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287話─聖母カトリーヌの慈愛

 大地が震え、轟音が静寂を破る。カトリーヌとアルベルト、二人の剛力がクリガラン渓谷の地形を変えていく。


 修行の一環として行ってきた鍛冶仕事によって、カトリーヌは鍛えられていた。少しずつ身体が暖まってきたこともあり、耐久力も飛躍的に上がっている。


「それっ、隙あり! ディープノック・ブレイク!」


「耐えてみせるわ~! アイスフロント・ガーディアン!」


 アルベルトの放った一撃が、吸い込まれるようにカトリーヌへ炸裂する。直撃を食らう寸前、タワーシールドを差し込み攻撃を防ぐ。


 本来であれば、この一撃で決着が着いていた。カトリーヌは無残な肉塊になり、命を落とすことになっていただろう。


 だが、彼女は死んでいなかった。盾が身代わりとなって砕けてくれたのもあるが、一番の理由は……彼女自身の強化にあった。


「あら、死んでない。流石僕の子孫だね、住んでる世界違うけど」


「うふふ~、グラキシオス様から教えてもらったのよ~。眠れる力を呼び覚ます、特別な呼吸の仕方を。そのおかげで、身体がすっごく頑丈になったの」


 攻撃を受け止められたことに、アルベルトは驚いていた。これまで、どんな相手も生まれついての剛力で仕留めてきただけに、目を丸くしている。


 一方、カトリーヌは氷のヒヅメで地面を蹴り後ろへ跳ぶ。破損したタワーシールドを修復しつつ、修行での一幕を思い出す。


『いいか、カトリーヌ。どんなものにも言えるが、呼吸ってのは大事だ。動作に息を合わせりゃ、少ねえパワーで大きな力を発揮出来る。逆に言やぁ、息が合ってなきゃどれだけパワーがあっても効率が悪くなるってこった』


『なるほど~、勉強になるわ~』


『これまでおめぇに鍛冶をやらせてたのはな、その呼吸を身に付けさせるためだ。つーわけで、ここからは実戦訓練に入るぜ。特別な呼吸法を教えてやる』


『わ~、ありがとうございます~。それって、どんな呼吸なんですか~?』


『バッカ野郎! それを身体で覚えるのがおめぇの仕事だ! 外に出ろ、早速始めるぞ!』


(どれだけ動いても身体が疲れず、耐久力が大に上がる呼吸法……そんなものがあるなんてまゆつば物だったけど、本当にあるなんて思わなかったわ~。おかげで助かるわねぇ~)


