どんな人とも和解できるRPG
「クァーッ!」
「いたっ!? なぜです! 神獣様!」
伸ばしてきたハインツの手の甲を、思い切りアカツキがクチバシでつねった。あれは痛い。鳥全般そうだろうけれども、特にカラスのクチバシって分厚くて硬いからね……絶対痛い。
「あなたこそ、私から神獣を奪おうとしているように見えますよ? ハインツさん。あなたを慕っているカラスが可哀想だとは思わないんですか? たとえ進化できなくとも、ずっとあなたの隣にいたその子が」
仕切り直しだ。
アカツキの反応のおかげでシリアスさんが息を吹き返したことだし、今のうちに畳み掛けておかないと!
『でもオウンゴールした事実は永久に残るよね』
『さっきの部分、絶対コメントごと動画残るでしょw』
『投稿準備OK』
『動画職人の朝は早い』
お黙り!!!
というかそんなもの用意しなくていいから! むしろやめて!
『ニヨニヨ動画で大量の赤文字がつきそう』
『最近じゃエレヤンコールもよく見るよね』
私の舞姫という素敵なイメージが崩れるから本当にやめて!
とかなんとか言ってもみんなは止まらないんでしょう! 知ってる! 泣くぞ!? みっともなく恥を晒して泣いてやるからね!? ファンのせいですって言って泣いてやるー!
『人、それを恥の上塗りと呼ぶ』
『思考入力漏れてますよ()』
危ない危ない。思考入力切っとくか……。これって便利だけれども、意識して強く心の中で言った言葉が勝手に入力されちゃうときもあるんだよね。
ちなみにVRホラーゲーム実況とかする人はこの方法で実況する場合が多い。本当にプライベートな住所やら本名やらは事前に設定しておくと、その部分が切り抜かれて代わりにピー音が流れるようになっていたりするらしい。無駄に精巧な技術である。
「本性を現しましたね? 欲深いあなたのことです。己の聖獣を進化させられないあなたは、焦って他人の神獣を自分のモノにしようとしていた……だから、私を狙ったんですね。ユールセレーゼ達が言ったことは本当だったみたいですね」
「なっ、その名前は……!」
「あら? この名前に聞き覚えがあるようですね? そうですよねぇ、当たり前ですよね? だって、ご自分が探していた魔獣の名前ですから」
ハインツの瞳が憎悪に染まる。
彼の手が届かない場所までひらり、ひらりと後退して扇子で口元を隠すと、視界の端に一匹の蝶々が飛んで行った。
それを確認してからもう一度口を開く。
「……いえ、こういったほうがいいでしょうか? 赤ん坊を連れていたのは、魔獣ではない。あなたが殺した、弟さんの元パートナーでした。赤ん坊はあなたの弟さんの実の息子。つまり、パートナーにとっては守る対象でした。では、誰から守る? ……それはもちろん、あなたの魔の手から」
「なぜだ。昨日は見つからなかったのではなかったのか? なぜ嘘をついた。なぜお前達は行方をくらませることができた!」
「あら、否定しないんですか? できませんよね。ここまで知られては……そう、生かしてはおけない?」
わざと煽るように、笑顔になって扇子をぱたぱたと振る。
嘲るように「うふふ」と笑えばイケメンの端正な顔立ちが思いっきり崩れた。
それと同時にコメントのほうで突入することを希望する声が相次いでいるが、まだもうちょっと待ってねとおあずけして話を続ける。
このままでは危害を加えられてしまうぞ、と忠告もされているが、煽るのはやめない。
「場所は? あの山か! あの山だな!? 教えろ! 命が惜しければ今すぐアイツの場所を教えなさい!」
「嫌ですよそんなの。ここで教えるような馬鹿がいると思って? そんなことも分からないだなんて、さすが、長男なのに当主に選ばれなかったかたですわ? お可哀想に」
「貴様!」
ここまで小物ムーブされるといっそ清々しいな。
あ、待って。煽るのちょっと楽しくなってきた。
ブチ切れて青筋を浮かべるハインツを、まるで見下すように意地の悪い笑顔を向けて言葉を紡ぐ。
「おおかたアカツキを手に入れて、ご自身のカラスが進化したのだと吹聴しようとしていたのでしょうが、お生憎様。アカツキにも意思というものがございますの。たとえ無理矢理手にしたとしても、あなたのような人を友として従うわけがないじゃないですか」
真っ赤になったり真っ青になったりしながらぷるぷると震える彼に背を向ける。コメントで背中を向けるな、とお叱りを受けたがこれでいい。こうじゃないといけない。
大丈夫、さっきやった扇子の仕草で『蝴蝶の幻』のスキルは使用しているから。たとえ背中を撃たれたりしても死ぬことはない。なかったことになるだけだ。
「それではご機嫌よう。これで話は終わりです。さようなら、これから証拠を全て揃えて警官に提出してきますので、大人しく指でもくわえて……」
ガチャリと、背後で音がする。
ああ、やっぱり拳銃を持っていたかと楽観的に思考し、そのまま歩き出す。
ここで私を直接殺そうとしてくれれば、証拠は全て完成。そのまま映像と共に提出してこの世界の警察に届ければ彼は破滅するだろう。
武力行使で逮捕しようとしないだけ、まだ私は温厚なほうだと思う。
しかし、全て和解できると謳っているこのゲームでも、こんな展開になるんだなあ……と、先に気がついていればよかった。
空気を引き裂くような拳銃を撃つ音が響き渡り、やっとかと振り返ると――そこに、血の代わりに散る赤いエフェクトと、黒い羽根が舞い散っている光景があった。
目を見開く。
「どうして」
口を覆う。それから、すぐにアイテムボックスの中に手を差し入れた。
「なぜだ! なぜそいつを庇う! グレイス!」
翼を目一杯に広げて、私を守るようにして撃ち落とされた一羽のカラス。
その体をすぐさま受け止めて、ありったけの回復薬をぶちまけた。
「今すぐ通報してください! 今すぐ!」
想定外の出来事。
しかし、これは確かに私の楽観視と甘さが招いた出来事。
だからすぐに対応する。死なせはしない。絶対に殺させない。
だって、この子は。ハインツのカラスは、彼にこれ以上罪を負わせないために……こうしたに違いないから。
「ハインツさん! こっちに来てください!」
「……なぜだ、なぜだ」
……ハインツは、どこか泣きそうな顔で茫然としていた。
シリアス「ただいま」
温度差「やあ」
グッピー「 」




