これが、みんなで試練に挑むということ
舞の型……要するにスキルを覚えるのは道場に入ってすぐ終わった。なんせ見本の動くカラクリ人形があって、それの真似をして何度か段階的に舞の練習をするだけだったからだ。もちろん、スキルだからオートモードにすれば意識しなくても舞い続けることはできる……が、全部オートにするのは無駄なプライドが邪魔をするので必死に覚えた。
スキルの名前は『日輪の舞』だ。
本当にイベント仕様みたいで、効果は特になし。ちょっとだけ日の出を早める……かもしれない、程度。進化を促す効果があるだけで既にすごいのだから、他の効果はいらないんだろうね。
私が必死になって覚えているところを、オボロ達は尻尾を振りながら待っていて、それをメトロノーム代わりに見てステップを覚えてみたり……疲れたときにシズクの出す出力の弱い水を被ったり……体育会系かな?
とまあ、そんな感じで練習し続けて夜までやっていたわけだ。
山頂に登ってからの本番は夜9時かららしいので、現在夜7時前。これから一度食事をしたら、その後に地獄のレベル1NPCを連れての山登りタイムだ。最悪すぎる。もしかしたらこれが一番やばいかもしれない。
護衛系クエストが、世の中一番面倒臭いしやりたくないっていうのはゲーマー共通の認識じゃないかなあ。
夕飯はいったん緋羽屋敷に帰って食べることにした。やはり自分のホームにいるほうが気が楽だよ。一瞬で移動して、庭木が一面藤になっているのを確認する。だけれど、別に葡萄は実っていない。まだまだ試行錯誤しながら植樹合成チャレンジをしているみたいだね。
「レキ」
「おかえり、なさい……ケイカ」
「ただいま!」
おかえりなさいと、ただいま。
このやりとりひとつだけでなんだか幸せになれる。素敵な言葉だなあ……なんて思ったり。
食事を用意して縁側に座る。これから一晩動くのであっさりめにしたくて、ご飯はうどんにしてみた。みんなの分はそれぞれの食性に合ったものが出されている。アカツキは穀物と果物だし、オボロはお肉入りの短く切ったうどんだし、シズクは質の良い生卵を五つ。ジンはねこまんまで、レキは果物。雑食性の亀っぽいんだけども、どうやら属性が示す通りに草食みたい。
「それでですね、これから護衛があって……」
食べながら試練の内容をレキお爺さんに話したら、めちゃくちゃ果物と神獣の水薬を持たされて過保護だなあって笑ってしまった。いつのまにか水薬も量産していたらしい。私はなにも聞いてないぞシズクちゃん。さてはこっそり協力していたな? シズクは視線を逸らすこともなく、当然でしょと言わんばかりに頷いた。
「いいんですか、こんなに」
「ワシに……できる、のは……今は、これだけ……だから、なあ」
そう言って背中の植物から伸びたツタで頭を撫でられる。
お爺さん、本当にお爺ちゃんみたいでほっこりする。アカツキ達だって、話せないだけでみんな私のことを慕って好きでいてくれているのは分かっているんだよ。
それでも、こうして言葉にして直接的に示してもらえるとすごく幸せな気分になるんだ。私はお姉ちゃんなのに。いや、長女だからこそかなあ。こういう、慈しんでもらえる立場になるのが、少しくすぐったい。
お爺ちゃんとか、お婆ちゃんとか、今もいたらこんな風だったのかなあ……。
「レキ、私頑張れそうです」
「ああ……こうして……ワシも、アイテムを……作り、贈る、ことで……一緒に、戦う」
直接ついてくることができなくても、直接試練に参加することができなくても。そうか、後方支援としてアイテムを贈ることで一緒に戦う。一緒に戦える。
私は置いていくことに罪悪感があったけれど、レキは賢いからそれも察していたんだろうな。決して役立たずなんかじゃない。レキだけが試練に参加できないわけじゃない。レキも試練に参加しているようなものだ。こうして良質なアイテムがなければ達成できるかも怪しい試練なのだから、お爺ちゃんも参加者の一人みたいなもの。
まさか、まさかだよ。
ジンにだけじゃなくて、レキにまで気づかされるなんてね。
ああもう、本当にこの子達は……!
私に足りないところも、私が考えつかないところも、全部全部補ったうえで私を慕ってくれる。気づきを与えてくれる。
本当に、本当に私はこの子達が大好きだ。それと同時に、きっとこの子達も、私を好きでいてくれている! それを何度も噛み締めて登ってきた月を見上げる。
――今夜は満月だ。
「アカツキ、君のために。頑張りますよ、私。みんなもそうです。だから、見守っていてくださいね」
「くー……」
複雑そうに眉を……ま、眉? まあ、その辺りを下げて鳴くアカツキの翼を撫でる。大丈夫、策はあるんだよね。そのためには出発前に一度、日の巫女さんに会わないと。
「さて、行きましょうか」
日の巫女に訊きたいことができたから、それを質問したら出発する。
その質問内容はひとつだけ。
「私もアカツキも、その場から動かなければ、舞を続けてさえいれば間になにをしても大丈夫ですよね?」
日の巫女の屋敷に戻ってもう一度謁見し、言った質問に返ってきたのは「肯定」の言葉だった。
言質は取った。
まさか、まさか、自分達が舞ったり見ているだけで、オボロ達に全部護衛の負担をさせるわけないじゃないですか。私達もやれることはやらないとね?
「さて、案内をお願いします」
「カア」
まあ、その前にNPCの護衛クエストをしっかり達成しないといけないんだけれども。これが一番失敗の可能性が高いから慎重に行きましょうか。
満月の夜。
普段よりも明るい夜道を、カラスの先導で私達はゆっくりと歩き出した。
――試練、開始。
次回からようやく本題!




