熱変色性の紅白羽織り
オボロ、シズク、ジン、レキにはお留守番を頼み、現在肩に乗せたアカツキと共にストッキンさんの店へとやってきている。
「なんだか懐かしいですね、この格好」
「くるぅ」
肩口に手を差し出せば、硬いクチバシでやさしく指を食まれる。甘噛みなので少しくすぐったいくらいで痛くはない。そこら辺の力加減なんてこの子には朝飯前だ。
うん、最初の頃を思い出すなあ。
あの頃はまだアカツキもニワトリだったけれど、今は翼の先だけ緋色の紅白カラスだ。羽織りの色も燃えるような緋色なのですごくマッチするというかなんというか。
私達も有名人になったからか、店に着くのが少しだけ遅れてしまった。軽くお話ししたり、手を振られて振り返したり。笑顔で対応していたらますますファンも増えちゃうね。でも調子に乗ってたら痛い目に遭いそうだからほどほどに……しないと。
「でも、舐められたらそれはそれで狂犬チワワ魂に火がついちゃうんですよね」
だからせめて、枕詞に『イキり』って付けられないように注意しなければ。
「また、なにを言っているのですか」
「……は! ストッキンさん、いつのまに!」
「店に入ってきたときに分かりましたよ。推しの来店が分からないわけがないじゃないですか。舐めないでください」
「それ、自慢するところですか?」
「当たり前です。推しへの理解は必須ですから。イエス推し活、ノータッチ。わたくしはそばでいつでも見守っていますからね」
店の奥から来たイケオジ紳士と軽い会話のやりとりをしながら椅子に座る。
ストッキンさんは事前に用意していたのか、苺大福と緑茶を私の前にコトリと置くと、向かい側に座った。
「あの、そばで見守ってるって……ストーキングの自白ですか?」
「まさか、自白なんてせずとも、いつでもあなたがどこでなにをしているのかは分かりま」
「通報」
「……スレで目撃情報がありますから」
後から付け足すようにして彼はへにゃっと笑う。眉を下げて実に困ったような雰囲気で。仕方ないなあ、みたいな雰囲気を醸し出してくるので少しイラッときた。明らかに誤魔化しているのは分かるのだけれど……。
「まったく、プライベートもなにもありませんねえ」
「躾けておきますか?」
「はい?」
「ん?」
おしとやかなフリをして手のひらを頬に当て、嫌味っぽく言ってみたら予想の斜め上を行く答えが返ってきた。こっわ。
「いいえ、なんでもありませんわ」
「そうですか」
わざとらしく優雅な言葉と、色んな言葉を含めた笑顔の応酬。傍目から見たら私自身も多分怖い笑顔をしていると思う。でもこういうやりとりって楽しいじゃない?
怖い、怖いなあ狂信者。
でもこいつ、私のためだけに貴重なイベント報酬枠を使って特別な素材手に入れてるんだよね……これだから憎めない。ぐぬぬ。衣装は可愛いからなあ、この人以外に装備の更新を頼む選択肢がない。
変態が技術を持っていると実に厄介だ。これでも自重しているほうってのが信じられない。イケオジの顔でへらへら笑っているのに妙にサマになるし。
まあ、ゲーム内だけの付き合いだし……。
「それにしても『狂犬チワワ魂』とはまた可愛らしいことをおっしゃいますね。あなたはチワワじゃなくてパピヨンでしょうに」
「そっち!? あんまり変わってないじゃないですか! どっちも小型犬ですよ!」
「そうですねっ」
「自分で言ったことでツボらないでいただけますか!?」
目を細めて俯いた彼の肩が震えている。爆笑じゃないか! 自爆してるぞこいつ! 人の肩書きでいちいち笑わないでくれませんかね!?
私が言い出したことだから自業自得感あるけど!
「はあ……いや、すみません。それで装備品の話ですよね、アニマ・エッグはありますか?」
「ありますよ、ばっちりです。それで、熱変色性がどうのって言っていましたけれど、どんなふうにする予定なんですか?」
笑いまくって涙目になってやがる。息を吐くのと同時に目元をしわのある指先でぬぐい、ストッキンさんはやっと真面目な顔をした。先にメニューから譲渡を選び、卵を納品して内容を聞く。
「見れば早いんですが……ケイカさん、お湯に浸かると髪の色が変わる人形とか、ありますよね」
「あー、あのやたらとクオリティの高いやつですか。聞いたことだけならありますよ。昔よりずっと精巧な人形でも実現が可能になっていますし、あれを利用してアニメキャラの髪色変化を再現できるようになっていますよね」
「そう、それです」
確か、二百年かそこらより前からずっとある技術だ。平成……? くらいから? もっと前からかな? 二百年って言ったらそれくらいだよね。
あんまり目立たないけれど、幼い女の子とかには人気だし、大人のオタクにも人気なやつだ。髪色変化のあるキャラも増えたからねえ。
つまり、温度で色が変わる布を入手したってことでいいのかな?
ゲームなんだし再現はしやすいだろうね。
「で、どんなふうに仕上げていただけるのですか?」
おしとやかーな雰囲気を作りつつ、両の手の平を合わせて聞く。
今更取り繕ってもこの人の前では遅いとかそんなこと言ってはいけない。
「今の羽織りは燃えるような緋色ですよね。それを、そこの……」
アカツキに彼の視線が移動して、肩の上の相棒が「俺?」と言いたげに首を傾げる。
「アカツキのように、白をベースにして肩の部分と羽織りの先を緋色にしたものを普段使いに。そして、扇子で晴属性、太陽属性の炎を扱って熱が上がったときにだけ全体が緋色に変化するように仕込もうと思いまして」
つまりはあれですか?
普段は白ベースの紅白カラーで、戦闘で炎を使ったら、ぶわっと羽織りが緋色に染まっていく……?
なにそれ格好いい!
しかも火を使ったときだけ色が変わるとかロマンじゃない? アニメキャラみたい!
「そして、白い扇子で雪属性の氷か雪を使ったときには色が紅白に戻ります。温度が変化しますからね。温度が低めなところから平熱あたりまでは紅白で、周りが40度程度まで上がると変化します」
「ぜひ、お願いします」
炎を使えば燃えるような緋色一色に。
氷を使えばアカツキのような紅白に。
これは頼むしかない!
「ええ、もちろん。むしろそのつもりでしかないですから。わたくしも、熱変色性の布を素材としてで発見したときに思いついて……絶対に似合うから取り入れたいなと思っておりました。だから、わたくし自身の手に入れたキャンディを使用してでも手に入れたんですから」
「そう、それですよ! 良かったんですか? イベント報酬ってそのとき限りじゃないでしょうけど、レアなものが多いですから、もっと他に欲しいものがあったんじゃないですか?」
ずっと懸念していたことを言ってみると、彼は目を丸くして驚いてから言った。
「推しに貢ぐのに躊躇いとかいります?」
いらないね! そうだね!
くそう……推しって言われるのは慣れないなあ……。
若干照れの感情が入りつつ、装備品をパッパと渡して待機に入るのだった。
また一日かかるみたいだねえ。その間はレキの果樹育成の現場とかぼんやり見ていようかなあ。
次でレキの設定開示をもう一つしたらいよいよ新しい街の話に移ります!
今から既に色々準備しております!




