優しい世界の裏表
ゾッと背筋が凍るような思いをして、瞬間的に叫んでいた。
「アカツキ!」
「クウッ」
シュバッと勢いよく飛び出していくアカツキを目で追いながら樹上を確認する。
「シズク、なにか視えますか?」
「しゅるぅ……」
肩口にいるシズクに問うても、横に首を振るだけ。
ものすごく素早くて見えなかっただけなのか……それとも温度で感知できないほどの隠密性能があるのか……もしくは、隠密のスキルがシズクの感知スキルよりも高くてこちらが失敗しただけなのか……。
私に対する攻撃は飛んで来ず、何者か……恐らく魔獣が逃走したことを悟る。
しばらくしてアカツキが頭上から舞い降りてきたので、右腕を差し出す。右腕にとまったアカツキは首を横に振った。見つけられなかったらしい。
「アカツキのことも振り切りますか……スピードの問題でしょうか。それとも隠密性能?」
どちらにせよ、神獣化したアカツキでも発見することができなかったとなると大問題だ。先程のストッキンさんとのやりとりが下手なホラーよりも怖かったので苦情を入れたい。助かったけども! 助かったから有能なんだけども! 嬉しくない! 全然嬉しくないよ!?
ん、いや、もしかしたら……。
「影の中って言ってましたか」
ストッキンさんのメッセージを思い出し。自分の影に向き合うようにしゃがみこむ。それから影……というか地面をぽすぽすと手で叩いて「入ってますか〜?」と言葉に出す。
「あのー、入ってますか〜? いるなら出てきてくださいなー?」
しばらく一人でトントンやっていたのだけれども、反応がない。あれ?
私達は見失ってしまったけれども、ストッキンさんの聖獣が録画していたりするなら、その録画を見れば、もしかしたら私達を監視していた正体を知ることができるかと思ったんだけど……。
ピロリン。
メッセージの受信音がして、地面を叩くのを一旦やめてメニューを開く。
――――――
その子はわたくしの合図がないと出てこないので、録画を見たい場合は一旦街に戻ってきてください。一緒に確認しましょう。
それと、地面にトントンするのはやめていただきたいのです。間近に姿が見えてしまっていてあまりの尊さに死んでしまいます。
――――――
安定のストッキンさんである。
あれ? でも前に潜ませたまま録画を確認してなかったっけ? いつ影から出たり潜んだりしているのかが分からないから、このメッセージの言葉に嘘があるかどうかも分からない。
あの人のことだから一緒に確認したいだけなんじゃないの? と疑心暗鬼に駆られてしまう。いいけどさ! 有能ですし! おやつ代わりに通報してやろうかとか思ってるけども!
「……視線はもう感じませんね。一応山頂までの道のりだけは確認しておきましょう」
モヤモヤとしたものは残るものの、視線の主が攻撃してこなかったこともあり、ただの監視として認識しておく。危害さえ加えて来ないなら今はいい。
樹上の視線で考えられるパターンは四つほど。
この山に存在するという赤ん坊を連れた魔獣は狼の姿。樹上にいるのは、そういうスキルでもない限りおかしいので鳥型の魔獣と仮定しておく。
その場合は狼の魔獣が鳥の魔獣と連携を取っている場合がひとつ。狼とその他の魔獣が協力して人間を避けているパターンだ。
それから鳥の魔獣が狼の魔獣に黙り、勝手に人間を監視しているパターンがひとつ。この場合は狼が協力を断っているが、周りの魔獣が狼を心配して勝手に囲っている場合だ。
三つめは、赤ん坊を連れた狼の魔獣とは全く関係のない勢力が人間を監視しているという仮定。
そしてや四つめ。人間であるハインツ……依頼主の監視って可能性。
他にもあるかもしれないが、とりあえずすぐに思いつくのはこれくらいか。
依頼主の監視だった場合は、やはり依頼主のほうになにか思惑があると考えたほうがいい。たとえば……赤ん坊を取り戻してほしいとは言うが、その赤ん坊を排除したいだけだったりとか。
この神獣郷の世界では聖獣よりも人間のほうが悪として描かれる場合がある。だからこの話も悪側の人間の起こす事件の可能性が捨てきれない。
その場合、どうして『私』に依頼してきたのか……というところが疑問になるけれど……。
「ケイカ……思い、つめるな…………今は、この、道のりに……不審な……点が、ないか……確認、するの、だろう……それと、少し……苦しい」
ハッとする。
腕の中に抱きしめていたレキがしょぼしょぼとした瞳でこちらを見上げていた。
「ごめんなさい」
「いい。確認を……早く、すませて、しまおう」
「はい、レキお爺さん」
考えすぎて知恵熱が出てきてしまいそう。
ほのぼの平和な世界。でも本来は、『聖獣を利用しようとした悪い人間のせいで魔獣と魔王が生まれた』という暗いストーリーのある世界でもある。
どちらも神獣郷。
今回は……慎重に動いたほうがいいかもしれないね。
ストッキンさんに、あとで録画を見せてもらう約束をしてから山を登っていく。今度は視線なんて感じなかった。
ちょこっとシリアス。




