平和に暮らしてもらうために必要なこと
「赤ん坊はあなたのおかげで生きている……けれど、私はできればあなたにも生きてほしいのですよね」
魔獣は耳をぴくり、ぴくりと動かして顔を上げる。
四つある真っ赤な瞳が私を見つめていた。この子のためなら命も捧げる覚悟を持った目だ。
ただ悲しい思いをした子が『魔獣』だなんて呼ばれることに心苦しく思う。この世界は案外、踏み込んでいくと残酷だ。ゲームなのに。心がしんどい。
「くー?」
目を伏せる私に、アカツキが心配そうに覗き込んでくる。
うん、大丈夫。きっと大丈夫。
さて、この依頼は今まで誰も受けた者がいなかったように、恐らく激レアイベントだ。複雑な条件が重なっていると予測される。
私と他の人の一番の違いは、やはりアカツキが神獣になっていることだ。神獣を連れていることが一番の条件。
話を聞いているとくだんの兄とやらもカラスの聖獣を連れていて、だからこそ案内役のカラスが、この魔獣と赤ん坊を護りたい他の魔獣により襲撃されやすくなっていた……というわけだが。
もしかしたらカラス型の聖獣が神獣になる、という条件もあるのかもしれない。もしそうなら、それこそこの依頼を受けられる人はごくわずか。
しかも、このマヨヒガに辿り着けるかどうかも、ものすごい低確率。あれ、これって絶対に失敗できない案件では?
ゲーム内だから実際にはなにもないが、冷や汗が流れるような心地になる。
「ええと、赤ん坊を預かるのは了承しました。ですが、もう少しだけお待ちいただきたいのです。元凶をどうにかしなければ、その子に安寧は訪れないでしょうから」
法的に断罪することは……今のところできるとは言えない。確約できない。
この魔獣が見ていたとはいえ、人を殺したという明確な証拠は既にないからだ。
私刑を行うのも……だめだ。この狼はそんなこと望んでいない。クソ野郎の所業に怒りとやりきれなさが湧いてくるものの、その気持ちに押し流されてしまうわけにもいかない。
彼女が望んでいるのは赤ん坊の幸せだけ。
しかし、赤ん坊を私が預かって山を降りたところで、絶対に依頼人の邪魔が入る。見つかりませんでした〜なんて言い訳は通らないと思ったほうがいい。
ならどうするか?
暴くしか、ない。
そんな腐れ外道な所業をするやつのことだ。絶対にゲームの設定上、法に触れるようなことを今でもしているに違いないよね。
だから、一旦この場所のことは話さずに依頼人の様子を見に行く。それしかない。もしくは、私が手間取っていると思わせることができれば、なにか仕掛けてくるかもしれない。それに賭けよう。
和解……できるのか? これ。
正直許したくないのだけれども、なんとか後悔して改心させることのできるルートもあるのだろうか……? 絶対、失敗との綱渡りだけど、探すくらいはするか。
それを簡潔に言葉に出してコメントの様子を窺う。
コメントを打ってくれている人達は、まあそれでいいんじゃない? それとも安価する? という感じだ。安価……つまり、コメント番号何番さんが言ったことを実行しますとか、そういう感じのやつ。
こんな大事なときにそんなのやらないからね!?
「ごほん、それじゃあ私はハインツさんの悪事を探しに行きますので、あなたはここでお待ち下さい。あ、でもその前にあなたを聖獣に戻すため、舞を納めさせてもらおうと思います。えーっと、お名前は……」
そういえば、名前を聞いていなかったね。
パートナーがいたのだから、名前くらいついていると思うのだけれど。
「ユール……」
「ユールというのですか?」
レキが呟いたので繰り返す。
しかし、レキはゆっくりと首を振って続きを述べた。
「ユールセレーゼ・ド・リゼロッド・レオナード・ヒュオール……だそうだ」
「なんて?」
はい???
「ユールセレーゼ・ド・リゼロッド・レオナード・ヒュオール……だ」
「え、なに? 許せねーぜ?」
その瞬間、コメントが『w』と『草』と『笑』で包まれた。
解せぬ。
「……」
とうのユールセレーゼちゃんも「なに、この、なに?」みたいななんとも言えない顔で固まっている。
ごめんなさいね!? 西洋風のなっがい名前覚えるの苦手なんだよ! こんな名前にした運営の人は誰だ!? クレーム入れてやる!
その後、無事、動画の黒歴史が増えたのだった。




