幸せに繋がる意図
ハインツって人はそこそこ派手だった。
貴族然としていて、キラキラしていて、ロン毛のイケメンで、一見人の良さそうな顔をしている……道を踏み外した人殺しだった。
リリィも相当なものだったけれども、彼は良いところのお坊ちゃんとしての役割を持ってしまったせいか、道を踏み外してなお振り返ることなく進み続けるしかないほどに、拗らせに拗らせていた。
キイ、と扉が開く。
蓮華の宿屋。その二階の奥の部屋。ハインツが泊まっていたらしいその場所に入り、手探りに電気を点ける。
重ねて言うが、本人はとてもキラキラしていた。
内心はドロドロに真っ黒なものが渦巻いていたのかもしれない。けれども、少なくとも外面は取り繕っていて、貴族らしさを誰よりも求めていたんじゃないかと思う。
そんな彼が借りた部屋は――殺風景だった。
「……」
どんなに飾り付けても、どんなに装っても、誰も訪れない自身のテリトリーにまで『虚飾』を取り繕うことはない。
もしかしたら宿屋の女将さんは見るかもしれないのに、なんにもないガランドウ。
そこに残っていたのは、どうしようもない虚無だけだ。
「重いんですけど」
呟いて溜め息を吐く。
重い。重すぎる。他人に託すにはちょっと重すぎやしないですかね? この虚無感。すでにしんどいんだけれども。
「うなぁん」
「うん、大丈夫……大丈夫……ちょっと吸わせて」
「みっ!?」
「大丈夫ですよぉ〜、天井のシミでも数えている間に終わりますからねぇ?」
反射的に逃げ腰になるジンを両手で持ち上げ、そのお腹に顔を埋めながらもっふもふする。そりゃあもう、思い切りもっふもふする!
「ぎにゃーーー!」
ルンルンでデートしに来た先の宿屋で、問答無用に無体を働かれる子猫ちゃんの姿がこちらです。
「はー! 猫をキメると生き返りますねえ!」
ジンは途中から抵抗することを諦め、ぐったりとしながら天井を見つめていた。本当に天井のシミでも数えていたのかもしれない。どこのエロ同人だよ。誰だそんなこと言ったの。私か。
「この殺風景な場所のどこに遺品があるってんですか……場所まで教えてから逮捕されてくださいよもう……」
まあ、許可は取っているわけですし……と宿屋に備え付けられているのだろうキャビネット? 棚? を調べ始める。
旅の道具とか金銭関係がなにもないから、どこか金融機関的な場所に預けてるのかもしれないなあ。このゲーム、一応預かり機能はあるし。銀行みたいなところもある。
どれだけリアルになっているかは分からないけれども、ある程度の形は整えられているはずだ。この世界で育ったNPCなら、当然使っているだろう。
「んー、あ、ロケットペンダント」
しばらく探り、見つけたのはハート型のロケットペンダントだ。ぱかりと蓋が開いて、中に写真を入れられるやつと言えば分かるだろうか。ありきたりだが、遺品と言われると「確かに」と頷いてしまう代物である。
「失礼します」
念のため呟いてから蓋を開ける。
中に入っていた写真は見知らぬ男女が、どこかユールセレーゼに似た普通の狼に両側から抱きついている写真だ。狼を中心として男女。そしてその後ろにずらっと馬や猿、そして翼を折りたたんだワシがカメラ目線で佇んでいる。
ということはこの二人が、ハインツの弟夫婦か。
……そういえば、名前も知らない。
それから、こっちは本?
うわっ、『キメラ型魔獣についての研究』ねえ……。
いや、絶対重要アイテムでしょ。絶対に必要な情報入ってるでしょ。
でも結構分厚いんだよなあ。
ゲームだとどんな分厚さの本でも、内容を抜粋したみたいに少しの内容だけ読み取れるようになっているけれども、この神獣郷オンラインはどうなっているんだろう? VRだから直接本を見れちゃうし……と思いつつ、ぱらりと本を開く。
――共通の強い思いを持っているとき、複数の魔獣が望めばキメラ型の魔獣として生まれ変わることがある。
――キメラ型の魔獣は寿命が非常に短い。
――パートナーと共にいなくとも本来は回復する生命力も、キメラ型の魔獣や聖獣は回復能力に欠損が見られており、放っておくと死んでしまう。
――彼らの能力は強力だが、その多くはどんな共存者のスカウトにも応じず滅びてゆくため、未知数である。
――せめて、仮の契約でもできれば……生命を維持してやることもできるのだが。いまだに成功したことはない。聖獣に引き戻した魔獣ならあるいは……しかし、どちらにせよ……聖獣は生涯ただ一人の共存者にしか従わないとも言う。他人が従わせるのは困難を極めるに違いない。
――むしろ、最近はキメラ型の魔獣を作ることに忌避感が強く働いている。故に、私はこの研究から降りることにした。研究資料は持ち出し、信頼する家のご子息に渡すことにする。どうか、こんなものは燃やしてほしいと願いを込めて。
本のページを進めるたびに、本から浮かび上がるように文字が現れる。
なるほど、こういう仕様なんだなあ。
……このままだとユールセレーゼ、死んでしまうのでは。
待って待って、そんなのは勘弁だよ!? あの可愛くて健気で愛しみに溢れた子がなす術もなく死んでいくとか、そんなの嫌なんですけど!?
まだ、まだなにかキーが必要なのかな……。
そうか、本来聖獣とパートナーはお互い達しかいない。忠義の心や友愛が強ければ、私のスカウトもユールセレーゼには届かず、この事実を伝えたとしてもあの子の性格では死を選んでしまうかもしれない。
なんせ、赤ん坊に生命力を分けているわけだし。
そう、そうだよ! 赤ん坊に生命力を分けているわけだから、あの子の寿命は通常よりも、もっと短い!
一応現場に行かなければミッション用の時間は進まない仕様があるから、多分私達がユールセレーゼのところへ行くまであの子の寿命はどうあっても尽きないはず。だからこちらでなんとかする方法を探さないと。
さすがにそんな結末じゃあ、心がしんどすぎる! 時間がない。時間はあるけど、時間がない。矛盾した気持ちで棚をひっくり返す勢いで他にないかと漁っていく……きっと、なにかキーがどこかに……。
「うなーん」
「ん、どうしました? ジン」
私が棚を探している間に、どうやらジンは家具の隙間を覗き込んでいたようで部屋の隅から鳴き声をあげた。隙間? ああ、盲点だった! もしかしてそこになにかがあるの?
「ジン、取れる?」
「んんんん〜にゃ!」
たしっ、たしっ、と手を伸ばして小柄なジンが隙間からなにかを取り出す。
紙? いや、封筒? これは……。
「ユールセレーゼに、あてた……遺書……弟ご夫妻の」
慌てて綴じられていない封筒を開き、中身を急ぎながら丁寧に取り出すという矛盾もいいところな手つきで確認する。そして、その内容に笑みを浮かべた。
幸せに繋がる糸、見ーつけた!
そんな感想書かれちゃったら期待以上のもので応えたくなってしまうじゃないですかー! やだー!
微妙にTRPGっぽい探索の仕方になりましたが、ゲームってこういうものだよね!!!




