『たたかう』か『たたかわない』か『こうどう』か
目の前に佇むは四つの目玉と手のような尻尾、翼と馬のような脚を持つ狼。
静かにこちらを見つめる彼女は、ゆっくりと微笑むように座り直した。
「こんにちは、こちらは相変わらず霧が深いですね」
挨拶を交わして、まずは遺品のロケットペンダントを選択。
「ハインツは逮捕されました。もう、どこにも赤ん坊を狙う悪い人はいません。そして、ハインツの泊まっていた宿から、あなたのパートナーの遺品が発見されました。あなたが持っていたほうがいいでしょう」
ペンダントの蓋をカパッと開き、中の写真を見せる。
ゆっくりと頷くユールセレーゼを認めると、視界の端に選択肢が出現した。
――――――
ユールセレーゼに遺品を渡しますか?
>はい
いいえ
――――――
渡しますよそりゃあね。
すかさず『はい』を選択すると、ペンダントを彼女の首にかけてやるように、と指示が現れる。それに従ってペンダントを渡し、まるで交換するように赤ん坊のカゴをくわえてこちらに渡してくる。
「あ、少し待ってくださいな。まだ渡したいものがあるんです」
多分赤ん坊を受け取ったらイベントは終了してしまうだろう。
そう判断して、いったん止める。
それから、こっそりと以前ユールセレーゼからもらった白梅のお守り袋を『装備』して、首から下げ、もう一つの遺品である『遺書』を渡すことを選択する。
配信を見ているみんなにはその内容は映らない。
多分、それでいい。このあと――遺書の内容をイベントで聞くことになるだろうし。
「これ、遺書です。読めますか?」
頷くユールセレーゼ。やはり賢いんだよね、この子。
手の形になっている尻尾で受け取ってもらい、しばらく待つ。四つある目のうち、人間の目に近い二つが文字を目で追っている。恐らく『猿』の子だよね? この子が文字を読める子なのかな……手紙の内容からしても。
そうして一枚読み終わり、二枚目も瞳と口元を綻ばせながら読み終わり、三枚目をまくったとき、彼女は驚きで目を見開いていた。
「遺書に、書いてあります。赤ん坊に生命力を分け与えて、もう力はほとんど残っていないはずです。そして、あなたの命も尽きようとしている……私はそれが嫌です。ユールセレーゼ、私と一緒に来ませんか? 仮の契約でもいいんです。あなたの命を繋げるお手伝いをさせてください」
三枚目に書いてある内容は『私に義理立てする必要はない。君も新しい幸せを見つけてほしい。どうか、どなたかと仮の契約を交わし、子供と共に生きてくれ』というものだ。
この手紙だけで彼女が契約してくれるのなら、それでいい。しかし、そうでないのなら……。
「グルルルル……」
彼女が目を伏せる。
そして次の瞬間、強い光を放ち、私も咄嗟に目を閉じた。
コメントで『うおっ、まぶしっ』とかなんとか古典ネタをやっているのが見えて、くすりと笑う。それから閉じていた目を開くと……そこにはユールセレーゼが四匹いた。
「どういうつもりですか?」
それぞれ、見た目はユールセレーゼそのものだ。しかし、色がどことなく違う。
先程ユールセレーゼが立っていた場所にいる子はそのまま『白い狼』だ。
その右隣にいるのは『薄紅色の狼』である。尻尾の先が完全に猿の手のようになっていて、人間に似た瞳が爛々と輝いている。
白い狼の左隣にいるのは『蒲公英色の狼』だ。背中の翼がより一層大きく強調され、他の子とは違い、前脚部分が鳥のかぎ爪のようになっている。
そして最後に、こちらから見て一番左端。蒲公英色の狼の更に左にいるのが『水色の狼』である。所々体に鱗のようなものが浮かび上がり、こちらも特徴が他の子と異なっている。尻尾が人の手の見た目ではなく、魚の尻尾のようになっているのだ。脚部は完全に馬の蹄に変化している。
コメントがユールセレーゼ達の変化に驚いている。
当たり前だろう。いきなり特徴の異なる、似たような狼が分身するように増えるだなんて。私もこれはちょっと予想外ではあった。でも、やることは多分……変わらない。
「どういうおつもりですか、ユールセレーゼ」
「……ワタシたちはかつての友を忘れることができない。しかし、アナタが心優しく、素晴らしい共存者であることは理解している。故に」
薄紅色の狼が喋りだし、更にコメント欄が騒がしくなる。
私も私で、またシャベッター!? なんて言わないように口を閉じて話を聴くのが精一杯だ。
さすがに喋るとは思わなかった。いや、今までダンマリだったじゃん!
だったら最初から翻訳なしでも喋って!
「故に、アナタを試させてもらう。ユールセレーゼを除く我ら三匹はスキルによって分かたれた分身なり。我らを倒したとてユールセレーゼには影響がない」
アッ、これは。
「我らを従わせたいのならば、この分身を倒し、力を示してみせよ!」
やっぱりこうなるのね。
「……分かりました。それでは、あなた達に示させてもらいましょうか。私達の絆と、覚悟を」
だけれど、この子達はひとつ嘘をついている。
確かに、ユールセレーゼ以外の三匹を倒しても彼女には影響がないだろう。
しかし、分身とは言っているが、あれが『中身のない分身』であるとは限らない。
三匹の分身に現れたそれぞれの特徴は三つ。『猿』の手と目。『鷲』の翼とかぎ爪。『馬』……否、ケルピーという半馬半魚の蹄と、尻尾。
それぞれの分身に、それぞれの魂が入っているようにしか、見えない。
つまり、倒せばユールセレーゼは無事だが、他の子を殺すことになる。
それを言わない。言ってくれないということは……あの子達は、私を利用して『自殺』するつもりなんだ。
遺書を見つけることができていてよかった。
でなければ、私は気づかなかっただろう。気づかないうちに、『不殺』を守れず殺してしまっただろうから。
「だから、ハッピーエンド以外は認めないって言ってるじゃないですか!」
ユールセレーゼ達は先に『スカウト』を用いて浄化してしまっている。
今のあの子達は魔獣ではない。聖獣だ。対魔獣の正攻法では攻略できない。仲間にすることはできない。
選ぶは『たたかう』か、『たたかわない』か。それとも、彼らの心に訴えかけるような『こうどう』を取るか。
「大丈夫です。こうならなければいいとは思っていましたが、こうなってしまった以上は全力でやります。攻略法は、既に分かっていますから」
なにも知らないコメント欄は考察と、私の意味深な言葉に向けた疑問ばかりが溢れている。だって、攻略法見せてないからね。これから実践するから見ていて。
――ヒントは全て、手紙の二枚目にあった。
――――――
薄命の合成聖獣が立ち塞がった!
――――――
脳内にそんなテロップが思い浮かぶ。
今、全力の『説得』が始まる!
作業用BGMは「Heartache」
アンテ的な攻略法……とだけ。




