最終話─少年魔術師の冒険譚
フィニスとの戦いが終結してから、一週間が経過した。平行世界の門も閉ざされ、基底時間軸世界に平和が戻った。
神々と闇の眷属の間で協定が交わされ、しばらく休戦することになった。コリンやリオ、アゼルたちはそれぞれの世界で平和を満喫する。
「まさか、またこうして戦える日が来るとはな。それも、今度は敵同士としてではなく……仲間として」
「そうだね、嬉しく思うよ。さあ、観客のみんなもお待ちかねだし……始めよっか!」
魔神たちの本拠地、神聖ヴェルドラージュ帝国首都……天空都市リヴドラス。街の一角にある闘技場に、リオとグランザームの姿があった。
平和を記念し、二人の御前試合が行われるのだ。観客席は満席、魔導モニターで国の全ての街に生中継されている。
「満員御礼、ってヤツだな。みんな、リオとグランザームの戦いが見たくて仕方ねえらしいぜ」
「それはそうじゃ。こんな好カード、もう二度と見られぬじゃろうから……いや、今後は好きなだけ見られるか」
「ムーテューラの姐御も、えらい思い切ったことするよな。まあ、活躍したんだから恩赦を与えるのは当然か」
貴賓席には、アイージャやカレンたち魔神が勢揃いしていた。そこには、ミョルドやグリオニール、バルバッシュもいる。
グランザームは今回の戦役での活躍を認められ、死の女神から恩赦を与えられた。ミョルドたちの監視付きではあるが、定期的に現世に行く権利を得たのだ。
「この千年、ずっと夢見てきた。もう一度、貴公と戦える日が来るのを」
「僕もさ、グランザーム。こんなにワクワクする戦いなんて、いつ以来だろ」
「フッ、そう言ってもらえるのは望外の喜びだ。では、そろそろ始めようか。千年の鍛錬の成果、存分に余にぶつけるがいい!」
「もちろん! 全力全開、容赦なんてしないよ!」
観客たちの歓声があがる中、リオとグランザームの試合が始まる。二人とも、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。
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「うう、どうなるかな……アーシアさん、大丈夫かな」
「アゼル、少し落ち着いたらどうだ? そんなにソワソワしても、どうにもならないぞ? シャスティが産婆として着いてる、安心して待つといい」
「それはそうなんですけど……」
その頃、アゼルとその妻たちは宮殿の中にある医務室の前にいた。部屋の中では、少年の妻……アーシアが出産の時を迎えようとしている。
少年は今日、父親になるのだ。『その時』が来るのを、今か今かと待ちわびている。せわしなく廊下をちょこちょこ歩き回るのも、仕方ないことだ。
「産まれるのが男の子か、女の子か……楽しみですわね、アゼルさま」
「ええ、アンジェリカさんはどっちだと思います?」
「そうですわね……わたくしは玉のように可愛い男の子が産まれると思いますわ!」
アゼルに問われ、アンジェリカは自信満々にそう返す。すると、近くの椅子に座っていたメレェーナも話に加わった。
「んー、じゃああたしは女の子の方に賭ける! 負けた方が明日のご飯奢りね!」
「こら、メレェーナ。勝手に賭け事をするな。だが、そうだな……私も女の子が産まれてくるのに賭けよう。そういえば、アゼルよ。子の名前は決まっているのか?」
「ええ、アーシアさんと話し合ってもう決めていますよ。産まれてくる子が……」
わいわい話をしていた、その時。部屋の中から、アーシアの苦悶の声が聞こえてくる。ついに出産が始まったのだ。
少しして、元気な赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。扉が開き、シャスティが姿を現した。
「よぉ、終わったぜ。母子共に問題はなし、元気な双子だ! 男の子と女の子のな!」
「よかった……無事に終わってよかったな、アゼ……ん!? いない!?」
シャスティが話している途中で、アゼルは風のように部屋の中に飛び込んでいった。ベッドにはアーシアが寝ており、その手の中に二人の赤子が抱かれている。
「アゼル……産まれたぞ。余と君の子だ」
「アーシアさん……お疲れ様です。ぼくたちの子を産んでくれて、ありがとう」
出産で体力を消耗したアーシアは、弱々しい笑みを浮かべる。腕の中にいる赤子たちは、元気に産声をあげていた。
アゼルは赤子の片方をそっと抱き上げ、愛おしそうに見つめる。赤子の左目には、アゼルと同じドクロの文様が刻まれていた。
「左目に文様があるのが男の子、右目に文様があるのが女の子だ。ふふ、まさか双子が産まれるとは。こんな素晴らしい贈り物を授けてもらえるなんて、本当に嬉しいね」
「きゃっきゃっ、あーう!」
「あー?」
「ええ……本当に。本当に嬉しいです。この光景を……兄さんにも、見せてあげたかった」
そう呟き、アゼルは喜びの涙を流す。そこに、リリンたちもやって来た。産まれた赤子を見て、みな盛り上がっている。
「わぁ、かーわいい! こんにちは、赤ちゃん!」
「頑張ったな、アーシア。ところでアゼル、この子たちの名は?」
「はい、男の子はイゴール。女の子はメリッサ。ぼくの両親の名を、この子たちに付けます」
