279話─それぞれの誇り
風が吹く草原に、無数の矢が散らばっていた。マリスとシュカ、二人が射ったものだ。その数は、すでに千を超えている。
シュカが放った矢を、マリスが寸分の狂いも無く撃ち落とす。そんなルーチンワークを、二人はもう十分以上繰り返していた。
「ここまでとは……。別の大地には、キカイなるものがあると聞いたが……この正確さ、まさに伝え聞いたキカイと同じだ」
「そう。マリス、キカイ、なった。ウィーン、ガシャーン。なんちゃって」
正鵠無比な射撃の腕前を見たシュカは、予想以上の狙いの良さに絶句する。一方のマリスは、腕をカクカク動かしておどけてみせた。
この戦い、すでに精神面ではマリスが圧倒的な優位に立っていた。ヴァルツァイトから授かった、必勝法があったのだ。それは……。
『いいカ、よく聞け。今かラ暗黒大猿でモ分かる講義を行ウ。戦闘で大事ナことはたった一つダ。それを実践してイれば、まず負けることハない』
『マリス、知りたい。何する?』
『簡単ダ。キカイのような冷静さヲ維持してどっしり構えテ不敵な態度を取り続けてイればいい。後ハ、相手ガ勝手に深読みして自爆してクれる』
『簡単、言う。でも、実際やる。難しい』
『この戦法ガ効果を発揮するニは、まず優勢に立つ必要がアる。そこまでハ、自分ノ力で道を切り開ケ。それくイは出来るだろウ?』
『もちろん! マリス、強い。だいたいの相手、勝てる』
矢を放ちながら、マリスはヴァルツァイトとの修行を思い出す。……修行というよりは、ネズミ講のセミナーのような怪しい雰囲気のものだったが。
それでも、役には立った。キカイのような正確な射撃のテクニックと、全く同じ動作を延々ループさせるための集中力。
そして、プラスマイナスを問わず、何があっても動揺しない鋼の精神。それらを培うことが出来たのだから。
「全部、撃ち落とす。不意打ち、効かない。まだ、やる?」
「当然だ。ここでおめおめと逃げ帰ったところで、フィニスに用無しと判断され消されるだけ。ジェムの力で苦しみながら死ぬよりは、戦って果てた方が百倍マシだ。もちろん、お前の慈悲を受けるつもりもない」
平行世界の別人とはいえ、先祖を殺すのは気が引けるらしい。マリスは降伏するよう伝えるも、即座に一蹴されてしまった。
勝つにせよ負けるにせよ、死ぬまで戦うまで。シュカはマリスにそう告げる。逃げ帰ることも、降伏することも選ばないようだ。
「お前も誇り高きウマ獣人なら分かるだろう? 虜囚となって屈辱の生に甘んじるより、名誉の死を選ぶ尊さが」
「マリス、昔なら同意した。でも、今、違う。死ぬ、そこで終わり。生きる、一時は辛くても……後で、いいこといっぱいある。だから、マリス……生、選ぶ!」
そんなシュカに、マリスは堂々と告げた。改変される前の世界で、彼女は多大な苦しみを味わった。故郷を蹂躙され、仲間を奪われ。
星騎士としての名誉も失い、偽りの名を名乗って怨敵の駒としてゲームに興じる日々。屈辱に耐えきれずに、自死を選びそうになることもあった。
だが……耐え抜いた先に、希望と救いが現れた。コリンの協力を得て、怨敵オルドーを打ち破り。同胞たちを救出し、故郷を取り戻せたのだ。
だからこそ、マリスはシュカに伝えたかった。簡単に諦めてはいけないと。足掻いて、抗って、がむしゃらに進んで……その先に、活路があるのだと。
「くだらない。シュカを説得出来るとでも? ムダだよ、フィニスの力を目の当たりにすれば嫌でも分かるさ。あいつに逆らって、生きていくことなんて出来ない。諦めるな? そんなのは無理なんだよ」
「違う! マリス、一度負けた、死んだ。でも、諦めなかった。だから、今、ここにいる。シュカ様も」
「くどい! 何を言われようが、シュカはもう誰の言葉にも耳を貸さぬ! お前はここで殺す! タイフーン・ストライク!」
しかし、シュカは説得に応じなかった。マリスの言葉を拒絶し、最後の大技を放つ。それを見たマリスは……一筋の涙を流す。
「……分かった。なら、マリス……シュカ様、倒す。星魂顕現・サジタリウス! 人馬星奥義……ハートレス・ディバスター!」
マリスは星の力を呼び覚まし、背中から一対の巨大な車輪を生やす。車輪を支えにして身体を固定し、奥義を炸裂させた。
放たれた矢は、シュカが射ったソレを粉々に砕き進んでいく。そして……相手の心臓を貫き、遙か彼方へ飛んでいった。
「ぐ、ふ……。結局、シュカには……生きる道など、残されていないのさ……」
「……どうして。どうして、殺し合う、する? 分かり合えた、かもしれない。なのに……」
