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わがまま姫の専属騎士  作者: RINA
本編
34/50

第33話 ルウェリンとカーヤ



無事忘れ物を回収して馬車の方へ向かおうとすると、いつも教室として使っている一室から声が聞こえる。


「……お前、俺たちに罰を与えるよう、姫様に頼んだだろ」


(……この声は)


こっそり扉を薄く開けて覗いてみると、腕を組んで眉尻を吊り上げたルウェリンと、正反対に指先を絡め視線を落として背中を丸めたカーヤがいた。

並んで立つと、ルウェリンの方が少しだけ背が高い。


「……た、頼んでないよ」


「嘘吐け!今日授業中にお前が姫様といるところ、俺見たんだからな!」


重力に従い真っ直ぐに垂れる銀糸の間から、カーヤは小さな声で反論する。

しかし、語尾は先程よりも棘を含んだルウェリンの声にかき消される。

ヴァージニアは一瞬で状況を把握した。


(ルウェリン……全くもう……)


完全なる言いがかりである。

いくら女の子の方が成長が早いといっても、彼は年齢を鑑みると少し幼な過ぎはしないだろうか。


(……でも、他の子には、こんなに突っ掛かったりしないわよね)


ルウェリンが些細なことでも身勝手な主張をぶつけるのは、ヴァージニアの知る限りカーヤに対してだけだ。―――と、いうことは。


(好きな子ほど、ってやつね……)


ヴァージニアは肩を落とし、静かに深く溜息を吐いた。


「で、でも、今日のあれは、ルウェリンが悪いよ。せっかく来て下さってる姫様の授業中に、関係ないことしてふざけてるんだもの。……失礼だよ」


「なんだと、優等生ぶりやがって」


弱弱しく声を押し出したカーヤだが、自分より身長の高いルウェリンに上から凄まれ片足を後ろに引く。


「も、もう大人だもん」


それでも視線はきっと上を向き、ルウェリンを見返す。

そんなカーヤをじっと見つめ、ルウェリンはにやりと口元を歪めた。


「お前さぁ、なんか勘違いしてるんじゃないの」


「……え?」


「姫様はなぁ、姫様なんだよ。この国の、王女様。それでお前は孤児。両親も親戚も、ついでに言えば友達もいない天涯孤独のみなし子なんだよ。気さくに接してくれるからお前みたいな馬鹿は勘違いして姉ちゃんみたいに思ってるかもしれないけど、それ、完全に間違ってるから」


「…………」


「はい、そこまで」


「ひ、姫様……」


扉を開け、室内に入る。

突然のヴァージニアの登場に、ルウェリンとカーヤが弾かれたように顔を上げた。

驚きに見開かれたカーヤの大きな目は潤み、縁は赤く染まっている。

二人の傍まで行くと、ヴァージニアは無言でルウェリンを見下ろした。


「…………」


カーヤより背は高いけれど、ヴァージニアには頭一つ分届かない少年は、見つめられるとバツが悪そうに視線を斜め下に逸らした。

その顔に浮かんでいるのは、決まりの悪さから来る羞恥と、自分は間違っていないという自尊心。そして、ほんの、少しの後悔。

言ってはいけないことだとわかっているのに、言ってしまった、罪悪感。


(でも)


ちゃんと、悔いているのね。

すぐに素直になって「ごめんね」と言うには大人になり過ぎてしまった。

だからといって意識して気持ちを切り替えて謝罪をするにはまだ幼過ぎるけれど。

ヴァージニアは口角を少し緩めた。

それでも、ちゃんとわかっているから、大丈夫。

彼の成長の糧にされてしまう少女には、残酷なことだけれど。

ヴァージニアは二人の肩に手を置いた。


「ルウェリン、私は確かにこの国の王女よ。でも、カーヤのことも、ルウェリンのことも、そして他のみんなのことも、妹や弟のように思っているわ。私は末っ子だから、自分より年下の兄弟がとても嬉しいのよ」


カーヤの頬が赤く染まり、笑顔が零れる。傷付き潤んでいた瞳が、きらきらと輝きを取り戻す。

ヴァージニアは思う。この子の一番の美点は、素直さと立ち直りの早さだ。

些細なことで落ち込み涙ぐむが、数分すればケロリとして笑っている。

だからこそルウェリンに苛められてよく泣いてしまうことになるのだけれど、この長所は成長しても持ち続けて欲しいと、ヴァージニアは心から願った。

彼女たちのような孤児が生きていくためには、この打たれ強さが何よりの武器になる。


「確かにあなたたちは身寄りがないけれど、友達がいないっていうのは間違っているわ。だって、ルウェリンは立派なカーヤの友達だもの」


「な、誰がこんなブスと……っ」


「はい!」


ルウェリンは顔を真っ赤にして反論しようとしたが、明るく響いたカーヤの声に打ち消され思わず口を噤んだ。

ヴァージニアの言葉とルウェリンの言葉では、カーヤの中でかなり重みに差があるらしい。

頬を染め拗ねたようにそっぽを向いた少年と満面の笑みで見上げてくる少女に向かって、ヴァージニアは満足気に頷いた。


「よし、じゃあ私はもう行くわね。次に会うときまで、怪我と病気に気を付けて元気にしているのよ」


(…………あれ?)


その時ふと、背後に気配を感じた。

振り向こうとした瞬間、右側頭部に衝撃を覚える。


「姫様っ!?」


二人の叫び声を聞きながら、ヴァージニアはゆっくりと床に倒れた。




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