 意識を現実に戻したカトリーヌは、独特のリズムで呼吸を行う。すると、肌が硬く引き締まり強度が増していく。


 過酷で危険な鍛冶仕事をする上で、高熱や焼けた金属から身を守るためにグラキシオスが編み出した息の仕方。


 それを会得したからこそ、カトリーヌはアルベルトの剛力に耐えられる防御力を身に付けられたのだ。


「待ってよー。そんな遠くに行かないでよ、寂しいから……さぁ!」


「来たわね……なら! アイスボール・ショット:スクランブル!」


 距離を取ったカトリーヌを追い、アルベルトが跳躍する。それを見たカトリーヌは冷気を操り、無数の氷の球を作り出す。


 そして、ビリヤードのように球を発射し、氷同士をぶつけ合う。勢いよく吹き飛んだ氷の球は、崖や地面に当たり複雑に乱反射する。


「わあ、こりゃ凄いや!」


「いくらご先祖様でも、当たったらタダじゃ済まないわよ~。避けられるものなら避けてみなさ~い」


「避ける? そんなことする必要ないよ。全部ぶっ壊しちゃえばいいんだし! パワフルタイフーン!」


 あらゆる方向から飛んでくる氷の球を見て、アルベルトは素直に感心する。挑発された少年は、急ブレーキをかけて立ち止まった。


 そして、身体を回転させてハンマーを振り回し、氷の球を破壊していく。砕けた氷の破片が顔や身体に当たるも、兵背としている。


「はっはっはー! どうだ、恐れいっ……あれ、どこ行った?」


「わたしはここよ! ギガトンシールドプレス!」


 全ての氷の球を粉砕し、得意気に胸を張るアルベルト。自慢してやろうとするも、カトリーヌの姿が消えていた。


 氷の球による攻撃は、ただの目眩まし。本命は、カトリーヌ自身による攻撃だ。崖の方へ走り、三角跳びで相手の頭上に跳ぶ。


 そして、自身の体重と武装の重量を合わせた一撃を放ち、相手を押し潰した。これにて決着、かと思われたが……。


「ふん……ぬっ! まだまだ、この程度じゃ死なないよ!」


「耐えられちゃったわね~。でも、かなりの痛手にはなったわ~」


 凄まじい耐久力を持っているのは、アルベルトも同じ。カトリーヌのプレス攻撃を耐えてみせたのだ。もっとも、無傷とはいかなかったが。


 攻撃のダメージを感じさせず、アルベルトは盾ごとカトリーヌを持ち上げブン投げる。空中で体勢を整え、華麗に着地した。


「ふう。楽しいね、こんな長く戦える相手には初めて会えたよ。みんな、僕が殴ったらすぐ死んじゃうからさ」


「ねぇ、ご先祖様。今からでも遅くはないと思うの。罪を悔い改めて、これからはわたしたちと一緒に善行を積みながら生きてみない?」


 楽しそうに笑うアルベルトに、カトリーヌはそう声をかける。何だかんだ言って、心優しい彼女はまだ説得を諦めていなかった。


 相手が上機嫌な今なら、説得に応じてくれるかもしれない。そう考えていたが……アルベルトは、悲しそうな顔をしながら首を横に振る。


「……ダメだよ。みんな戦って死んでいったのに、僕だけ降伏してのうのうと生きるなんて出来ない。それに、今更悔い改めたって……僕は、普通の生き方なんて忘れちゃったよ」


 仲間たちの様子を見ていたジェイドから、アルベルトは教えられていた。アビダルたちは、戦いの果てに死んでいったと。


 相手を倒したのならともかく、降伏してまでおめおめと生き延びるのは仲間への裏切りに当たる。アルベルトはそう考えていた。


 それに、幼い頃から裏社会で生きてきた彼には……犯罪から足を洗い、普通に生きる力が失われてしまっていたのだ。


「だから、僕は降伏なんてしない。負けたら、それはそれで仕方ない。潔く死ぬだけだよ」


「……そう。でも、わたしは諦めないわ。人は誰だって、善の道を歩むことが出来る。この世界のあなたが、子孫に向けて残した言葉よ」


「へー、こっちの僕は立派だね。でも、そんなのは関係ない。そろそろ終わりにしよっか、あんまり遊んでると怒られちゃうからね!」


 それでも、カトリーヌは諦めない。例え相手が心を閉ざしていようとも、暖かく包み込み凍て付いた心を溶かし救う。


 それが、基底時間軸世界のアルベルトが胸に抱き、ウィンター財団設立に向けて唱えた理念。報われぬ者を救済するのが、使命なのだ。


「いいわ。あなたを倒しておうちに連れて帰らせてもらうわ~。そうすれば、きっと考えを変えてくれると思うもの」


「そんな未来のことはね、勝ってから考えた方がいいよ? まあ、勝つのは僕だけどね! 食らえ! カタストロフハンマー!」


「わたしは負けない! 金牛星奥義……レイジングホーン・ブレイカー!」


 カトリーヌとアルベルト、二人の振るう鉄鎚がぶつかり合う。お互いの意地とプライドを賭けたつばぜり合いを制したのは……カトリーヌだった。


「むぅぅ……やぁぁぁぁぁ!!!」


「がふっ! まさか……力比べで、僕が負けるなんてね……これじゃ、みんなに申し訳、ないな……」


 必殺の一撃を食らったアルベルトは吹き飛び、背中から崖に叩き付けられる。口から血を吐き、そのまま地面に落下した。


 朦朧とする意識の中、カトリーヌが近付いてくるのが見える。このままトドメを刺されるのだろうと、ぼんやりする頭で考えていたアルベルト。


 だが、カトリーヌは彼の予想を裏切り……癒やしの魔法をかけ、傷の治療を始めたのだ。


「何を……してるの? どうして、僕を治してるのさ」


「うふふ、さっきも言ったでしょ? わたしは諦めないって。あなたが真っ当な生き方を忘れたと言うのなら、わたしが……ううん、わたしたちが思い出させてあげる。だから、今度は共に歩みましょう?」


 仰向けに倒れているアルベルトの顔を真っ直ぐ見ながら、カトリーヌは微笑む。彼女の顔を見たアルベルトは──無意識に涙を流した。


 遠い昔、もはやおぼろげな記憶すらも失われかけていた母を思い出したのだ。こんな自分にも、無償の愛を与えてくれる者がいる。


 カトリーヌの言葉と行動が、仲間以外に心を閉ざしていたアルベルトに変化をもたらしたのだ。


「やだ、なぁ。そんなに優しくされたら……僕、揺らいじゃうよ。みんなの後を追うべきなのに……生きたいって、思っちゃうじゃないか」


「いいの、いいのよ。あなたは生きていていいの。もう一度、人生をやり直しましょう? 今度は、幸福に満ちた人生を」


「おっと、そうはいかねぇんだよな。悪いが、てめぇらには死んでもらう。フィニス様のためにな」


「……やはり、全員負けたか。ここからは、我らがやらねばなるまい」


 和解が成立した、次の瞬間。光の柱が二つ降り注ぎ、そこから二人の男が姿を現した。星騎士の始祖たちとの戦いが終わり……新たな脅威が、舞い降りる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 連中がフリードを殺しただけに十二騎士の内、十人が戦死、1人だけでも救えたか?(ʘᗩʘ’) 呼吸法で強度を増すとは(゜o゜;普段からそれで呼吸してたらコリンが抱き着いて来たら大惨事になるかも…
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