誘拐事件 08
ワタさんは情報の対価として、先月桜さんの件でネット火消しを頼んだときと同じ額のウェブマネーを要求してきた。もちろんそれくらいの出費は覚悟していたので問題はなかったのだけれど、今回は学外の情報だからと、僕を今日一日、夜まで自由に使ってい良い権利も要求された。そしてそれを断る理由がなかった僕は日が暮れるまでワタさんの代りにゲームをする羽目になった。電化製品がモチーフになっている美少女オンラインゲームだ。なんでも今日は発信機を作るのに手が取られ、ゲームをすることができなかったらしく、僕の訪問は願ってもない幸運だと言っていた。というわけで僕はワタさんのタブレット端末で美少女達と戯れた後、自転車を押しながら夜の会瀬川沿いの道を歩いていた。
暗がりに浮かぶ鯉のぼりは昼間よりも少し活き活きと風に揺れている。
流石にこの時間になれば神森さんは起きている。そして僕の不在に気付いているだろう。けれど、彼女から所在を尋ねる電話もメッセージも来なかった。突然いなくなってもさがすことも心配することもない。分らず屋な僕と神森さんの『こいびと』関係は所詮、そんなものなのである。
そんなことを考えながら歩いていると、こちらに向かって車道を走ってきたシルバーの車が僕の目の前で停車した。僕がそのまま近くまで歩いて行くと、助手席側の窓がゆっくりと下へ降りていく。
「ある君じゃねえか!」
運転席から聞こえてきたのは朝見刑事の大きな声だった。窓から中を覗くと相変わらずの髭面で満面の笑みを浮かべている。
「例の麻薬グループの検挙が無事終わったんで、さっきみも太郎に謝礼を払って来たんだよ! みも語で言うなら『やったっぴー』ってやつだな。ある君にも晩飯おごってやる!」
「これから神森さんの所へ帰るんですけど」
「国道沿いの緑色の店で待ってるからな!」
僕の言葉なんて余裕で無視して朝見刑事は走り去って行った。問答無用とはこのことである。仕方ない。僕は自転車に乗って来た道を引き返し、朝見刑事が待っているであろうファミレスへ向かう事にする。
ただでさえ今日は神森さんが寝ている間にこっそりと外出し、こんな時間までワタさんのお手伝いをしてきたというのに、今度はクマの末裔の相手をしなくてはならないようだ。




