晴れの日に、優美なツバメが友に添う
腕の中の黒いカラスが眩い光に包まれ、ふわりと浮かび上がる。
その光景には見覚えがあった。
だって、今までこの目で何度も見てきたんだから。見覚えがないわけがない!
「まさか、進化……? グレイス、が……?」
そう、進化。
涙で目元を濡らしながらハインツが目を見開いて、その光景を食い入るようにして見つめる。
この展開にはコメントのほうも驚いたみたいで、すごい勢いで視界の端をコメントが流れていくのが見える。まさか、こんな奇跡みたいなことが起こるだなんて、誰も思っていなかったんだ。
光はやがて収束し、カラス一羽分の大きさが小さくなっていく。
それは手のひらほどの大きさにまで縮小すると、あたたかい光が散り、とうとう姿を現した。
「キュルルル!」
黒曜石みたいなつぶらな瞳が私を見上げる。
――いや、その視線はハインツのほうを向いていた。
すぐ近くにいる私ではなく、ハインツを。
「ハインツさん、ほら」
「……あ、ああ」
ハインツが震える手で、小さな小鳥を受け取る。
カラスのときよりも明らかに体格ごと小さくなり……ありていに言えば『弱そう』になったその姿。以前の彼ならきっと拒絶したし、切り捨てようとしただろう。
けれど、今のハインツはその小さな体に触れた。
黒い瞳。青く美しい翼。小さな体。その全てを手のひらに受け取って、涙を滲ませる。
『幸せの青い鳥だ』
ひとつのコメントが、目に入る。
ああ、確かにそうだ。進化したグレイスの翼は青い。漆黒のカラスから、青い小鳥に進化している。それは間違いない。
気になって『観察眼』を使い、種族名を調べる。
――――――
名前: 【グレイス】
種族: 聖獣サニー・スワロウ・グレイス
――――――
コメント欄のみんなにも見えるよう、設定して種族名を確認した。
グレイス……意味は、先にも言ったように『優美』である。晴れ属性の、『優美なツバメ』という名前だ。
奇しくも、ニックネームと同じ種族名。
そして、翼の青いツバメ。
青い、鳥。幸せの青い鳥。
権力や目先の欲にばかり囚われ、遠くの幸福ばかり見つめてきていた『ハインツ』が、いつも隣にいた相棒という『身近な幸福』を見つけることができたという奇跡。
青い鳥の物語を幾分かなぞるような、その関係に私も自然と目元を拭っていた。
「お前……どうして……」
「キュルル……」
顔を近づける彼に、グレイスは手のひらの上から背伸びをするようにしてクチバシを頬に寄せる。親しみを全身で表しながら彼の涙のあとを柔らかく、つついているみたいだね。
「よかったですね」
「ケイカさん……」
ジト目でハインツを眺めながら、ゆっくりと近づく。
「遠くにある幸福ばかり追いかけていたようでは、身近な幸せには気づけない。最後の最後に気がつけてよかったですね。誰も味方しない孤独よりはまだマシでしょう……」
一匹だけでも心の拠り所があるなら、悪人にしては救いがあるほうだ。それも、こんな奇跡まで起こせたのだから。恐らく、彼の心は既に折れている。
気づいてしまったのなら、気づく前には決して戻れない。
ハインツは、もう二度と罪を犯せない。
でも、犯した罪はなくならない。
亡くなった人は戻らないし、悲しんで魔獣に堕ちた聖獣がいたという事実は覆らない。
だから。
「あなたの味方をしてくれる子がいてくれてよかった。これで、私は心置きなくあなたを許さないでいられる。嫌いでいられますから」
「ああ、許さないでくれ。絶対に。憎んでくれ、思う存分に」
「……」
なーんか、そう言われるとなあ。
「……やっぱり私からは恨み言のひとつも言わないようにしましょうか。許します。許しちゃいます。手のひらクルクルしちゃいます。だって、あなたは憎まれることを望むんでしょう? 望まれることをしてやるほど、私優しくないですもん」
ぷいっとそっぽを向いてから微笑みを向けてみる。
うん、なんかこういうときって、天邪鬼になってしまうよね。
実際。許されるほうがこういう場合、罪悪感が残るものだ。
よくあるでしょう? 悪人キャラが「決して許してくれるな」って言う感じのシーン。あれって、要するに自分の気持ちを楽にしたいだけなんだよ。
こういう人は赦されることが一番の罰になるものなんだよね。
それで、こういうセリフの後には大抵――。
「あなたは優しい人だな」
予想、大当たり。
とはいえ、実際に言葉をもらうとちょっと嬉しいかもしれない。顔には出してやらないけど。
「ほら、もうそろそろいいんじゃないですかー? 通報を聞いて来てくれた警察の人、そこにいるんでしょう? さっさと連れて行ってくださいよこの人。これ以上、私は面倒なんて見きれませんよー?」
恥ずかしくなってきたので警察に投げる。
リリィのときみたいな情状酌量の余地はほとんどない。最後の最後に多少改心したとはいえ、罪は罪。
赤ん坊の件があるので、もしかしたらもうゲーム内には出てこないんじゃないかな……。ユールが安心して出歩いたり赤ん坊を人間に預けて暮らせるようになるためには、こいつの存在が一番のネックだったわけだし。
「現行犯逮捕します」
「ああ……」
「ケイカさん、現行犯逮捕ではありますが、せっかく集めた証拠です。提出をお願いします」
「はい、どうぞー」
警察役の人に自らついていくあたり、本当に改心しているみたいだ。
一応、無理矢理逮捕に繋がるよりは『和解』に近い……のだろうか。
さすがに全員友達に〜みたいな展開はないか。
そういうのは、相手側が根本的に『いい人』じゃないと成立しないからなあ。
「……ケイカさん。数々の非礼を詫びる。あなたが道端で散財していたのも、全ては俺を逮捕するために打った芝居だったのでしょう? お見事でした」
「っぐぅ」
『ぐうの音が出た』
『草』
『盛大な勘違いされてるwww』
『これが本当の勘違いもの???』
やかましいわ!
「最後にひとつだけ、お願いしてもいいだろうか?」
「はい、なんでしょう?」
まあ話を聞くだけならと先を促してみる。すると、彼は番号のついた鍵を手渡してきた。反射的に受け取ってまじまじと見る。
「これは?」
「俺が拠点にしていた宿の一室の鍵です。このヒノモトの『蓮華の宿』という場所。その二階の角の部屋を、一時的な拠点としてユールセレーゼ達を探していたのです。そこにあいつの……弟の遺品が残っている。だから、ユールセレーゼの元に持っていってやってほしい。頼みます」
ゲームの住民すーぐお使いを頼んでくる〜!
でも、多分これが一番最後の依頼ってやつになるんだろうな。
ヒノモトの住民はみんな漢字で表せる名前だし、ハインツだけ異色だったんだよね。やっぱり、この国の貴族ではなかったか。
そういえばユールセレーゼにも、出身国の話は聞いてないし、遺品を届けるついでに聞いてみようかな。
「……ひとまず、その依頼を受けましょう。最後の慈悲として」
芝居がかったセリフで依頼を受注し、さっさと行けと手を振った。
遺品を回収してユールセレーゼに渡す。それだけでこの一連のストーリーは完結するはずだし、国のことも訊けば謎も全部解けるだろう。
「うー……」
ちょっと疲れたが、あと少しだ。頑張らなくては!
作中の言葉がタイトルになってるのっていいよね。
もうちょっとだけ続くんじゃ……。




