【マヨヒガ】寂れた屋敷と離れの白梅【配信中!】
古い木の門戸は、実にあっさりと開いた。キイキイと音を立てつつも、引っかかりはない。お札がベタベタ貼られている光景は、いかにも『封印』してますって感じだが、どうやら実際にはそんなことはないみたいだね。
『木の軋む音がなんか好き』
『え? (ドン引き)』
『お婆ちゃんちの門みたいな???』
『こんな門があるお婆ちゃん家は嫌だ』
『別の意味で驚きの発言する人がいる珍妙なコメント欄』
『ホラー来る? 来るの?』
「ホラーは、嫌ですねえ……」
ちょこっとだけ弱音を吐いて門を潜り抜ける。それから背後を振り返って撮影しながらスクショ。配信中の画面端に貼り付ける。
『なんか、門の模様が』
「ホラーはやめてください」
『即答で草』
『コメントに被せるように言い切ったねw』
『うん、門の内側赤いね笑』
『赤い液体を手で引き延ばしましたーみたいな跡が』
「やめろっつってんでしょうが!」
自分でスクショを載せたくせにこの発言である。
分かってるよ? この状況がちょっと美味しいって! 古今東西、ホラーにビクビクする配信者を見て楽しむのも動画を見る楽しみとしてある。特にこうして生配信をしている人物にホラーでビビることを期待する人の多いこと多いこと。勘弁してください!
そういうのは! 普通のゲーム配信してる人に期待してください!
「門からはお庭になっていますね……飛び石があって、和風庭園です。でも大体の植物は枯れてしまっているみたいです……」
乾いた土の庭だ。
オボロがふんふんと鼻を鳴らしながら土の匂いを確認して、こちらを困惑したように見る。臭いの? それともここまで来たのに魔獣の匂いがしない……とか?
「オボロ、どうしましたか?」
「どうやら……魔獣の、匂いが……する、らしい。あちら……だ。悲しみの……匂いがする、と。そして……古い、血の、匂い……も」
オボロの視線がレキに向き、レキが代わりに彼女の言葉を私に伝えてくれる。匂いがするほうだったか! 悲しみと血の匂い……ねえ。
このゲーム、ふんわりとした世界観と聖獣達の可愛さでごまかしてはいるが、結構重たくて切ない話も多いよね。さっき見た掲示板であったもので例えると、『人魚』の依頼とか。
なんだよ、蛇の魔獣が死んだ人を口に咥えてなんとか打ち上げてあげようとしていただけでしたって……グロいわ! めちゃくちゃエグいし!
しかもその死んだ人は蛇の魔獣のパートナーでしょ!? 悲しすぎない? なにその別れ。自分だけ助かって、パートナーとして共に生きた人間は死ぬとかきっついにもほどがある! 私がそんな依頼にぶち当たったら泣く自信があるよ!?
蛇さん幸せになって……。
とまあ、こんな風にぐるぐる考えているのは、明らかにこのマヨヒガの雰囲気が暗いからだ。虫のざわめきも聞こえないし、獣の足音も同様。そもそも魔獣がどこかにいるはずなのに暗くて重たい雰囲気が漂っていて、しかも姿を見せないって……悲しい過去とかあるに決まってるじゃないですかこんなの。辛い。しんどい。今から既に心がしんどい。
「わあ、見てください皆さん……梅の花が咲いてますよ〜」
匂いを追うオボロのあとをついて歩いていると、屋敷では離れのほうに向かって歩くことになった。その途中で見かけたのが一本の白梅。見事な花をつけ、そこに佇んでいる。
棒読み気味で事実を伝えれば、すぐさまコメントが視界の端に流れていった。
『現実逃避しないで』
『畑とか花壇とかの花はカラッカラに枯れてるのに梅の花だけ満開だね???』
『桜じゃないけど死体でも埋まってそう(小並感)』
『ケイカさんの顔が死んでる……』
そりゃ顔も死ぬよ。ホラーじゃない。怖いよ。誰か助けて……あ、でもストッキンさんはご遠慮いたします。ユウマ……助けに来て……。
「離れの……部屋の一番近くの梅ですね。あそこにオボロも向かっているようですし、魔獣達はあの辺りなんでしょう。シズク、見える?」
「しゅるぅ」
「熱源……反応が、あるようだ……梅の見える、部屋に……たくさん……集まっていると、お嬢さんは……言っている」
「ありがとうございます」
魔獣達は私達の侵入に気がついている可能性が高いが、一向に気配が動かないのでなにか、イベントトリガーのようなものを引かないと動かないようになっているんだろう。
うーんイベントが進むトリガーは、恐らく白梅の辺りに辿り着いたら自然にか……もしくは障子を開けて中の魔獣に対面すること、かな。
寂れて崩れかけの屋敷に枯れ果てた庭。
その中に悠然と咲き誇る白梅。
そして、その奥で待ち受ける……恐らく赤ん坊を連れていると思われる魔獣。
白梅の元まで辿り着いて、イベントが発展しないことを確認してから深呼吸する。ホラーイベントがあんまりなくてよかった……無駄に緊張したし、怖がっちゃったよ。
さて、この障子を開けたらイベントだろう。
心を落ち着けて、なにが起こっても叫ばないように内心で自分に釘を刺す。
そして障子を一気に開けるとき……ふと思った。
赤ん坊って、いつから魔獣に連れられているんだろう? 親がいないのでは、生きていることすら絶望的なんじゃ?
答えは、すぐそこに。
花と動物と和を必ず入れたくなっちゃう病。




