏れた声は、呆れ。
私の視界の中に飛び込んできたのは砂の海を縦横無尽に泳ぐ三角のヒレのようなもの。黒い三角のヒレが、砂の中を悠然と泳いでいる。しかも結構大きさがある。あの背ビレの大きさなら、本体はトラックよりも大きいんじゃないか?
「なんかサメ映画で見たことある光景ですねぇ」
砂の中を泳ぐサメか。
私達が近づいていくと背ビレの主がこっちに気がついたのか、いきなりサメ映画でお馴染みの曲っぽいものがうっすらと流れ始めた。あからさまにサメ映画のあの曲だが、微妙にアレンジが利いているのがにくいね。
「もしかしたら、あれを漁でとれってことでしょうか……」
私の心の中は困惑でいっぱいである。
そうこうしているうちに背ビレがこちらに近づいてきて……一度大きく沈むと、空中に思い切りジャンプ!
私達に襲いかかってきたのは、黒と白のコントラストのサメ……ではなく、シャチだった。
「いや、サメじゃないんかい!」
『ケイカちゃん、敬語敬語』
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レイドバトルに移行することが可能です。
仲間を募集しますか?
* レイドの枠は共存者四名×四匹の聖獣の二十名まで。
* ソロで挑む場合は、他の枠を用いて最大十九匹まで聖獣を参加させることが可能です。
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レイドバトル? 仲間? なにを言ってるの?
ソロでやるに決まっているでしょうが!
こうして、せっかくのレイドバトルシステムをガン無視して私は巨大シャチに挑むのだった。
共存者一人につきパートナー四匹で五人分。それが四パーティで二十。