「……そうか。ご両親やカイルも、きっと喜んでくれているだろう」
リリンの言葉に頷き、アゼルは息子に頬ずりをする。きゃっきゃと喜ぶ赤子を抱き締め、幸せそうに呟いた。
「ああ、いいな。命って……暖かいなぁ」
その言葉に、リリンたちはもらい泣きするのだった。
◇─────────────────────◇
「コーネリアス・ディウス・グランダイザ=ギアトルクよ。そなたの此度の働き、まこと素晴らしいものであった。そなたがいなければ、この世界は滅びていただろう」
「身に余るお言葉にございます、偉大なる諸王の皆様。今回の勝利は、私一人によりもたらされたものではありませぬ。全ての者の協力あってこそ、成し遂げられた奇跡でございます」
暗域では、魔戒王たちによる議会が開かれていた。今日の議題は、コリンの成し遂げた偉業を讃え、どのような褒美を与えるかだ。
「コーネリアス、君にはどのような褒美が相応しいかを全員で考えた。結論から話そう。君を──エイヴィアスに代わる、新たな魔戒王にすることが決まった」
空中に浮かぶ玉座に腰掛ける王たちを代表し、フォルネウスがそう告げる。空席となった序列第十位の王座に、コリンを据えることで満場一致したのだ。
コリンは笑みを浮かべ、深く頭を下げる。彼にとっても、不服はなかった。むしろ、予想以上の褒美に心から喜んでいる。
「ありがたき幸せにございます、諸王の皆様。魔戒王の名と地位に相応しい振る舞いが出来るよう、精進していく所存でございます」
「いい心構えだ。今宵は宴を開こう。新たな王の誕生を祝う、盛大な宴だ。さ、これにて議会は閉幕! 各自宴の準備を!」
「おおーーー!!!」
会議が終わり、コリンは杖をつきながら部屋の外に出る。そこには、コーディが待っていた。
「おかえり、どうだった? 会議は」
「うむ、わしが新たな魔戒王に即位することになった。いや、驚いたわい」
「ホント!? 凄いじゃない、今日は派手にお祝いしなくちゃ!」
よろめくコリンを介助しつつ、コーディは歩く。コリンは、『破壊のアメジスト』に触れたことで重い後遺症を受けていた。
左腕を根元から失い、左足も左目も機能が低下してしまった。杖と仲間の介助がなければ、満足に歩けないくらいに弱ってしまっている。
だが、本人に後悔はなかった。むしろ、世界を救った代償がこの程度で済んでよかったと、豪快に笑い飛ばしているのだ。
「お、コリンが帰ってきたぜ!」
「お帰りなさい、コリンくん。無理せず車椅子に乗っていいのよ?」
「みな、ただいま。カトリーヌよ、いつも言うておるじゃろ? わしは早く一人で歩けるようになりたいのじゃ。そのためのリハビリを……わっ!」
「んな堅いこと言うなって。今はオレたちを頼れ、コリン。仲間なんだからさ」
イゼア=ネデールに帰還したコリンを、アシュリーたち星騎士が出迎える。ドレイクに肩車されたコリンは、微笑みを浮かべた。
会議の顛末を聞いた仲間たちは、コリンが魔戒王になったことを祝い祝福の言葉をかける。
「そっか、そらめでたいわぁ! ウチらも鼻高々やで、今日はパーッと祝わなあかんな!」
「どうせならさ、いろんな大地の人たち呼んですんごいパーティー開こうよ! その方が楽しいよ、きっと!」
『アニエスの言う通りだね。せっかくなら、大勢で祝いたいもの』
「マリス、賛成。美味しいもの、いっぱい食べる」
エステルにアニエス、テレジア……マリスは口々にそう言う。他の星騎士たちも、アニエスの案に賛成しノリノリなようだ。
「ああ、いいと思うぜ! 問題は、場所をどうするかだけどよ」
「カミサマたちに頼んで用意してもらうのはどうかナー? それくらいしてくれるよ、キット」
「そうだな、ムーテューラ様あたりに持ちかければ了承してくださるだろう」
ディルスの疑問に、フェンルーとツバキが案を出す。みな、最高の宴を開こうと頭脳をフル回転させている。
「ふふ、催し物ならバーウェイ一座にお任せよ! 歌に踊りに隠し芸、なんだってやっちゃうから!」
「ああ、私たちも何か考えておかないとな。最高の思い出にせねばな!」
「はい。わたくしの方から、フェルメア様たちに掛け合ってみましょう。お坊ちゃまのためなら、快く協力してくれるはずです」
イザリーやラインハルト、マリアベルも楽しそうにパーティーの計画を話している。そんな彼らを前に、コリンは──。
「のう、みんな。わしは幸せ者じゃ。みなのような、心から信頼出来る仲間を得られたのじゃから。改めてみなに礼を言いたい。わしを支えてくれて、ありがとう。これからも……わしと共に居てほしい」
「あったりまえだろ! そっちが嫌だっつっても、ぜってー離れねえからな。なあ、みンな!」
アシュリーの言葉に、星騎士たちとコーディは頷く。愛しい仲間たちを見渡し、コリンは満面の笑みを浮かべた。
「よーし、であれば善は急げじゃ! それっ、ドレイク号発進! パーティーの準備をするのじゃー!」
「おおーー!!」
落とし子の魔術師と、星騎士たちが紡いだ一つの物語が終わる。だが、これで彼らの物語が全て終わるわけではない。
彼らが生きている限り、新たな冒険の扉は開く。いつの日か、再び──彼らが物語の表舞台に立つ時がやって来るだろう。
その日まで、語り継がれていくのだ。少年魔術師と、その仲間たちの冒険譚が。