望み通り名誉の死を迎えたシュカは、寂しそうに呟いた後事切れた。彼女の元に近付き、マリスはそっとまぶたを閉じさせる。
分かり合えなかった悲しみの涙が頬を濡らし……草原を彩る草花を濡らすのだった。
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その頃、ラインハルトとヴィルヘルムの戦いも佳境に差し掛かろうとしていた。お互いボロボロになっていたが……二人とも、楽しそうに笑っている。
「実にいい。平行世界の……いや、基底時間軸世界の我輩の子孫はこれほどの力を秘めていたのか。これは嬉しい誤算だった」
「こちらも……喜ばしい限りです。ご先祖様にお褒めの言葉をいただけるとはね」
マリスとは対照的に、ラインハルトの方はお互いに分かり合うことが出来ていた。だが……ヴィルヘルムもシュカ同様、降伏はしない。
フィニスを裏切れば、想像を絶する恐怖と苦痛の中で死ぬことになる。それが何よりも恐ろしいのだと、ヴィルヘルムは語った。
「かつての我輩は、死を恐れぬ勇敢な戦士だった。だが、今は違う。背後に忍び寄る死の気配に怯える、ただの情けない男だ。笑いたければ笑うがいい」
「……笑いなどしませんよ。私も同じだ。いや、もっと深刻かな。何しろ、一度フィニスに殺されていますからね」
ヴィルヘルムもラインハルトも、一度はフィニスに屈した。だが、ラインハルトは諦めなかった。再起を誓い、爪牙を磨き……逆襲の時を待ったのだ。
そして、その時がやって来た。磨き上げた力を駆使して、フィニスを倒す。そのために、今彼はここにいる。その意思を汲み、ヴィルヘルムは笑う。
「ふっ。その真っ直ぐさ、羨ましいものだ。とうの昔に我輩が失ったものを、君は持っている。大事にしたまえ、その折れることなき鋼の意思を」
「ヴィルヘルム様、何を……?」
「……一つ、抗ってみたくなった。元いた世界で、散々悪事を働いてきた我輩だが……最期くらいは、子孫の模範となれるよう足を洗いたい」
「! ダメです、おやめください!」
ラインハルトが止めようとした、次の瞬間。ヴィルヘルムは自らの胸を剣で貫き、心臓を抉り出す。彼の心臓には……『霊魂のトパーズ』のレプリカが埋め込まれていた。
「!? これは……!」
「我輩たち十一人の体内には、この宝石のレプリカが埋め込まれている。ぐ……ふ、裏切りを防止するためにな……。もし裏切れば、この宝石が目覚め……精神を乗っ取り、支配する」
「それを防ぐために、自ら命を……」
「そう、だ。だが、これだけでは不十分だ……。死の直前に、我輩の意識は乗っ取られ……傷を癒し戦いを再開してしまうだろう。だが、そうは……いかん」
そう言うと、ヴィルヘルムは金属の板を四つ呼び出す。それらを変形させて繋ぎ、球体の牢獄を作り出した。
自ら鋼鉄の牢獄の中に入り、意識を乗っ取られた後にラインハルトを攻撃してしまわないようにしているのだ。
「これが、我輩の墓標だ。僅かに隙間を作ってある。そこからオレンジ色の光が見えたら──我輩に、トドメを刺せ」
「……分かりました。貴方の意思、汲ませていただきます」
「辛い役目をさせて済まぬな。こうなる前に、更生出来ていれば……別の未来も、あり得たのだろうか」
そう呟いた後、ヴィルヘルムは首を横に振る。こうなった以上は、もうどうにもならない。最後の使命を果たすのみ。
「ありがとう、ラインハルト。君に出会えて……よくやく、我輩は人になれた。我欲で生きる薄汚い獣から、理性ある人に……」
「ヴィルヘルム、様……」
「さらばだ、我が子孫よ。リーデンブルク家の魂……忘れるな、決して!」
最後にそう言い残し、ヴィルヘルムは牢獄の扉を閉ざす。そして……牢の中で、自らの首をはねた。だが、その直後。
彼が危惧していた通り、埋め込まれたアブソリュート・ジェムのレプリカが覚醒する。オレンジ色の光が漏れ出るのを見たラインハルトは、即座に動く。
二十を超える金属板を呼び出し、それらを融合させながら形を変えていく。そして……磁力で操る、巨大な竜を作り出した。
「……貴方から受け継いだ言葉、魂、誇り。その全てを、私は忘れない。ジオニクス・ドラゴン! あの牢獄を……中の者と共に破壊せよ!」
「オオオォォォォ!!!」
ラインハルトの命を受け、磁界竜は吠える。前足を上げ、ヴィルヘルムごと牢獄を踏み潰した。すると、オレンジ色の光が消える。
それは、ヴィルヘルムが完全に息絶えたことを如実に物語っていた。ラインハルトは涙を流しながら、敬礼を行う。
「さようなら、ヴィルヘルム様。貴方の遺志……末代まで、伝えていきます」
冷たい風が吹く中、ラインハルトは誓いの言葉を呟いた。




